3-2.祝杯
「うェーい!」
イヴァン寮長の音頭で乾杯をし、飲み干す。
「うぇ〜い」
俺も場に合わせて、それっぽくグラスを掲げると、中身を見つめた。葡萄色の液体、ワインだ。どうやらこの世界では酒は二十歳からだが、例外としてワインはOKらしい。百薬の長なんだとか。今回俺用に用意されたのはその中でもアルコール度数の低いやつだ。
とはいえ、生前のことを考えると悪い気がする。死亡時には成人していたから酒を飲んだことはある。が、やはり現在の肉体年齢で飲むのは後ろめたい気がするものだ。
「うーむ」
あれからイヴァン寮長に連れられ、王都ノクタリアにあるキマイラ寮御用達の店に来ていた。寮員たちも全員だ。皆思い思いにワインを飲み、食を喰らっている。どんちゃん騒ぎだ。
他にも客はいるが、イヴァン寮長が「今日は全員奢りだ!」と啖呵を切ったため彼らも一緒に俺の勝利を祝う形になった。
というか、イヴァン寮長、全員分奢りって……どんだけ賭けてたんだよ、俺の勝ちに。全財産とか言わねえだろうなあ。いや、この人ならいいかねん。
「飲めよ〜坊主〜」
あらゆる人物に明るいダル絡みをしているイヴァン寮長が、ついに俺に目を付けた。酒を飲んでいないのがばれたか。
「今日の主役様が何やってんだてめエ~」
イヴァン寮長のは俺のよりもアルコール度数が高いらしい。ワインであることに変わりはないが。ま、最悪の場合医療系の魔法を使えば頭もスッキリするだろうし、幼いうちから一部の酒が解禁されているのはそういう世界観があってこそなんだろう。先輩たちなら医療系の魔法はすでに習得済みのはずだし。あいにく、俺はからっきしだが。
「の、飲みますよ」
大丈夫、前世は成人していたんだし、それを思えば別に悪い事じゃない。郷に入りては郷に従え、だ。ここは一気にいこう。
ぐ、ぐぐぐ、とグラスを傾けると、口内に甘いワインの味がなだれ込む。癖のない飲みやすい味だ。子供向けということだろうか。頭がフラフラするような感覚もない。
「お、イイ飲みっぷりじゃねエか!!」
「あはは……それにしても、今日は授業無しって、そんなにまずいんですかね、俺」
イヴァン寮長曰く、今日は全ての授業が急遽無しになったそうだ。理由は明白。教師たちは皆、俺の使った魔法を伝説級として認定するか、国にどう報告するか、それを話しているからだ。
「そりゃ、伝説級なんて滅多にいねエからなあ。それこそ、現魔王とかじゃねエと」
言いながらも、イヴァン寮長は近くを通りかかった給仕から新しいワインを注いでもらうと、一気に飲み干してしまう。この人、ほんとに学生だよな? 中身が転生したおっさんだったりしないよな?
「ぷはッ、うまいな、この酒!! クリスももっと飲むのだ!!」
騒ぐのが好きなのか、あるいは数百年ぶりの宴でテンションが高いだけなのか。いや、両方だな。ヴァルは何本目かも分からないボトルを開けている。当然だが魔物たちに飲酒の法などなく。強さに個体差はあるものの、ヴァルは強い方らしくかたっぱしから注文して飲んでいる。
「すみません……酒代が」
金額がどれほどかは分からないが、安くはないはずだ。ましてやヴァルが飲んでいるのは子供向けの物などではなく、アルコール度数の強いものが多い。
「金なんざ気にするなって!」
しかし金を払う当人は全く気にしておらず、むしろヴァルを気に入ったらしい。申し訳ないやら、良かったやら。複雑だ。
「あの、どのくらい賭けていたんですか? その、奢りって言ってましたけど……」
最終倍率は俺が勝てば九倍、だったか。
「オ~、よく聞いた、坊主」
急に神妙な声を出したイヴァン寮長は、くいくい、と指を動かして顔を近づけるように合図する。すすす、と耳を近づけると、そうっと彼は答えた。
「オレ様が賭けたのは十二万ルプルだ」
にっひひと低く唸るように不気味に笑ったイヴァン寮長。……待てよ、十二万かける九、ずばり百八万。俺が知っている限り、この世界の物価を考えると一ルプルが五円くらいの価値だ。つまり……嘘だろ、日本円にして五百四十万。平均的な一年分の給料より多いぞ。つーか、日本円換算で考えるとこの人、新人に六十万賭けたことになるのかよ。アホだろ!?
「それは、その、俺が負けてたらやばかったっすね」
「おう。オレ様の貯金のすべてだからな」
「え」
「けど、お前が負けるとかねエだろ? 寮決めの時もヤバかったしよ。オレ様見る目あるからな!!」
…………なるほど。
この寮長、人への信頼が厚すぎて怖いな??
普通、出会って数日の新人にそんな全財産賭けないじゃんッ!! いくら寮決めの日がすごくて、二体も使い魔がいるとしてもだよ!! 相手だって寮長以外には負けなしを誇る先輩だよ!! 妖精四人だよ!!
もうなんか、この世界の人全員どっかおかしいな。
「いやあ、すげエ儲かったわ、マジで!!」
心底嬉しそうに笑いながら他の先輩に絡みに行ったイヴァン寮長。いっそ羨ましくなるくらい自由人だな~。ああいう人にも、気分下がる時とかあるんかな。悩み事、みたいな。
「……ごくん」
一人になって、もう一口ワインを飲む。うん、甘くておいしい。ところでこのパーティ、何時ごろ終わるのだろうか。せっかく授業がないのだし、街でヴァルとグレイに何か買ってあげたいのだが。
「クーリースー!!」
どん、と後ろから体当たりされる。誰だよ、おい。
「あ、グリム」
後ろに首を回すと、赤髪が視界をよぎった。人のよさそうな笑みを浮かべる筋肉バカがそこにいる。
「ボクも、いるよ」
やや視線を下げると、グリムの影に隠れてしまったツァンが背伸びをして存在を示そうとしている。
「二人とも、どうかしたのか?」
「どうかしたのかってお前、同級生だぞ~?? 祝いの言葉くらい言うっての!!」
「おめでと、クリス」
「!! ありがと、二人とも」
なんか、照れるな。コン、とグラスを当てて一杯飲む。にへへ~と気の抜けた笑みを零すツァンは、やや酔っているのだろうか。
「僕からもお祝いさせてよ、クリス」
と、横からグラスが差し出される。落ち着いた声音、青い綺麗な髪。
「おお、シグルス」
寮決めの日以来あまり話す機会のなかった、シグルス・レグンレイルがそこにいた。
「おめでとう、クリス」
「ありがとな、ほんと」
シグルスともグラスを交わし合う。イヴァン寮長のことさえ話題にならなければ、比較的常識人だ。
「すごい魔法だったね、クリス。イヴァン寮長には負けるけれど、でも新入生では他の魔王候補を抑える強さを誇っているらしい。君は将来有望だね。ああいうの見ると、つい感化されるよ。僕も頑張らないと」
……自らイヴァン寮長の話題を出す辺り、やはり常識人ではないか。一分一秒さえイヴァン寮長のことを忘れられないのだろう。
「嗚呼、本当に、早く僕も君のように強くなってイヴァン寮長をお支えできるくらいに……! いいや、イヴァン寮長はおひとりでも問題ないほどお強い。となれば、お支えだなんておこがましい発言だったな。僕はどうするべきか──」
うん、ダメだこれ。グリムとツァンと静かに見つめ合い、薄く笑う。二人もシグルスのイヴァン寮長好きは知っているらしい。
「ほれ、シグルス。イヴァン寮長の格好よさは分かるが、今日はクリスを祝う日だぞ??」
「はッ、そうだったな、グリム」
ほんと、この面子なら、飽きることのない学院生活を送れそうだ。
酔っ払い寮長13歳、爆誕




