3-3.トモダチとのお出かけ、賭けの結末
「うぇーい」
「うェ~い」
最早先輩たちはなにがうぇーいなのかも分からないほど、とりあえずワインと雰囲気に酔っている。解散する気配はなさそうだ。何なら寝落ちしている奴もいるし。夜忙しかったのか? さて、ここからどうしたものか。
……いつ抜け出すかなあ。
「なあ、クリス、クリス」
「ん? なんだグリム」
グラスを机に置いたグリムがそわそわした様子で声をかけてくる。パーティが始まって二時間半。喋って時間を潰していたが、常に何かしら動いていたい彼にとっては落ち着きがなくなってくるころ合いか。
「王都でかけねえ?」
この店は学院を出て三十分ほどという比較的近い場所にある。とはいえ、王都の中心に近いことに違いはない。
俺としては願ったり叶ったりの提案。使い魔がいるとはいえ、一人で初めての王都というのはやや心細いし、人さらいがあるという話も聞いた。何より、王都というのは東京のような存在。金を持った小僧がいれば、ぼったくられるかもしれない。その点、豪商の息子のグリムがいれば、安心だろう。
「あ、ずるいよ~、ボクも行く」
ツァンが両手でぎゅっとグラスを握りしめながら言う。となると、三人プラス使い魔二名か。
「その話、僕も一枚嚙ませてよ」
「シグルスも行くのか?」
「うん。楽しそうだからね」
となると、計六名。それなりの大所帯だな。なんか、知らない土地を歩くなんて、修学旅行みたいだ。そういやこの学院、そういうイベントあるのかな。
「じゃ、全部で六人だな!! いや~、こういうの、青春って感じで最高だぜ!!」
騒ぐグリムをよそに、ひとまず飲み騒いでいるヴァルと、それを静かに飲みながら見守っているグレイに声を掛けに行く。「それは楽しそうだなあ!」といつになくご機嫌なヴァルと、「よろこんでお供いたします」とやる気に満ちるグレイ。一応、イヴァン寮長にも声をかけておくか。このパーティのメインは、形式的には俺なのだし。ま、先輩たちはそんなこと忘れて飲んでいるけれど。
「なんだ、王都行ったことないのカ?」
「ええ、ですから行ってこようかと。せっかく授業もないですし」
「分かった。くれぐれも、人さらいには気をつけろヨ? なんかありゃ助けを呼ぶか、攻撃するかだ。ただし殺してはくれるナ? 学院長が呼ばれるハメになるからヨ」
あっはっは、と笑うイヴァン寮長。いや、さすがに殺さないって。そこへ、イヴァン寮長と飲んでいた先輩の一名が笑いながら口をはさむ。
「イヴァンお前、集団殺したもんな~! ありゃ傑作だったぜ」
……はい?
「仕方ねエだろ、ありァ。ガキが襲われてんだからよ~」
「おれたちに攻撃の権限はないってのに、自分から集団に突っ込んでくんだから驚いたわ、はは。あの後、学院長が呼び出されて、警備隊を呼びに行かずに自分で突っ込んだことの必要性を必死に説明してたよな」
「おっかしいよナ~。警備隊呼びに行く暇があったら倒せるってのによ」
……うん、ここらで失礼しよう。これ以上聞くのは、なんだか、ね。
「お待たせ、みんな。イヴァン寮長はオーケーだってさ」
「ありがとな~、クリス。よっしゃ、行くぞ!!」
「ぐりむ~、はりきってる~」
やっぱツァン、ちょっと酔っているよな。
***
「むむむ、アレ欲しいぞ!!」
「ヴァル、あれはすんごい高額だ。有り金全額飛ぶぞ」
「むぅ~。金を生む魔法はないのか?」
「お前が知らないなら俺も知らないな」
随分と無茶を言いやがる。そんな魔法があったらこの国みんな金持ちになって、結果金の価値が下がるぞ。
ヴァルが指さしたのは、露天で気のよさそうなおっちゃんが売っていた腕輪だ。金色で、太陽光によく映える。多分、本物の金だ。客の雰囲気からして、上流階級らしき人が多い。きっとどこかに本店を持っていて、露天で名を売ると同時に初回客を掴んでいるのだろう。ぼったくりなんかじゃないから、値切ることは不可能だ。
俺がジャンさんからもらっているのは三万ルプル。日本円にして十五万円。色々と援助してもらったうえで貰う金としては十分すぎているが、アレを買うには足りない。
「なら、金を稼げる場所はないのか?」
「稼ぐって……仕事か?」
言い返すと、アホかというような目で見られた。ヴァルは大きく一歩前へ出ると、ふんぞり返って言った。
「我が言っておるのは、賭博のことであるぞ」
「とばくぅ!?」
いかん、人通りが多いというのに、思わず大声を出してしまったな。前を歩くツァンとグリムとシグルスが、三人そろって不思議そうな、驚いた顔でこちらに振り向いた。道行く人も訝し気な目で俺を見ているぞ。平気そうなのは、使い魔二人だけである。
「クリス、君は賭博をしたいのかい?」
シグルスが見ていた商品を……かっこいいピアスだな、龍の紋章がされた銀色の、中二病らしくはあるがこの世界に実際にドラゴンがいることを考えると一種の信仰のようなピアスを、ってそうじゃなくてだな、シグルスが商品を置いてこちらへとやって来た。何やら、深刻そうな顔で。
「お、俺じゃなくて、ヴァルが、欲しい物を色々買うには金が足りないからって……ははは」
この国では賭博は違法だったりするのか? いや、そもそもガキの俺がやっちゃいけないのか。法律違反だな、多分。
しかし、シグルスは思いもよらぬ提案をしてきた。
「なら、近くに良い場所がある。どういうわけか異様なくらい店側が勝つんだよ。違法じゃないし、不正の証拠があるわけじゃないから騎士たちも店を咎められない。もしかしたら、本当に店がうまいだけかもしれないけどね。せっかくだからそこでやってみなよ」
「ほう、賭場側が強いのか。ディーラーがよほどうまいのであるな!! 興味が湧いた、案内せよ!!」
「ちょ、勝手に決めるな、ヴァル!! 第一、賭場が勝つなら行く意味がないだろ?」
「オレ様もその賭場、聞いたことがあるぜ。確かHigh&lowだったよな、ゲームは」
High&low。ゲームでやったことがあるな。確か、そうだ、数字が高いか低いかっていうのを当てるやつだ。俺がやったゲームだと、右にあるトランプの数字を見て、左のトランプのHigh&lowを当てるやつだった。つまり……賭場側がトランプに仕込みをしていれば、確実に負けるのか??
ギャンブルなど全般的に分からん。なおさら、怪しい賭場に行きたくなどない。何とかしてヴァルを説得しなくちゃっておいちょっと待て!! 俺を置いて歩き出すな!!
***
「はあ、はあ、はあ」
小柄な身体で追いかけても、呑気にスキップで進むヴァルに追いつくことは不可能だった。結局、やって来たのはシグルスの案内で辿り着いた紫色の小さな店。いや、これは地下に続いているんだな、ならそれなりの広さか。
踏み入れると何やらガヤガヤ騒がしい。すれ違った客は有り金を巻き上げられたようで、泣きながら地上へ戻っていく。薄暗い空間の中で、五つのテーブルにだけ照明が当てられている。トランプとディーラーはそこに。
「いらっしゃいませ、初めてのお客様ですね?」
「ええ、そうです」
シグルスが相手をする。貴族の出である彼はこんな場所でも動じずにいる。すごいメンタルだ。
「こちらの店では年齢や種族によって出禁にするということはありませんが、払えないほどの負債を抱えた場合、家などの物を担保としていただくか、肉体労働をしていただくかということになりますが、よろしいでしょうか?」
「問題ない。さあ、クリス、君がやるかい?」
「問題ないってシグルスお前ッ!!」
「いーのいーの、僕が何とかするさ。それより、面白いものを見たいんだ。先日の戦いで、少しだけ君に興味が湧いているんだよ。それに、君に賭けていたおかげで利益を得たしね?」
シグルスはイケメンだが、これでは青色の髪を揺らして笑う不気味な少年だ。青の悪魔と呼んでも構わない気がする。口調は優しいくせに、背筋が冷たくなるような有無を言わさない態度。さすがは貴族と言ったところか。人にお願いする……命じる態度は心得ているようだ。
「……はあ、もう、どうにでもなれだ。けど、負債を負う前に止めるからね。ヴァル、言い出しっぺはお前だ。二万ルプルあげる。好きにして」
さすがに、一万ルプルは残しておきたい。俺は鞄からお金の入った袋を取り出すと、一万ルプルを抜いて、あとはヴァルにあげた。
「うむ、感謝する、クリスよ。ではディーラー、High&lowを頼む。賭け金は、そうだな、まずは一万だ。手並み拝見といこう」
驚いた、高額であることには変わらないが、ヴァルの癖に全額betとはいかないのか。
「かしこまりました。賭けの倍率は二倍から十倍までございますが、どういたしますか?」
「十倍だ」
「はあ!!!!????」
一瞬でも「案外ヴァルは知的かも」とか思いかけた俺を殴りたい。十倍だろ、負けたら……一万賭けたから、十万払うのか!?
「おいシグルス、ヴァルを止めるのを手伝えって」
さすがのシグルスでも、負けた場合の負債は払いきれまい。そう思って助力を請うたが、彼は至極楽し気に笑っている。嗚呼、イヴァン寮長の信者もまたイヴァン寮長らしいな。
「諦めな、クリス。戦いに燃えるファイアードラゴンは止められん」
「そうだよ~、せっかくだし、高額な賭けを楽しむとしようよ~」
「グリムに、ツァンまで……!!」
くそ、仲間がいないぞ!! 仕方がない、見た感じトランプは前世と変わらないようだし、ここはエースとか2とかの数字が出ることを祈るしか……。エース出れば確実にlow、2が出れば確実にHighだ。
ルールはどうやら、二枚のトランプをディーラーが出す。トランプは魔法を使用したシャッフルでランダムにしてから出すため、ディーラーが故意に中身をシャッフルしておいたり事前に中身を知って置いたりすることは不可能。とはいえ、魔法を使っているのがディーラーなのだから意味があるのかどうか。そのうえで、一枚だけカードを捲る。その数字を見て、プレイヤーとディーラーは同時に予想を言う。んで、ディーラーが捲る。ディーラーだけが合っていれば賭けはこちらの負け、プレイヤーだけが合っていれば賭けはこちらの勝ち。両者外す、両者当たる、あるいはトランプがDlowであれば賭けは引き分け、もう一試合だ。
カードが二枚並べられる。
「捲ります」
ディーラーが捲った右のトランプは……嗚呼、くそっ、7だ。なんて中途半端な数字。これじゃあ、Highと言ってもlowと言っても当たる確率は半々くらいか。
「では」
ディーラーが合図を出す。次の瞬間、同時に予測を言った。
「Highだ」とヴァル。
「low」とディーラー。
意見が割れた。噂が真実ならば、ディーラーが負けることはない。となれば真実はlowだ。ヴァルの負けじゃないか。
「捲ります」
頼む、頼む頼む頼む!!
必死に、爪が食い込むほどに拳を握った。ここまで何かを願ったのは就職試験の合否以来だろうか。ぱら、という音を立てて、トランプが面を変化させる。そうして現れた、数字は。王様の絵柄。
「キング……13だ!! うそだろ、勝った……」
驚きすぎて、悲鳴すら上がらない。目をこれでもかというほどかっぴらいて、テーブルの上のトランプを見た。7と13。さすがにシグルスも表情を無から変えて驚いている。ツァンも酔いが醒めたのか飛び跳ねており、グリムも口元を抑えて「おお!」と言った。グレイは「オレもできます」と言った。こういうところでも張り合うのか。それと、何故かディーラーが「うそだろ」と小さく零した。やっぱイカサマ師なんじゃねえかこいつ。
「ふん、見たかクリスよ、我に敗北はあり得ないのだ」
ならなんで一万だけ賭けた、傲慢悪魔よ。
グリム「普通、プレイヤーが確実に負けるって噂の賭場で、三万ルプル中の二万ルプルも自由に使わせねえんだよなあ、クリス。アイツも大概だな」
ディーラー「うそ、負けた!?賭けが十倍だから……十万ルプル払うの!?」




