2-17.いざ、尋常に勝負。
両者、当初の取り決め通り、会場に事前の仕込み、例えば魔法陣の設置だとか、アイテムを設置するなどの行為がされていないことを確認する。それが終わり円形の戦闘会場の中央に立ち向かい合うと、いよいよ観客たちは大盛り上がりだ。
何せ、三年生と新入生という前代未聞の戦い。誰もが新入生、つまりは俺がフルボッコにされることを予想しているが、それでも竜二体を引き連れる俺に興味を示す者は多い。
最終的な賭けは、クラッド・バーキンが勝てば三・五倍、俺が勝てば九倍という誰もが向こうの勝利に賭けた状況。俺に賭けたのは同じ寮の人と、あとはクラッド・バーキンの負けを応援する者だろうか。貴族の負けを見たい他の貴族というのはいそうなものだ。
「さて、いよいよ、前代未聞のバトルが繰り広げられようとしています! 司会は私、ウロボロス寮所属二年生のジュードがさせていただきます!!」
こういうことはよくあるのだろう。やけに慣れた話し方だ。元より声は大きそうな人だが、拡声の魔法があるのか、会場中に容赦なく声を送り届けている。
太陽は高く、そろそろ予定時刻の十二時を迎えようというところ。俺たちは使い魔を背後に置いて、最後の会話をすることにした。
「悪いが、先輩として、貴族として、兄としての威厳がある。出だしから容赦なく畳み込ませてもらうぞ」
金髪を風に靡かせてクラッドがそう言う。不敵な笑みを浮かべているが、それはこちらも同じこと。異世界来てから初めての学生生活、初めての対人戦ということでなんだか緊張よりも興奮が勝っているのだ。相手がどれほどの強者か知らないが、不思議と負ける気はしない。強いて言えば、妖精を四人連れていることには驚いたかな。
「それは俺も一緒ですよ、先輩? 圧倒的強さで、経験値をねじ伏せて見せます」
いつもの俺らしくはない。が、これは前世でどれだけ理不尽な目に遭っても人数差と力差によって反発が出来なかった反動ということにしておこう。この世界では俺は、いくらでも自由に己を主張できるのだ。
「は、あまりほざくなよ? あとから泣いても知らないからな」
「そちらこそ、あまり大口を叩くと後で恥ずかしいですよ」
売り言葉に買い言葉、けれど何故だか険悪な雰囲気にはならない。これは本人たちにしか分からない戦前の高ぶりだった。
「あと十秒です! 十、九」
司会ジュードによってカウントダウンが開始され、観客も呼応するように叫ぶ。
「八、七、六、五」
クラッドが何やら妖精に指示を出す。小声だから聞こえはしない。
「ヴァル、グレイ、俺はこういうの初めてだから、誰と戦うかは相手に任せよう」
「了解だ、クリス」
「承知しました、我が主よ」
ドラゴンの種類からグレイが水、ヴァルが炎の使い手であると相手は信じている。厳密にはヴァルは悪魔だが、戦闘中もある程度はファイアードラゴンらしく振る舞うことを考えるとあまり他の属性は使えないだろう。ちなみに、昨日話した、俺の魔力を分け与えることでヴァル本人の黒い魔力を使わない方向性というのは採用されている。
「四、三」
と、話がずれた。つまるところ何が言いたいかといえば、相手はグレイに炎、ヴァルに土を当てるのは間違いないだろうということだ。ヴァルの炎に炎を当てれば火力で負ける。ならば土で防壁を張って火力を防ぐのが一番だ。
「まあ、誰が来ても構わんが」
子供らしさを忘れた思いっきりの地声でそう言うと、相手に聞こえてしまったのかクラッドがぎょっとした顔でこちらを見た。とりあえず笑顔をお返ししておく。
「二、一」
そうしてついに、長いようで短いカウントダウンが零へ達しようする。
「〇。開幕です!!!!」
うおおおおお、という歓声が収まる前に、敵さんが打って出る。最初から畳みかけるというのは嘘ではなかったようだ。
飛び出した四人の妖精が、俺とクラッドの間に立ちふさがる。主人と戦いたいなら倒してからいけ、という意思表示だろうか。ならば乗り越えるべきその屍をまずは作ってやらねば。
「ヴァル、グレイ」
「我の出番であるな!!」
「お任せください」
戦闘にスーツ姿というのはいささか謎な光景だが、圧倒的強者の余裕といった雰囲気があってカッコいい。
主人二名が背後から観戦するような形で、四人の妖精VS二体のドラゴン(本当は片方悪魔)の戦いは開幕した。観客たちも滅多に見られないこの組み合わせを目をかっぴらいて見ている。
「おおっと! 最初に仕掛けたのはクラッド選手! それにこたえる形で新人クリストファー選手がドラゴン二体を送ります!」
最初の攻撃は炎の妖精ルーシーが放った火の玉だった。無詠唱は妖精の特徴らしい。何でも人と違って妖精というだけで魔力量が豊富なんだそうな。その火の玉はグレイへと向かって行って、パチン、と羽虫を払うように手の甲で薙ぎ払われた。グレイ、恐ろしい子。
「オレを狙うか、炎の」
「ルーシーよ、ルーシー。いい、災害級のドラゴンなんてお呼びじゃないの、消えなさい」
「奇遇だな、オレもだぞ。ちっぽけな炎など不要だ」
よくわからんがバチバチの空気を生み出した両者。種族間にも問題ってあるんかな。
「おおっと、危険な空気に気を取られている間に、もう一つ戦が始まっています!!」
司会の言う通り、戦いはグレイだけではない。ヴァルもまた攻撃を受けていた。土の壁によって妖精は身を守っており、その安全地帯からヴァルへと空の妖精リリアの魔法が飛んで行く。
素直にいえばこれまで空属性って何をするのかよくわからなかったが、なるほど、ああして使うのか。勉強になる。土の妖精シーラが徐々に壁を変形させてヴァルを包囲していき、上空をリリアが空の魔法によって封じている。土では無理やりの浮上で壊される可能性があるが、空を支配する一妖精ならば高度そのものを歪められるとでもいうのか。不思議な膜、結界なのかもしれないが、とにかくヴァルが空を飛ぶという手段を失ったことは分かる。
そしてあの魔法は土によって生まれた個室だけでなく、この戦闘空間そのものに張られた超広域の魔法。よって、俺もグレイも飛べない。味方は飛べるという制約があるとは思えないから、恐らく相手も飛べないだろうが、そもそも飛ぶ気もないのだろう。空を飛ぶというのはそれなりの魔力を使うし。
「む、こざかしい魔法であるな」
ヴァルの呟きが聞こえた途端、メキ、と嫌な音がした。何かが軋む音だ。あまり聞きたくない類の響きでもある。
「ほれ、これでどうだ」
その時、小さな円柱空間に閉じ込められていたヴァルが内部で何をしたのか、誰も見れてはいない。全ては土の壁によって隠されていたのだから。けれど、姿を現したヴァルの格好で、何をしたのかは予想がついた。
息一つ上げずに、軽々と、片足を突き出した姿勢でヴァルが姿を現した。メキと音を立てていた土の壁は僅か一秒と持たずにすべてが崩れ、透明な膜が張られた天井のみが残される。
そう、土の壁を一撃のキックで破壊したのだ。
魔法戦だというのに、魔法を使わない物理攻撃。これにはさすがに妖精に同情せざるを得ない。
「うそ、ぼくの、かべが……」
呆気にとられた土の妖精シーラをかばうようにして、空の妖精リリアが空気の弾を数発放った。仕組みとしては、その属性を活用して大気や空気を圧縮して投げ飛ばしたのだろう。けれどそれも、ヴァルの息で搔き消えた。息には炎が含まれており、まさに火を噴くファイアードラゴンそのもの。とはいえ小さな竜が欠伸をしたときにうっかりケフ、と炎を吐いたみたいな火力だ。つまり、とても弱い。それでも全ての空気弾が消えてしまった。
「そんなバカな……!!」とリリアが言うのが聞こえずとも分かる。すまんね、うちのヴァル、化け物並みに強いんだわ。物理止めて魔法使ったと思ったらすんごい弱っちい炎吐いてくるんだもんな。しかもそれで攻撃全部防がれるんだもんな。悲しいよな。妖精としてのプライドずたずたよな。
「ここで光の妖精が参戦です!! 構図としては、グレイシャードラゴン対光と炎、ファイアードラゴン対土と空という形になりました!! 両者、主は一歩も動かない状況です!!」
***
それは、戦闘が始まる少し前。
けれど、全く別の場所。
「アレは今日、戦いであったな」
「ああ。だが、それほどアレに固執する必要があるのか?」
「勿論だとも。我が国の貴重な戦力だぞ? 他国を出し抜くのに良い存在となるかもしれない」
「今の魔王も、もう弱い。次世代が必要なのは確かだな」
何名かの、怪しい黒ローブを纏った連中が、これまた怪しげに燭台を灯して円卓を囲っていた。互いの顔が分からないほど深くローブを着ているというのに、これでも足りないのか真っ暗な部屋だ。円卓の中央に置かれたその燭台以外に灯りはなかった。
「使えたとして、どうするのだ。占星術さえ未来を予言できぬ存在であるぞ」
「操ろうとすれば、かつての災いと同じ道を辿る可能性もあるの」
「我もそう思うぞ。あのような出来事はこりごりじゃ」
不安げな声音を漏らす、年も性別の容姿もよく分からない彼らの会話に、なんだか若そうな声が投げられる。
「ならば、賭けてはどうでしょうか。今日、アレが新たな魔法を用いれば、それは星の導きと言っていいでしょうから」
「お主は中々、嫌なことを考えるの。それでは、あの者と同じではないか」
「ええ。その時は、星の導き……使えるということでしょうね」
最初のヴァルの戦闘は、トイレットペーパーの芯に入って遊んでいたら、地面と天井にふさがれたみたいな状況です。そしてそれを無理やり、力づくでトイレットペーパー捻じ曲げて脱出した、みたいな。




