2-21.威厳の王マジェスティ
体調不良により、投稿遅れ…すまぬ!
もはや俺たち三人中三人とも、クラッド・バーキンに意識が向いていなかった。目の前に聳える入り口。そこから漏れているという魔力を俺とグレイ、いや、ヴァル以外の誰もが認識できないが、悪魔が言うのだから間違いではないのだろう。
「クラッド・バーキン選手! まさかの状況へ陥り、目くらまし作戦を決行しましたが……! ダメです、灰色が最大値へ至った今も、五つ全ての属性がターゲットを見失うことなく攻撃を続けています!」
司会が叫ぶ。その煽りで会場は狂喜と絶望の声に満ち溢れた。倍率からして賭けた相手が負けるという人の方が多いからか、声量は絶望が勝っている。
「結界でも張っておるのだろうな、おそらく」
「結界?」
ぎらつく赤目を入り口から逸らさずにヴァルが言う。結界についての授業をまだ受けていない俺は、故郷でもあまり知らないままに終わったその単語を聞き返した。
結界。寮長たちが寮決めの際に見せた技。漫画なんかでは防御結界であることがベターだが、ここでもそうなのだろうか。
「結界の多くは防御を役割としていますが、なかには悪魔除けや天使除け、そして、何者も踏み入れないようにする魔法もあります。幻影に近いですね。そこには何もないと認識させるんです」
左側にいるグレイから説明が入る。
なるほど、認識しない限りそこに扉があっても入れないってわけだ。スルーしちゃうように認識をずらされる感じかな。結界というより、暗示に近しいような。
「……てか、天使って除けられるもんなんだ」
ヴァルが封印された原因は天使との闘いだったというし、気まぐれで人間世界に干渉してくるやっかいな強者、みたいな扱いを受けているっぽい。神の使いじゃないのかよ。
「おっと、魔法が止まり始めました! いや、これは、止まったというより、強制的終了、でしょうか!? クラッド・バーキンが、失神して倒れています! ちなみに、強制的終了とは、この会場に張られた結界の一つです! どちらかが戦闘不能になると終了するようにされています!」
へえー、俺の魔法が無力化されるのか。これは結界が強いというより、この会場の構造そのものに組み込まれているのかな。ちょっと悔しいが、こればっかりは仕方のないこと。むしろ今回は、誤ってクラッドを殺さないために必要だった。ありがたいとしておこう。
「試合終了、だな」
「うむ。あっけないな。初陣であるし、もっと強いヤツで良かったのではないか?」
「人の身で主に勝つなど、誰にもできないですから圧勝は当然ですね」
クラッドだけでなく使い魔もろとも攻撃を与えていたので、俺たちに立ち向かえる敵はいない。昨晩まで思っていた以上に、ヴァルの言う通りあっけなく終わってしまった。
「俺が新しい攻撃魔法を作ったから、均衡が崩れたよなあ~、完全に」
地図は縮小してそこに浮かせたまま、俺は倒れたクラッドの元へ行ってみる。入口は消えないのだし、試合放棄とみなされても困る。ひとまずはこっちに集中だ。
「おーい、クラッドせんぱぁーい」
客たちが呆然と、口を開けてそれを見守る。寮長以外が相手ならば無敵で通って来た三年生が田舎の新人に負けるなど、誰もが信じられないでいる。
「よっっっっっっっしゃああああああああああ!!!!」
多額の金を伴う勝利を手に入れた、イヴァン寮長以外は。
「ナイスだぞー!!!! 新人ー!!!!」
飛び跳ねてこっちに手を振る寮長に俺は手を振り返し、それからむせび泣くクラッド弟を見た。うるうるどころか鼻水垂らして大泣きしている。ウザい貴族の見る影もない姿だ。だから俺が強いのは嘘じゃないって言ったのに、もう。人を疑うから兄貴が人前でボコされるんだぞ~??
「クラッドせんぱあーい」
もう一度呼ぶが反応はない。あまり出番のないまま終わってしまった妖精たちも、主人の傍に倒れている。羽は傷ついていて、意識があったとしても飛べそうにない。
「クラッド・バーキン三年生、呼びかけに応じず、絶対防御の魔法も発動するということは、完全なる沈黙、戦闘不可能です!! これは、まさか、歴史を覆す結果となりました!!!!」
司会の声が震えながら終わりの言葉を告げようとする。誰もが、俺たち三人と、俺の傍で眠るクラッドと小さな妖精を見ていた。俺は観客席を見ると、こういう時は、ええと……あ、そうだ、勝ったら拳を上げるんだっけ。映画なんかじゃそういうシーンは多かった気がする。
「期待の新星、ここに誕生! クリストファー・ガルシアの勝利です!!!!」
それを見た司会が、明確な勝利宣言をする。とともに、客たちがクラッドへの怒号と俺への賞賛の言葉を投げ始めた。
「そっか、みんな賭けていたのに、上級生なのに負けたから、ヤジが飛んでいるんだ……」
「人とは、どこまでも愚かよな。ああ言うのであれば、己が戦えば良いものを」
「ヴァルに賛同するのは癪だが、同意見だ。悪いのは我が主の強さを見抜けなかった自分たちの愚かな目だというのに……」
相変わらずグレイはヴァルに当たりが強いな。
拳を下げて、俺は下に視線を向けた。入口の方から医療専門の人たちが駆け付けてくるのが見える。彼らによってクラッドは万全な状態に治されるのだろう。
鳴りやまない怒号と罵声が耳をつんざく。中には物を投げつけてくる人までいる始末だ。戦いが終わったことで自動的に結界が解除されたのか、それらが戦闘地帯まで届く。
……クラッド、失神してよかったかもな。
弟のために戦って負けただけでなく、こんな光景を見てしまったらいっとき人を信用できなくなりそうだ。彼が負けたのは、ま、反則レベルに強い魔法使っちゃったからちょっとだけかわいそうだが、ああいう連中が負債を負ったのはザマぁみろって感じだな。
その後、司会が二言、三言感想を述べると、解散となった。
挨拶も早々に誰もが会場からいなくなるなか、俺たちだけはその場に残った。
「さ、いこうか」
怪しまれないよう最大限に小さくしておいた立体地図を拡大すると、俺たちは入り口の前に立つ。俺やグレイには分からないが、ヴァルは確かにまだ魔力が漏れていると告げた。観客たちも医療スタッフもクラッドも、誰もおかしな世界へ飛ぶことなく学院へ戻って行ったが、俺たちが踏み入ったら、行先は変わるのだろうか。
「行くぞ」
先頭に立ったヴァルの言葉で、歩き出す。一見普通の世界が見えるが、入り口を通る瞬間、身体がぞわりと魔力に覆われるような気配を感じた。俺の魔力はただでさえ多い。少し増えたくらいじゃあ何も感じない。ならばこの場所から漏れる魔力は、相当なのだろう。一体、どうして門をくぐるまで気が付かなかったのかと言いたくらい。
「これは……」
そこは、真白の世界。
「まさか、夢の中の……」
ヴァルとグレイが首を回して周囲を眺めるなか、俺だけが既視感を持っていた。果てしなく広がる真白の空間に物はなく、背後に入り口があるだけ。とりあえず、ヤバくなっても出られそうだ。
『使い魔ヴァルサルク』
高くも低くもない絶妙な音域の声が、黒いスーツを着こなした悪魔を呼ぶ。
『使い魔グレイシャードラゴン』
どこから聞こえてくるのやら、正体なき声は白いスーツを着こなした氷を司りしドラゴンも呼ぶ。
「誰だ」
ヴァルがドスのきいた低音ボイスで問うが、相手は無視して続ける。
『そして、クリストファー・ガルシア。よくぞ来た』
その次の言葉が何なのかは、想像がつく。
『我はマジェスティ』
「まじぇ…?」
「怪しいです、主よ、逃げる用意を」
「大丈夫、かは分からないけど、俺の知り合いだよ。マジェスティ、お前は現実でも干渉可能なのか? これまでは、夢?だったのに」
『ここは我が封印されし場所である。故に、この場でだけは我は自由に解き放たれているのだ。
──さあ、我の願いを聞いてくれるか?』




