2-9.複合獣の宴
紫色の洋館と呼ぶにふさわしい寮の一階、普通ならば静かに、ちょっとだけ騒がしく夕食を食べるその場所で、今日は宴が催されていた。
「俺様とキマイラに栄光あれえ~!」
そこで俺様が先に出てくるところに感心しつつ、俺はコップ片手にとりあえず周囲の者と同様掲げて飲んだ。酒など一滴も入っていないというのに、誰もかれもが雰囲気に酔っている。
魔法によって点けられた無数の灯が天井に浮かび、それはもう綺麗な光景だ。こういった祭りが日本にもあった気がする。空に、ランタンを上げるような祭りが……つなん雪祭りだったか。忙しくて旅行する暇なんてなかったから、こうして異世界とはいえ似たようなものを目にできて光栄だ。ま、室内ではあるが。
他にも、先輩たちが得意げに魔法を披露していく。マジックだが魔法故に種も何もないといえそうなもの。帽子から蛇を出したり、紙吹雪を物を燃やさない小さな火花によって再現したり。各々、可愛くない形のものもあるが新入生九名を楽しませようとしてくれていた。
「飲んでるか楽しんでるかァア!?」
「「「「シャアアア!!!!」」」
寮長の言葉に呼応して、先輩たちが野太い声を上げる。男子も女子も関係なく、面倒な酔っ払いと化している。マジで酒入ってないよね、これ。このままではいつ戦闘用の魔法の行使が始まってもおかしくなかった。
大学時代、サークルの飲み会はいつも隅に隠れてやり過ごしていたことを思い出さなくもないが、全ては過去だ。今はただ、猪突猛進、新入生と仲良くなるのみ!! あとできればまともそうな先輩の知りあい欲しい!
「どうも、みなさん楽しそうですね」
またしても背後から現れたのはシグルス・レグインレイル、またの名をサイコパスインテリヤ○ザ! というかほんとに気が付いたら後ろにいるな。暗殺者かなんかかよ。
どことなく頬を火照らせて熱っぽい視線を送る先にいるのはもちろんイヴァン寮長その人。今まさに何杯目かも分からないジュース(酒入ってないと信じる)が注がれたグラスを手に取ってラッパ飲みする彼の何がそんなに心を引くのか分からないというのは止そう。言ったら殺されかねないから。
「そうだね、みんな楽しそう……俺たちももっと楽しまないとね!」
「そうだね。せっかくイヴァン様が開いてくださったこの催し、存分に楽しまなければ損です!」
冷静なんだか馬鹿なんだか。まあ、恋は盲目というし、信じることもまた盲目なんだろうよ。どっちのもしたことないけどね。
「よ~よ~ォ~一年ども! 楽しんでるかァあ!?」
そこへ、件のイヴァン寮長が割り込んでくる。酔っ払い特有の千鳥足みたいな足取りで突っかかってくるとそのまま俺たちの間に入って、肩を組んでくる。そろそろこの飲み物アルコール度数が心配だな? 俺飲んじゃったよさっき。
「もちろんでございます! イヴァン様の開かれたパーティに参加でき、恐悦至極に存じます!」
「堅苦しいことはやめて飲もうぜ~!」
「はい!」
顔をリンゴよりも苺よりも真っ赤にして、近くを通った人がくれたグラスを一気飲みするシグルス。ああこれあれだ、今日こそはと意気込んで推しアイドルの握手会に行ったもののいざ会うと緊張して喋れなくて相手側の思うように動かされて終わるタイプだ。まあ、相手が推しならそれはそれで幸福かもしれないが。
「よォ、坊主」
「あ、俺ですか?」
坊主じゃないぞ、俺には綺麗な髪がだな……って、そういう意味じゃないのは分かっているがそれにしたってアンタと六つくらいしか年齢変わらんだろ俺。お前も坊主じゃい!
いけない、なんだか今日は俺もテンションが高いぞ。入学式だからか、春になると興奮しちゃうような不審者じゃないんだが俺。あるいは……はッ、まさかあの酒に!
「お前以外に誰がいんだよ坊主~」
「あの、その坊主っていうのやめません?」
「ん? それもそうだな、ここじゃみんなガキだしな、あっはっはァ!」
お前もなと言いたくなるのを堪えていると、急にイヴァン寮長の眼が細められる。何かを試されているような、先ほどまで酔っ払い迷惑生徒だったのが嘘みたいに静まり返って底の見えない深淵のような瞳だ。暗い渦に巻き込まれる感覚を覚えてしまう。相手が子供だとは思えない。俺は精神年齢でいけば目の前の子供の二倍以上大人なのに。
「おめェ、昼間の寮決めじゃあ随分とド派手にかましてくれたじゃねえか」
あ駄目だこれ終わったわ俺さよなら平和。
微妙に韻を踏めていそうないなさそうなという語呂が頭の中で浮かぶ。
つまりこれ、アレだろ? 俺より目立つな騒ぐな、迷惑かけるなってやつだろ? 確か、あの場では誰も怪我をしていなかったはずだが。その点は大丈夫だと思っていたが、突風受けただけでもアウトだったか? 俺の魔法をたやすく止めたアンド寮長たちの結界をたやすく破った当事者であるヴァルを、問題ごとを起こしたくないからと今日はグレイに捕らえさせて部屋に置いてきたのに。パーティずるいと随分と文句言われたけど。
「す、すみません」
とはいえアレに関しては先輩たちは悪くないので謝らざるを得ない。鏡が悪いといいたいが、魔法を上手く抑えられなかったことに関しては俺のミスだ。
「…………」
沈黙が重い。なんか、気が付いたら周囲も静かになってこっちを見ているし。やめてくれ、温かい目ならともかく冷たいまなざしはやめてくれ。痛いから。肌に痛いから。
真顔で俺を見るイヴァン寮長が怖い。天井に浮かぶ灯りも先ほどより冷たく見えるのだが、気のせいだろうか。残念ながら俺には目線を逸らす度胸はないので、そのまま見つめ続けているが、これ、ガン飛ばしてると思われていないだろうか。
何かしらの覇気を使っただろうと思われるレベルで静まり返ったイヴァン寮長とその他全て。
しかし、次の瞬間、耳をつんざくレベルで大きな声が発せられた。もちろん、イヴァン寮長によって。
「なんで謝るんだァ? 愉快だったじゃねえか! 良い一年が入ったもんだぜ! 今年は行事も総なめ間違い無しだなオイ!!」
すると、遠巻きにこちらを見守っていた先輩たちも杯を掲げて呼応する。
「おうよ!」
「今年は勝つぜ!」
「俺たち無敵だぜ!」
呆気に取られて拍子抜けするほどのあっさりさ。
あ~、俺、ちょっと異世界来てから人を疑いすぎていたのかもな。前世最悪だったから、って、現世でもいじめられたりする気がして。全く情けないな。ジャンさんに笑われちゃう。自分はこんなやつを推薦したのかって。
よし、俺、これからはポジティブ思考何とかなるぜ人間でやってくか。
その第一弾として、相手を信用しないとな。俺が、信用されるためにも。
「皆さんのお力になれるよう、俺、魔法磨きます!」
「おォ! いい宣言だぜ。オイお前ら、後輩に抜かされんじゃねえぞ!」
「「「「しゃーッ!」」」
「「「「あったりめえよ!」」」」
シャルルが言っていた、ヤバいけど悪ではないっていう説明が思い出される。全くもって、その通りだったよ、シャルル。




