1-4.新しい家族、懐かしい妹
我ながら、ではあるが。子供の成長速度とは本当に早いもので、いつの間にかまた一年が過ぎて四歳となった。よちよちと歩くことくらいは可能になり、言葉も覚えた。
……前世の記憶のせいで子供が知っているはずもない言葉や、この世界にないアイテムや知識に関する単語が口をついて出てしまうのは面倒だが。
とはいえ子供とはよく突拍子もないことを言う生き物だ。夢で見た、とか自分で作った単語、とか言えば問題なく誤魔化せる。大人になったその時は気を付けるしかないが。
というか、前世の高度な技術をこの世界で再現することは可能なんだろうか。……いや、仮にできたとしても魔法がある以上は誰も興味を持たないか。火を一つ付けるのに、ガスやら何やらの機材を買って点検もして、なんて面倒くさいことこの上ない。呪文一つで済むならそれがいい。
この一年で俺の魔法の腕も随分と上がったことだし。
無詠唱で魔法を使った、アルカナ暦(この世界の暦らしい。国が違ったらまた変わるのかな?)でいう1690年8月12日。あれ以来、父さんは無詠唱ゆえに『急に魔法が発現してしまう』ことで他の子供たちを怪我させる可能性を危惧して俺にトレーニングを施している。
子供だから大したことは出来ないけれど、狙ったところに魔法を当てる、思い通りの火力調節というのは大切だ。俺も自分の意思に反して魔法で友人を傷つけたくない。
つっても田舎だから子供少ないんだけれども。
母さんのお姉さんに当たるラナおばさんの娘エマとはよく遊ぶ。俺より二つ年上のエマはゲームでいうツンデレ幼馴染ポジションだ。といっても中身が青年の俺からすれば、願ったり叶ったりのムフフな展開ではなく、親戚の子供を見るようなのほほんとした穏やかな感情が生まれている。
「ほーら、遊ぶわよ!」
六歳になったエマはすごく器用に走る。歳の割に背が高いから、四歳の俺からすれば巨人だ。エマは毎日こうして家の庭まで押し寄せて、玄関の扉を叩いては呼び出してくる。
ちなみに、扉を叩くのは乱暴だからではなく、ただ単に玄関のベルが高い位置にあって届かないからだ。たまに窓から外を覗いてみると、格好つけたいのか、背伸びやらジャンプやらでベルに挑戦しては失敗して結局扉を叩くエマを見ることが出来る。ゲームのレアイベントみたい。
「あら、エマちゃん今日も来たのね。クリス~」
母さんがお菓子作りを中断してエプロンで手を拭きながら、玄関を開けてそう言った。
「こんにちは! シエラおばさん!」
「今日も元気ね、エマちゃん。クリス連れてくるから、ちょっと待っててね」
「はーい!」
床に寝転んで魔法書を読んでいる四歳児(俺)の手を引いて玄関まで戻ると、エマはクリーム色のツインテをくるくる振り回して待っていた。
「クリス! 今日はあっちの方に行ってみるわよ!」
駆け出したエマに、俺の足では追いつけない。くそお、前世では五十メートル走七秒台だったんだぞ!
幼い女の子に負けていることに若干の悔しさを感じつつも、少し先でこちらを振り返って待ってくれているエマが可愛いことは確かだ。
追いついて見せると今度は二人並んで歩き出し、昼過ぎの明るい草原を冒険した。
近所には森もあるけれど、そっちは魔物が出て危ないから行ってはいけないと父さんから言い聞かされている。エマもさすがに元騎士の言う事は聞くらしく、好奇心をむき出しにしてそっちへ行こうとは言わない。
「そういえば、シエラおばさん、お腹おっきくなったねぇ。もうすぐ生まれるのかな~」
「うん、そうだね」
「女の子かなあ、男の子かなあ……えへへ、楽しみ。クリスはどっちがいい?」
母さんは今、妊娠している。この世界では生まれる前に性別を調べることは無理っぽいから、その時になってみないと分からないけれど……。
もし、妹だったら、前世と色々被っちゃうな。事あるごとに、里沙のこと思い出してしまいそうだ。
「う~ん……おとうとだったら、いっしょに魔法やりたいし、いもうとだったら、エマとなかよくなりそうだね」
けど、妹だったら、今度は、って。
今度は、格好いいお兄ちゃんでいようって、ある意味前世でやり残したこと、やれるのかな。
里沙には悪い気もするけど、ツンデレな我が妹はそんな風にマイナス思考で挑戦を諦める兄を足蹴りしてきそうだな。うん、やっぱり俺はこの世界で、前世が弱いかつ運がなかったせいで出来なかった分も誰かを幸せにしよう。
「うっふふ~、女の子だったらいっしょに冒険するんだ~! もちろん、クリスもいっしょに!」
楽しそうに笑うエマ。
「エマはほんとに、あそぶのだいすきだね」
「だって楽しいもん! あたし、いつか世界を旅していぃ~っぱいおもしろいもの見るの!」
二人で小さな冒険をしたこの一か月半後、母さんは無事に女の子を出産した。
「クリス、妹よ」
「クリスもこれでお兄ちゃんか~」
初めて、生まれたての子供を眼前で見た。これは前世でもなかった経験だ。あんまりにも小さくて、細くて、俺が触ったら壊れてしまいそうで。生命って本当に、神秘だなって。この子がいつか、成長して今の三倍くらいの身長になって、何十年って生きるんだから。
「いもう、と」
けれどそれ以上に俺は動揺していた。覚悟はしていたけれど、本当に女の子とは。
──今度こそちゃんと、兄らしく。
「名前、何にしようかしらねえ」
──妹の幸福を、最後まで見届けて死ねるように。
「そうだなぁ……レイナ、ベス、ステラ、ヘラ……シエラに似た名前もありだな」
「クリスは何かアイデアあるかしら~? なあんて」
母さんがふざけ半分で俺にそう問いかけた時、前世で好きだった小説の主人公を思い出した。確か、それなりに才能に恵まれて、性格も良くて。そんな少女が友人や恋人と共に幸福な人生を送る物語。
特別有名な本じゃなかった。だって、主人公である彼女が危機に出会わないから。いつも笑っていて、人を引き付けるオーラと才能があって。そんな風に最後まで平和に過ごして死ぬ話。もちろん、才能を妬むクラスメイトの登場なんかはあったけれど、それすらも魅了して味方にしてしまう少女。
そんな風に、生きて欲しい。
特別な不幸などいらないはずだ。ただ、世界を生き抜く強さがあれば。あとは、本人の性格の良さが解決してくれる。
だからどうか、あの幸福な物語の少女のように。
確か名前は────。
「────リーゼロッテ」
思い出したままに呟くと、両親は急に流暢に喋った俺を目を丸くして見つめた。
まずい、この世界ではない名前とか発音だったか?
「リーゼ、ロッテ」
「じゃあ、愛称はリーゼか、ロッテか、リロか……」
「良い名前ね。けど、珍しい名前だわ。本で読んだのかしら?」
「う、うん!」
母さんが一言そう言っただけで、他には特に怪しまれることなく、何と本当にその名で決まってしまった。
意味は、忘れちゃったけど、確か結構良い意味だったと思う。から、問題はないはず。この世界で同じ意味を司る名前なのかは分からないけど。でも、両親が頷いたんだから良い名前のはず。
「リーゼ、可愛いリーゼ」
母さんがそう繰り返して生後一日の子供をあやす。すやすやと眠るリーゼの姿は、とても愛らしくて、心が洗われるみたいだ。何も、悪事はしていないはずなんだけどな、はは。
こうして家族の増えた俺は、ますます格好よくなろうとトレーニングに励んだ。
初めて使った魔法の炎爆発が炎属性であったことからも炎系統の術に励んでいるが、他にも水なんかも楽しくて頑張っている。炎魔法失敗した時の火消しに役立つし。飛行魔法や防御系は後回しになっているが、まあ良いだろう。
どうやらこの世界の魔法は【炎】【水】【土】【空】【光】【闇】の六つの魔法に分けられるらしい。その中でも禁忌である闇魔法を覗いた五つが【五大魔法】として呼ばれているそうだ。
闇魔法が何なのか、どうして禁忌なのかが気になるが、まあそれは置いておいて。俺はとりあえず他五つを完全習得しようかな。
まだ、炎魔法以外は簡易魔法くらいしかできないけど。でも、時間はたくさんあるんだ。
リーゼが大きくなるころには、全部の属性を一気に使って特別な魔法とか見せれたらいいな。
〇〇属性と〇〇魔法の言い分けって難しいですね。。。
とりあえず、
属性と付くのは魔法書などに載っているような仕組みの面で、
魔法と付くのは実際に唱える呪文や効果ですかね。
でも、属性と魔法が違う物に属しているというのはあり得ないと思います。
のちのち、たとえば『炎魔法と光魔法を組み合わせて空にデカい花火上げる(できるかしらんけど)』みたいなものがあればそれを『複合魔法』だとか言うかもしれません。そういう時役立つかも。かも。かも。
あ、そしたら複合魔法だけど花火は光の面が強いってことで仕組み上は光属性扱いになる、みたいなのいいかも。
ああ、そうしたら『闇属性』ではなく『闇魔法』が禁忌なのも説明がつくかも。もし『闇属性』が禁忌であれば、たとえば『水と闇の複合魔法の結果、水の面が強く理論上、水属性』になった時、法の抜け穴になっちゃいますからね。
まあ、作者はそこまで深く考えていないんで頑張って言い分けようかな、くらいです。
気にせず読んでください(設定細かいの好きな方、すみません)。
何かいい案があれば教えて。