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2-22.約束


 姿を現さないままに、マジェスティは続ける。


『我の願いを、聞いてくれるか』


 有無を言わさない問いかけではあったが、容易く頷くことはできない。

 最初はヴァルと出会い、グレイと出会い、学院へ向かって決闘をした。これまでは、まあ、俺にマイナスを及ぼすような内容ではなかったからよかった。だが、訓練場の入り口を出た先にある、隠された謎の空間で、願いを聞けと言われるのはちょっとハードルが高い。


「まず、この場所は、どうして隠されていたんだ」


 毎度詳しいことを話してくれない奴に、そろそろ事情を話させなければ。


『我が、封印されていたが故に』


 これくらいは話しても構わないというように淡々と返される。


 ヴァルとグレイは「なんなのかよく分からない」と表情に出して俺を見ている。彼らにも声は聞こえているとはいえ、虚空に向かって話している俺の姿はいささか滑稽かつ不気味だろう。


「お前の人格が、封印されていたのか?」


『……いいだろう。願いを聞いてもらうためにも、少し話そう。長話になるやもしれぬ。座るがよい』


 座れと言われても、椅子はない。仕方がないから俺たち三人はその場にあぐらをかいた。ごくり、と唾を飲んでマジェスティの言葉を待つ。ややあって、はあ、とため息が小さく聞こえたかと思うと、男か女かも分からないマジェスティは声を出す。


『我が何のために動いているか。それは覚えているな?』


「人格を一つに戻すため、だろう?」


 初めてマジェスティと夢の中で出会った時に聞いた。姿、肉体、形。そう呼べる物がなく、とある事情によって、死んだ瞬間の思念のみがこの世に残っている、みたいな話だったはずだ。肉体がないため脳がなく、よって六つに分かたれた人格は、互いに何を考えているのかが分からない。


 確か俺は、美しい女神みたいな声の主をミラージュ、ゲームマスターみたいなこいつの事をマジェスティと名付け呼び、六つ全ての人格が一つだった頃の人をヴェステージと名付けてヴェスと呼ぶことにしたはずだ。


『肯定。脳がない我ら六つの人格は、貴様がヴェステージと名付けた頃の記憶が薄れているが、最後に強く願った「再び一つに」という思いだけは強く刻まれている。故に、我はそれを叶えたいのである』


「ああ、知っている。だが、それがどう封印に繋がるんだ?」


『人格はそれぞれ、ヴェステージにとって思い出深い地に散らばり、封印されたのである』


 威厳ある声は、やや揺らぎ、感情をあらわにする。


『ヴェステージは、何としてでも死ぬわけにはいかなかった。故に、希望を込めて、死してなおこの世界に人格を残したのである。しかし敵は、それすらも見逃さず、封印してしまったのだ……』


 屈辱を受けた過去を思い出したような憎しみを込めた声なのは、マジェスティがきっと「威厳」や「尊厳」といったものを背負った人格だからだろうか。


 ここまで聞いても一体、マジェスティ、いや、ヴェスに何があったのか。全く考えが浮かばない。が、ここへ来て初めて「敵」という存在が出て来たな。


 戦争? いや、それなら歴史に残っているよな。


 封印されたならば、勝ったのは敵側ということだ。せっかく大敵を封印したのに、封印場所をこんな誰でも使用する学院にしてしまうのは不用心すぎる。俺はともかく、誰かがうっかり見つけてしまう可能性があるじゃないか。


「なあ、クリスよ。話についていけぬのだが」


「オレもです、主よ」


 そうだ。二人には全く説明していないのだった。


「えっと、この謎の声と白い世界っていうのは、これまでも俺の夢に出てきていて──」


 ヴァルとグレイは訝しみながらも、ヴァルは実際にすさまじい魔力を感じたからか、グレイは俺に心酔みたいな感情を抱いているからか、すんなりと納得してくれた。


「しかし、我はそのような歴史を聞いたことはないな」


 数百年の間封印されていたとはいえ、それさえ除けばヴァルはとんでもないほど長生きだ。知らないことはないと言っても過言じゃない。事実、俺みたいな人間が知らない天使や悪魔のこと、その他の種族についても、世界全体を知り尽くしているんだろう。たまに口を滑らせでもしたように、俺の知らない何かについて話しているし。


「名前は俺が勝手につけたものだから仕方ないとして、戦いによって六ヶ所に封印された人に心当たりはないってこと?」


「うむ。強すぎるが故に封印されるということは少なくないが、人間がとなると話は別である。我のように悪魔ならばともかく、仮にグレイのようなドラゴンであったとしても、封印は数えられる程度であるぞ」


 あれ、グレイってヴァルが悪魔だってこと、知っていたっけ。


 話した記憶があるような、ないような。どうだったかと思ってグレイを見ると、特に驚いた様子はない。話したことがあったか、あるいはヴァルが自ら話したのか。はたまた、同じドラゴンとしてヴァルがファイアードラゴンなどではないと察していたのか。ま、知っていたなら話は早い。


「ドラゴンで封印されたのは、歴史上三体のみです。火山に封じられた【炎竜王(えんりゅうおう)】ヴァーミリオン、封印場所の不明な【氷竜王(ひょうりゅうおう)】アイオライト、空の何処かに封じられたとされる【翼竜王】テンペスト。しかし、いずれも人格は分かれていませんね」


「なるほどなあ……」


 そもそもヴェスが人間かどうかは分からない、けど、少なくともドラゴンのような魔物でないことは確か。しかもヴァルが知らないのなら悪魔でもなく、となればやっぱり人なのだろうけれど。


『知らぬのも無理はない。探しても、一生見つからぬ』


 静かに話を聞いていたマジェスティが、ぽつりと、寂し気にそう零した。


「見つからないって、そりゃ難しいだろうけど、でもどこかにはいるはずじゃ」


『否定。ヴェステージの正体は、現代では絶対に見つからぬ。……さあ、その話はもうよかろう。本題へ入ろうではないか』


「本題?」


『うむ。我の願いを告げよう。我の願いは──人格の統合である。最後の瞬間の記憶を元に、二つ、人格の場所が分かっている。それを我と統合せよ』


 人格の、統合。


 いや、推測はできたはずだ。マジェスティの望みは最初から聞いていた。しかしまあ、このタイミングとは何とも。マジでラノベの主人公みたいだ。小説で読む分には楽しいけど、実際なってみれば大変だな、これ。命賭けだわ。


「封印されていたんだろう? ヴェスは、世界の敵とかじゃ、ないよな?」


『歴史は勝者が作るものである。となれば、敗者となってしまったヴェステージは悪であろうな』


「そうじゃなくって。大量殺人鬼とか、おかしな魔術師とかじゃないよなって話」


『分かっておる。その点については、そなたが決めよとしか言えぬ』


 声しかないのに、まるで舞台上で死ぬ間際のロミオとジュリエットを演じているかのような堂々とした態度が想像できる。両手を広げて、空を見て、悲劇に遭う誰かの様に、あるいは焼かれる聖女のように。


『ヴェステージは人を殺した。世界と敵対した。孤独であった。しかし、我は……我は、そうではなかったと信じている!!』


 民衆に訴えるギロチン直前の王族を連想させる声に、俺だけでなく、ヴァルとグレイも思わず圧倒されてしまう。力強い声は震えていて、姿があればそれが泣いているからか力が入りすぎてしまったからか、そのどっちなのかが分かっただろう。


『クリストファー・ガルシアよ、やってくれるか』


 でも、どういうわけか、俺に問うその言葉だけは、まるで何かを確信しているかのように温かい。


「……分かったよ。でも、危険だと思ったり、お前の発言に違和感を覚えたりしたらすぐに止めるからな」


『嗚呼、それでよい』


 ヴァルとグレイが何か言いたげな顔をしているが、口には出さない。ヴァルは恐らく「楽しそうだしいっか」、グレイは「主が言うのであれば」と結論づけていそうだ。


「それで、場所って?」


『うむ。我が位置を把握しているのは二つ。これは我より早く封印されたからなのだが、そのうちの一つに取り掛かってほしい。場所は、西の商業国家ルーグリナとの国境付近にある村である。行けば、分かろう』


「どうやって行くんだ? 入学早々休学なんてできないぞ」


『問題ない。優秀な生徒は隣国ルーグリナとの共同実習がある。それに志願せよ』


「なんでそんな情報を知っているんだ? ……まあいいや。わかったよ」


 こうして俺は、マジェスティとの約束をしてしまった。

 近い将来、あるいは遠い将来に、それがどう影響するのかも考えず。


 正直、学院へ入って勝利して、舞い上がっていたのだろうと思う。

 ヴァルやグレイがいて、自分も強い。ラノベ小説の世界の主人公みたいになったと。


 負け犬で終わったかつてとは違う、現世は勝者の道を歩めると。

 ヴェスの正体を深く考えないまま、俺は入り口を出て学院へと戻った。


【炎竜王】ヴァーミリオン……ファイアードラゴン。火山に封印された

【氷竜王】アイオライト……グレイシャードラゴン。封印場所は不明

【翼竜王】テンペスト……騎士が乗るような翼竜(野生)。空に封印されたと語られる

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