2-20.魔力の流れと惑星迷宮
ちょっと別の小説の締め切りに手間取っていたので遅れました。すまんね。
クラッド・バーキンは、目の前で自分に向けて起こされた魔法を信じられなかった。二体のドラゴンと、一人の人の子によって生じた五属性を伴った巨大魔法。あり得ない。そう言わざるを得なかった。だって相手は、入学して一週間の餓鬼だ。授業はどれも予定表を配られるような段階にすぎず、一つもものを習得していない。
──何か、なにかしないと。
そうはいっても目の前の出来事は事実だ。クラッドは炎に焼かれ、水に足を取られ、大地に落ち、剣に薙がれ、暗闇に支配されながらも何か魔法を唱えようとした。何が良いだろうか。思考を巡らせるが、これらの魔法を解除させるにはより高度な魔法を使わなければならないと知っている。そして五つの属性を持ち合わせたものなど使えないのだから、本気ならばクラッドは五つ、最強の魔法を展開しなくちゃいけないわけだ。
──無理だ、魔力が持たないし、そんな魔法知らない。
目の前の未知の魔法を消すなど、不可能に等しい。
──ならば、せめて、姿をくらませれば。
透明になるとか、煙を出すとか、なんでもいい。姿をごまかせれば、水から、大地から、剣から、暗闇からのターゲティングを逃れられるかもしれない。炎は身体に纏わりついているから無理そうだが、そもそもクラッドの領分は炎だ。上級魔法だって使える。炎相手なら、何とかなるかもしれない。
何より、他に手段はない。クラッドは恐怖に飲まれながらも口を開いた。
「ッ、…………灰色の陽炎」
***
俺が発生させた一つの巨大魔法。それが襲うこの会場に、いくら光魔法が陽炎のように光を吸い込んで捻じ曲げているとはいえ、灰色のスモークのようなものが広がりつつある違和感に俺は気が付いた。
「二人とも、あれは?」
「あの者が魔法から逃れようと発生させたのだな。魔法には、ターゲットを見失う類もある。とはいえ、我らのような強者にそれはない。視覚的情報ではなく相手の魔力をターゲットにしているようなものだからな! つまり、あれはつまらん悪あがきにすぎぬ。全く、人というのはああいう性なのかの」
腕を組んで仁王立ちするヴァルが冷静なのか傲慢なのかよく分からない返答をくれる。
「じゃ、あれは目くらましになるのか……?」
夢の世界でマジェスティが言っていたことを思い出す。
「あ、ああ、そうだな?」
ヴァルたちはそのことを知らないから訝し気な顔をしているが、俺は気にせず考え事にふけった。
──惑星迷宮を使え、だったな。
あれはただの地図を示す魔法だ。何か特別な効果を持っているわけじゃないはず。それなのにどうしてマジェスティは指示したのか。
──そもそも、目くらまし相手に使ってどうなるんだ?
そりゃ、相手の居場所は変わらず視えるのかもしれないけどさ。マジェスティのことだ、言いたいのはそういうことじゃないのだろう。といっても他に推理は浮かばない。
第一、俺はマジェスティのことをほとんど知らない。とある目的のために分離した人格を一つにしようとしていると言うが、肝心な部分はいつも口を閉ざされてしまう。俺は結局巻き込まれているだけに過ぎない。ヴァルの件がそうして出会ったように。これまでは縁を結ぶきっかけとしてとどまっているけれど、ここは学校だ。人に迷惑をかける可能性がある。
──また悪魔と出会うなんてないと思うけど。
【原初の悪夢】がそう何人も俺の前に現れるはずがない。もしそうならヴァルが気配とか感じ取るはずだ。同族なのだし。今回は別パターンだと思った方がいいだろう。
「分からんなあ」
考えてもさっぱりだ。もっとラノベでも読んでいれば、突拍子もない考えが思いついたんだろうか。
「いいや、やっちゃえ」
この世界で得た俺の信条、その一。大抵のことは何とかなる。ヴァルやグレイやジャンさんとの出会いがそうであったように、あるいは寮決めがそうであったように。大切なのは踏み出すか否かで、臆病であるくらいならば失敗する未来であっても飛び込んだ方が利益は大きい。
その一しか信条がないという突っ込みはこの際無視だ。恐らく、いつか第二、第三の信条が生まれてくるだろう。
とにかく、初めて使った思い付きの巨大魔法とヴァルへの魔力供給によって随分と魔力を吸われているせいか、逆にハイにでもなったみたいにやる気に満ちている俺は心に祈る。
──惑星迷宮
無詠唱魔法で唱えれば、一秒と経たずにこの会場一帯を描いた緑色の立体地図が目の前に浮遊する。特におかしな点はないように思う。円形の小規模コロッセオ、客席もしっかりとあって、舗装された道を辿れば本館に通じている。サイズ感も現実をそのまま縮小していて、違和感は覚えない。
「なんだ、何も起こらないじゃないか」
司会が「なぜ彼が地図を出したのかはよく分かりませんが、無詠唱でしたよ! この超巨大魔法を行使し続けながらの別魔法行使です!」と叫ぶのが聞こえてくる。ずっとテンションの高いヤツだな。
「主よ、その魔法をなぜ……?」
神様が利き手で数年をかけて年中無休で作ったんじゃないかと思うほど天才的な容姿で首を傾げながらグレイが傍へ寄って来る。
「そうだぞ…………待て、クリス、その地図おかしくはないか?」
グレイに賛同しかけたヴァルが、キメ顔を決めるように眉を上げた。ほんと、うざいくらい顔がいいな。魔物は顔がいいっていう誓約でもあるのか? ああでも、悪魔って魔物とはちょっと違うんだっけ。
「何がおかしいんだよ? 会場があって、本館へ繋がっていて、クラッドの位置も書かれているじゃないか」
赤い点がクラッドの位置だろう。特に動くこともなく静止している。そりゃそうだ。氷となった水に動きを止められているし、落ちていく光景はただの幻影だ。
「そうではなくてだな……何かこう、魔力の流れが不自然だぞ」
「魔力の流れ? この会場の?」
俺たちが魔力を行使したのは魔法となって具現化していて、クラッドの魔力は光魔法に吸われている。観客たちの魔力は結界の向こう側だから互いに干渉はできない。空気は何もおかしくないが。
「いや、だから、その地図だ」
「地図? 地図上に魔力があるの?」
「……ん? 当然ではないか。進化した惑星迷宮には、現実世界の魔力の流れも透明ではあるが現れていて……まさか、分からんのか」
言われてじっと見つめてみる。が、分からん。グレイを見てみるが、彼も青い目を丸くして首を傾げた。さらりと、彼の顔の左側に陽光を反射させる青銀髪がかかった。
「あー、もしや、我でないと知覚が難しいのか? 種族の違いというのはよく分からんの」
人でも獣でも魔獣でも魔物でもない、悪魔という魔力を体現したような存在だからこその特技だとでもいうのか。ヴァルは「何で分かってもらえないのか分からない」といった風に適当に金髪を後ろに撫でつけている。やがて自分には当たり前のこと過ぎて上手く説明が出来ないと思ったのか、解説を諦めて口を開いた。天才とは恐らく、こういう姿を言うのだろう。
「そこ、入り口の方から魔力が流れてきているのだ。何やら入り口が一つの門となっているように、向こう側から、この会場へな。だが、現実はそうはなっていない。そして入り口の向こう、本館とやらに繋がる通路からは強い魔力など感じられぬ。つまりこれは、地図上でのみ感じ取れる魔力であるぞ」
「ふむ……異界へのゲートみたいなもんか。異界から魔力が漏れている、と」
俺たち三人は示し合わせた訳でもないのに、同時に中世ヨーロッパ風の、戦いの挑戦者を迎え入れるが如き風貌で聳えている入り口を見つめた。
灰色の陽炎って単語分けて調べたら、英語でグレイとメイフライだったんですよ。
グレイ・メイフライ。
何度言っても響きがデビル・メイクライって話。
グレイ・メイフライ灰色の陽炎《低級魔法・空属性空魔法》
・灰色のスモーク(煙)で周囲を覆う魔法。場合によっては敵の魔法から逃れられるが、巨大魔法が相手の今回ばかりは無理だった。




