3-4.大儲けの秘訣は悪魔であること……?
書いていて、非常に、楽しいでございまする。
一回戦、十倍の賭け率で1万ルプルを賭け、見事Highで勝利。ヴァルは残していた1万ルプルと新たに得た10万ルプル、計11万ルプルを所持する形になった。
「こういうゲームなのだな、愉快ではないか。よし、もう一戦としゃれ込もうではないか」
数百年前にはなかったゲームなのだろうか。一回戦を経たことで感覚を掴んだヴァルは、次々とゲームに挑み始めた。最早、俺たちに止める術はない。シグルスは近くの椅子に座って興味深げに見ているし、グリムとツァンは物珍しいものを見る目でわくわくしている。グレイはヴァルに干渉する気はないようだし、俺としても、勝つなら止める理由はなかった。
とはいえ。
「十倍だ」
毎度最大の賭け倍率である十倍でやるのは、さすがにリスクがありすぎると思うが。
「クリスよ。当初に借りた2万ルプルは返すぞ」
「お、おう」
ジャンさんからもらっている3万ルプルのうちの2万をヴァルには軍資金として任せていた。11万ルプルから2万ルプルを返したヴァルは、ディーラーに残る9万ルプルを見せて言う。
「全額betである」
こうして、ヴァルの遊戯は始まった。
***
二回戦。9万ルプル、十倍。
「捲ります」
右のトランプの数字は、5。これまた先ほど同様、微妙な数が来てしまった。ディーラーの言葉で、二人は同時に予測を述べる。
「High」とディーラー。
「low」とヴァル。
またしても意見が分かれる形となった。
「捲ります」
ディーラーが緊張した面持ちでトランプを捲る。そうっと、焦らすようにゆっくりと面を変えたトランプの数字は……?
「……lowです」
数字は3。ディーラーは疑問符を浮かべた顔で、渋々そう言った。またしてもこちらの勝ちだ。
「では、90万ルプルをお渡しいたします……」
テーブルの下に置かれた箱からきっちり90万ルプルを取り出したディーラー。しかし、ヴァルはそのまま「ではそれを全額betだ」と述べた。
「おい、ちょ、ヴァル、それ負けたら900万ルプルだぞ」
「勝っても900万ルプルであるな、クリスよ?」
「……ああもう、好きにしろよ!! 知らないからな!!」
頬を膨らませてあからさまに拗ねてやると、「まあ見ておれ」と言われる。くそお、ヴァルの余裕ある態度が俺の心を傷つけるぜ……!
「では、捲ります」
ディーラーのトランプを捲る指が震えている。そりゃそうだ。ここまでくればもう、イカサマがどうとか思う場合じゃない。大金過ぎる。900万ルプルだなんて、負ければ店は大損だ。右側のトランプの数字は……2。こりゃ、引き分けだな。2より小さい数字はないんだから、二人ともHighと言うほかない。
「High」と嬉しそうなディーラー。
「Highであるな」とヴァル。
左の数字が11だったので、当然ではあるが両者引き分け、もう一戦だ。
「めくり、ます」
緊張した面持ちのディーラー。今すぐ逃げたそうだ。次は右のトランプが9だ。さて、どうする二人とも。気が付けば辺りの客たちも、多額の金がかかったこの一戦を興味深そうに見ている。というか彼らからすればこの店で勝つという存在がレアなのだろう。勝ち方に特徴があるなら、ぜひとも真似したいはずだ。
「low」とディーラー。
「High」とヴァル。
さて、ディーラーが捲る左のトランプは……!?
「クイーン、12だ。勝ちだ!!」
周囲の客も含めて、どよめきながら盛り上がる。しかも、ヴァルは勝った900万ルプル全額を、またしても十倍で賭けると言ったのだ。これはもう、世紀の一戦と言っても過言ではない。どうやら店側はこれまで、勝ちまくって客から巻き上げた金があるらしく、渋々といった顔ではあるが、テーブルの下に金がある限り戦いを却下は出来ない。ディーラーは右のトランプを捲った。数字は12。限りなく、lowと言った方が勝つ確率が高い。
「low」とディーラー。顔には冷や汗が浮かんでいる。
「High」とヴァル。嘘だろ何考えているんだアイツ。
「驚いた、この局面でHighと言うかい」
シグルスが足を組み換えながら、顎に右手を当てて優雅にそう言う。
「驚いている場合じゃねえって、マジでヤバいんじゃ……」
そして、使い魔の主人である以上、負けたら責任を負わされかねない俺は内心ひやひやだ。900万ルプルの十倍、9000万ルプル。日本円にして、4億5000万円。いくらシグルスに頼ったとしても、ジャンさんに頼ったとしても、簡単には返せる見込みのない金額だ。
「では、めくり、ます……ね」
ほら、ディーラーもマジでヤバいって顔してるって。これ、負けたらこいつ店のオーナーに殺されるんじゃないかレベルだって。
「……」
固唾を飲んで、拳を握って、見守るしかない。当初の予定以上に膨らんだ掛け金は、子供ではなかった前世の俺からしても、莫大すぎるものだ。どうか神様、ヴァルを勝たせてください。って、神様が悪魔に味方するのか知らないけどさ。
「……うそ、だろ…………」
トランプを捲るディーラーは、誰よりも早くその絵柄が目に入ったらしい。絶望的な顔をした。トランプに書かれているのは、数字ではなく、Aの文字。強いて言えばそれは1であり……。
「最強の、Highだ……!!」
High&lowにおいて、他のすべての数字よりも高いものと設定されている数だ。つまり、文句なしのHigh、文句なしの、ヴァルの勝利……!!
「ほら、言ったであろう? クリスよ」
自信ありげな顔でこちらを振り返るヴァル。イケメン故にうざさがあるが、今回ばかりは全力で褒めざるを得ない。
「おま、おまえ、俺、マジで心臓もたないかと……! ほんと好き勝手賭けやがってこの野郎! よく勝ったなマジで! ほんと、強すぎだろもう~」
褒めているのか貶しているのか自分でもよく分からない言葉を言いながら、高さの高い椅子に座ったヴァルの足元に駆け寄る(俺が子供であるばっかりに、可愛らしく足元に駆け付ける形になっていて無念)。
「ヴァル様の、勝利で、ございます……こちら、9000万ルプルです。それと、これ以上の賭けは、当店にある金銭では足りませんので、ご容赦願います……」
プルプルと震えながら、ディーラーが言う。多分、アルバイト的な感じで雇われているだけなんだろう。
「うむ、承知した」
金を受け取ったヴァルに、ディーラーは一つ、疑問を零した。
「あの、全ての金銭を失いましたから白状いたしますが、当店は、オーナーの考えた方法により、絶対に店側が勝つような仕組みとなっておりました。いうなれば、プレイヤー側が勝つ方法を模索するようなもので、法に反するイカサマではありません。もし手練れのプレイヤーが居れば、簡単に見破って勝つことが出来たでしょう。しかし、ヴァル様は仕組みを見破るべく他のお客様が賭けているのを観察することもなく、最初から十倍で挑まれました。一体、どうして勝てたのでしょうか……?」
それは俺も思っていた。絶対に店が勝つという中で、どうして四回連続で勝てたのだろうか。客もディーラーも俺たちも、全員がヴァルを見つめている中で、金髪を無造作にかきあげ、軽々とその静寂を打ち破ったヴァルが言ったのは。
「そりゃ、我に敗北はあり得ないからであるな、はっはっは!!」
そうして俺たちは、納得できていない客とディーラーを置いて店を去ったのだった。
***
「いやあ勝ったな!!」
シグルスに教えてもらった方法で、有限な四次元ポケットみたいになった鞄に金を詰め込んだ俺は、金貨の重さを感じないまま大通りへ出た。この鞄を奪われない限り、金は大丈夫だな。四次元ポケットがすられることはない。第一、所有者の魔力を流さないと開かないんだし。
「ねえ、ヴァル、ほんとに何で勝ったの?」
やっぱりさっきの返答では納得できない俺は、もう一度、シグルスたち三名が前方を歩く中でこっそりと聞いた。
「そりゃ、クリスよ」
むふん、と口角を上げて笑うクリスは、俺にそうっと耳打ちする。
「悪魔が、騙し合いで負けると思うか?」
悪魔や天使という上位存在のような彼らは、ちょっと違うけど神様みたいな特別なものです。
つまり、悪魔が騙し合いで負けるわけがないし、悪魔は人間とは幸運値に違いがあるというわけです。もちろん下っ端悪魔であれば人間と変わらないか、あるいは不幸な個体もありますが、圧倒的最強悪魔であるヴァルは、恐らく鼻歌をしていても負けないでしょう。




