2-11.最初の授業、波乱万丈な貴族たち
天才だから一日半で五話かけちゃった。
魔法の習得、魔物について、魔法の歴史、自国について、世界について。あらゆる必須科目が一年生には課されている。そのうえで、動物関連の魔法、植物関連の魔法、使い魔との連携、模擬実戦、各魔法に特化した魔法から全員必ず一つ受講など、選択科目などが加わっている。
大学時代を思い出す多様な種類の授業たちだが、俺たち一年生が最初に受講するのは『魔法学』だった。ここでは魔法の正しい使い方、さらに新しい魔法の習得を行う。全てが独学であった俺にとって、魔法の仕組を知るいい機会だ。できれば、魔法陣学もあとで受講してみたいところ。
「さあ、みなさん、まずは入学おめでとう。けれど決して気を抜かないように。魔法は便利だけれど、同時に危険でもあります。自分を、そして誰かを怪我させることのないよう、安全に実習を積みましょうね」
優し気なゆるふわウェーブのおばあさんがそう言って授業は始まった。穏やかなオーラを纏った六十歳前後の女性だ。どこか気品を感じるのは、ここが王立だからだろうか。
「わたしはこの学院で魔法学の講師をしている、ユリア・ローヴェといいます。可愛い名前でしょう? わたしのお気に入りなのよ。一年間、いいえ、卒業するまで、みんなどうぞよろしくね」
全員の名前をすでに暗記しているというユリア先生。すごいなあ。教員の鑑だぞ。
「さて、みなさんはどんな魔法を使えますか? この授業では、みんなのレベルに合わせてやっていくのよ。これまでが全員独学だから、レベルがバラバラでね。すごい魔法が使えるのに、基礎を知らない子もたまにいるのよ。ささ、みんな挙手してちょうだい」
明るいおばちゃんといった親しみやすい人のため、人見知りな子供でも積極的に話しかけられそうだ。事実、今目の前でたくさんの生徒が当てて欲しそうに手を挙げている。独学で学んだ魔法を自慢したいのもあるだろうけれど、それにしたって様子見をするものがいないのは大したものだ。
「はい!」
中でもピンと背と手を伸ばした少年が一人。十歳ちょっとくらいだろうか。見た目こそ制服ではあるが、高そうな持ち物を見せびらかさんばかりだ。
貴族かなあ。めんどくさいなあ。いや、嫌いじゃないけど、ああいう俺すごいだろって親の金で買ったものをみせびらかされてもねえ。親大好きならいいんだけど、大抵ああいうクソガキ君は取り巻きをつれて……。
「はい、ラッセル君」
「ボクは点火火球が使えるんだ。すごいだろう?」
「ええ、素敵な魔法ね。中級の炎属性炎魔法だわ」
ああ、確か俺がクマ相手に使った魔法だっけ。随分と遠い記憶のようだ。
「さっすがラッセル様!」
「さすが次期当主です!」
「かっこいいなぁ~」
あさっそくほれみろ、取り巻き共のおなぁ~りぃ~、だあ。たかだが中級くらいで全く……けど、俺が強いのは転生者だからなんだよな。そういやあれ以来あの変な声聞こえないな。ないとないで不安になってくる。
「他には?」
その後、次々と生徒が当てられていく。同じ子が当てられ、別の魔法を答えることも可能だから数は多用だ。大抵が低級から中級にとどまっている。
「あら、クリストファー君はまだ答えていないわね」
うわ、そうだったそうだった。周囲の様子を見るのが授業参観の父親の気分でついうっかり失念していた。ええっと、どうするかな。ほとんどの低級魔法と中級魔法が言われたぞ。俺の知識は少ないから、彼らと同じくらいしか知らないんだが。
「他の子はもうほとんど言いましたからね。被っていても構いません、君のレベルを教えてくださいな」
そう言われると、困る。これからどんな授業があるか知らないが、ここで嘘をつくと面倒かもしれないぞ。それに「さっき言われた低級魔法が~」とか言うとジャンさんに推薦してもらった手前、大した奴じゃなかったアピールになるのは避けたい。よし、ここは伝説級魔法以外で素直に答えよう。第一、ヴァルとグレイを従えている時点である程度の実力はばれているだろうし。
「紅焔嵐とか、惑星迷宮とかですね」
適当に思いついた上級炎属性炎魔法と中級複合魔法土属性土空魔法を述べてみる。いや、どちらも非常に便利な魔法である。うんうん。前者は威力の加減が難しいけど、炎系では伝説級を除くと最高級だし、後者は中級魔法といえど森なんかでは非常に便利である。そうだ、王都で迷子にならないためにも歩き回るときはこれを使おうかな。
「……ええと、それは本当かしら?」
「ん? ええ、本当です」
なぜか分からないが、確認を取られる。ここで嘘つく意味とかなくないか? そういうヤツが昔いたのかな。
「それは、ええと、どうしましょうか」
「? さあ」
首を傾げてくる先生に、しかし俺は返す言葉を知らない。え、いや、中級魔法を言っていた子は他にもいるし、上級魔法だって、世間一般に知られているやつのはずだ。少なくとも、実家の本に載っていたのだから間違いない。ジャンさんだって伝説級魔法以外に関しては何も驚かなかったじゃないか。
それなのに、なんだ、この空気。生徒たちの視線がこちらに向いているぞ。唯一、同寮の蒼仔空が寝ているくらいだ。それはそれで逆にどうかと思うが。
「おい」
「はい?」
急にユリア先生以外から声をかけられ、誰かと思う。なんか聞き覚えのある声だな。
「あ、さっきの成金君。ええと、ラッカル、ラスカル、ラッサム、ブロッサム??」
ちょっと名前を忘れたが、あれだろ、俺がクマに使った魔法をすごく誇らしげに答えていた奴。取り巻き連れていたアレだな。
「ラッセルだ!! ラッセル・バーキン!」
「ああそれだ、すまんすまん、人の名前を覚えるのはちょっと苦手でね」
えへへ、と笑ってごまかしておく。
「それで?」
「え? ああ、そうだ、お前、上級魔法とか嘘だろう!!」
思い出したように勢いを取り戻して、人差し指を俺に突き付けながら言うラスカル君、いや、ラスカルはアライグマか。ええっと、あ、そうだ、ラッセル君だ。ラッセル・ばー……ばー……ばー……なんちゃら君。
「えっと、嘘じゃないよ?」
俺の方が年下だったことを思い出し、かわいらしぃ~い顔を利用して目を丸くして答える。
「嘘だ! お前まだ六歳だと聞いたぞ! 魔法が使えること自体が怪しいというのに、先日は奇妙なことをしてみせたし、今日も嘘つきときた!! 何なのだ!!」
「そーだそーだ」
「さっすがラッセル様!」
取り巻きたちが賛同し、人差し指を向けたままのラッセル・ばー何某君は決まったというようにそのポーズで静止した。いや、人に指は向けないほうがいいよ? それやっていいのは「犯人はお前だ!」の時だけだと相場が決まっているんだよ。知ってた? 知らないよね。君たちから見た異世界の知識だもん。
「嘘じゃないんです、先生!」
話通じなさそうなので訴える先を変えてみる。ユリア先生は疑ってはいないんだけれど……と俯いた。
ううむ、これはどうにも俺が失言をしたらしい。上級魔法は言うべきではなかったか。けどまあ、どうせ卒業するころには誰もが使えるようになる魔法だ。ここで披露したっていいだろう。できるものをできないと言いなおすのは癪だし、ジャンさんのためでもあるし、何よりもあの貴族君、むかつく。証拠もなしに人を嘘つきよばわりするということは、君こそが嘘つきに陥っているのだぞ? ん?
ちょっと自分が何を言いたいのか分からなくなってきたが、まあ、前世がよぎってムカついているというだけだ。ということで。
「じゃ」
パン、と手を叩きより一層注意を引き付ける。誰もが黙り、俺を見る。
「お見せしましょうか」
成金貴族君はぽけ~とした顔をしたが、二、三度俺の言葉を反芻して意味を理解したのか、勝ち誇ったようにして笑った。
「言っておくが、ボクは本物のソレを見たことがあるんだぞ? 偽物だった時は分かっているな?」
「もちろん。その時は何とでも言うといいさ」
「ぐぬぬ……余裕ぶりやがって……! じゃ、じゃあ、この後すぐ、二つとも見せてもらおうじゃないか!」
「そうだそうだ!」
「余裕かましてんじゃないぞ!」
「うそつき~!」
なんかよくわからん取り巻きのヤジが飛んでくるが、無視だ無視。
つか、アース・ラビリンスも披露するんだ。まあいいけど。学院内の地図なら、ちょうどいい広さだろう。ユリア先生なら学院の地図であればミスがないかも分かるはずだし。
「ええっと、それじゃあ、訓練場へ向かいましょうか」
おずおずと、ユリア先生が決断した。
宣誓!
私、六波羅朱雀は!
主人公クリストファー・ガルシアを、休む暇なく波乱万丈な異世界に巻き込むと誓います!
その第一歩として、貴族に目をつけさせます!
以上、作者宣誓でした!
鬼畜かて。




