2-7.入学式、ココロオドル寮決め
入学式、本館の奥にある広い部屋で、新入生一同は列に並んで立っていた。
想像よりも多いんだなあ、と心の中で感想を一つ。推薦がないと入れないから少数精鋭かと思っていたが、それなりの人数は居るようだ。
と、コツコツと靴音を鳴らして壇上へ上がった女性が一人。学院長アルドラ・マリアンだ。
「皆さん、イージス王立騎士学院へようこそ。貴方たちはこれからの数年間、各々、研究や戦闘、友人との思い出作りなどに励むことでしょう。そうして、騎士や兵士として出世していきます。しかし、本校の目標を忘れる貴方たちではないでしょう」
優しくも威厳ある口調で、学院長は本題へと入る。少ない言葉で多くを語る。まさにそれを体現するかのような、淡々と進められる入学の口上。前世に多かった話長い校長とは大違いだ。
「そう、本校で目指すべきは一つ、魔王へと至る事です」
学院長の眼が少しだけ細められる。誰が魔王へ至るのか、それを見極めるように。
生徒たちはそのまなざしを受けて背を伸ばす。ピリッとした空気が走った。多分誰も、魔王へなれるなど本気では思っていない。何年、何十年に、世界で一人生まれる程度の覚醒した人間。憧れはしても、それだけという者がほとんどだろう。むしろ成果を挙げて騎士団への就職を望む者の方が多そうだ。
だが、学院長は本気の様子だった。信頼を込めた眼で俺たちを見渡す。
「誰よりも強く、誇り高く、絶対的な王としての威厳を持って君臨する、人類の守護者になるのです」
五秒ほど沈黙する。そして張り詰めた空気が痛くなった頃、学院長は頬を緩めふっと笑った。
「とはいえ、貴方たちはまだ所属する寮も決まっていません。今日という入学の日を祝い、そして、この後の寮決めを楽しんでくださいね。以上を持って、あたしアルドラ・マリアンの言葉と致します」
学院長は軽くお辞儀をすると、一気に拍手が巻き起こった。入学式に参加している先輩たちも、うんうんと頷きながら拍手をしている。
その後、一名の貴族新入生が軽く新入生代表挨拶を済ませると、俺たちは移動となった。四名の寮長に連れられて、別室へと向かう。そこはまるで教会のようで、ステンドグラスにはそれぞれ四つの寮の紋章が書かれている。
「今から、寮決めを行う。各々、好きな魔法を使用しろ」とフェンリル寮寮長イグアルが言った。
鏡の間と呼ばれるその場所には、もちろん、俺たちがどの寮へ所属するのか決めるという大きな鏡があった。あれがシャルルから聞いたやつだろう。
一人目の生徒が鏡の前に立ち、イグアル寮長が優しく頷いたのを見ると恐る恐る炎魔法を詠唱した。ランタンの灯りのように穏やかな火が、生徒の前で浮かび上がる。
すると鏡面が水面のように揺らいで……。
『セイレーン』
えっ、鏡が喋った!?
他の生徒もその光景に思わず目を見張り、ざわつき始める。するとセイレーン寮長エレノア・リリアンと思われる金髪の女子生徒が口を開き、ちょっとした騒ぎを止めた。
「お静かに。知らなかった者もいるようだけれど、真理の鏡は喋るのよ」
静かにと言われた以上、これ以上は騒げない。一列に並んだ生徒は次々に順番を迎え、どの寮へ入るかを決められていく。キマイラ寮へ入る者は、ほとんどいなかった。数えられるほどだ。
『ウロボロス』
俺より数人前にいたシャルルが、望みであったウロボロス寮への入寮を告げられたのを見てほっとする。小さくガッツポーズを決めたシャルルは、俺を見て笑顔を浮かべて来た。
そうしているとすぐに自分の番が来る。
どの魔法を使うかは決めていた。一番最初に覚えた、思い出の魔法炎爆発だ。威力は普通だし、低級魔法でもある。が、やっぱりここは俺の原典ともいえるものをだな──。
『最大の魔法を使用せよ』
「……は?」
無詠唱を始めようと言うまさにその瞬間、真理の鏡が口をはさむ。
それには他の生徒、新入生だけでなく先輩も驚いたようで、全員がぽかんと口を開けて阿保面である。てか、寮の名前以外も話せるんだこいつ。
「あー、いや、えっと、まさかな」
訳が分からないため唯一知っている寮長であるイグアル寮長へ目を向けると、嘘だろって顔を返される。
「いや、噂程度に聞いたことはあるが……」
何をだよ、と思っているとウロボロス寮寮長のファラビラ・シェリルが口をはさむ。研究タイプだからか、異常事態でも嬉々とした顔だ。
「目の前で見られる日が来るとはなあ~、いいなあ~、ねえ、少年、真理の鏡は嘘を見抜くんだよ、真理だからねえ~、だから、一番強力な魔法を使いなよ、大丈夫、結界を張るから威力は気にしないで~」
おいおいおいおいいいいいいいいー、それはつまりあれか、伝説級魔法を行使しろということか!!
いや待てよあれは他者の魔法を奪う物だから、一人で行使となると別の魔法でも許されるんじゃ──
『イグアル・ラグスよ、お前の最強の炎魔法をこの者に当てよ』
おいおいおいおい。冗談だろ。心読まれたか。
「え、いや、さすがにそれは……」
不安そうな顔でこちらを見られても困りますよ?
なんか、他の生徒も全員が全員こちらを見て成り行きを見守っているし。やだなあ、目立たない予定だったんだけどなあ。
「あの~ですね、俺の最強の魔法って、ちょっと特殊でして、なるべく人前ではやりたくないっていうかですね」
「無意味だよ~、真理の鏡がお求めなんだ。嘘はつけないよ?」
クッソ、この研究のためなら他者を売っちゃう系寮長め!
「じゃ、じゃあ、結界を張っていいですか? ぼんやりとしか中が見えない、みたいなやつを」
俺がそう言うと、渋々と言った顔でファラビラ寮長は承諾し、威力と視界を遮る魔法を行使した。ただし、見届け人としての職務を学院長から賜っている寮長四名はその結界の中に入る。つまり、新入生には分からない、というだけだ。
「では、いくぞ?」
少しの緊張を顔にあらわにしながらも、イグアル寮長は言った。
「はい、どうぞ」
すう、と息を吸うとイグアル寮長は無詠唱を行使。途端、爆発のような炎が結界内に巻き上がる。まるでガス抜きをしている時に火をつけたみたいな、勢いある爆発だ。そして魔法という特性上、イグアル寮長の強さと熟練度のために炎は赤を超え、紫に達し、最早青に染まっている。常人が触れれば骨が炭になるところだが……。
俺は心を落ち着けて、あの日以来使っていない伝説級魔法を心の中で唱えようとする。が、あまりに膨大な魔力を消費する危険な魔法のためか、使い慣れていないからか、上手く体内で魔力が廻らない。このままではイグアル寮長の魔法をモロに食らってしまう。仕方がないと覚悟を決め、口を開こうとした瞬間、身体が熱を持って熱くなった。魔力が漲る気配がする。
──運命作家
心の中でそう唱えると同時、イグアル寮長が放ち俺を目指して周囲に立ち込めていた炎と熱気は俺に味方して。
「嘘だろ……!」
イグアル寮長が呟いたことすら俺の耳には届かず。青かった炎は発光する星のように白くなった。
そして俺は、グレイにしたときのように放ち返そうと──。
「駄目だ」
そうすれば四人の寮長全てが大けがを負うことに気が付いて、寸前で放とうと俺の手から逃れそうだった全てを押しとどめる。イグアル寮長を目掛けて飛び出そうとしていた透明な白い炎は浸食を止めた影のように留まる。しかし、行き場のない魔法をこのまま抑えるのは不可能だと分かる。体内で暴れる魔力の流れを押し殺してもなお、魔法は暴れる。暴発のようだ。魔法という名の銃弾が飛び出したいと言っているのだ。
どうしようどうしようどうしよう。
俺が焦るたびに制御は揺らぎ、一層俺が塗り替えたイグアル寮長の炎魔法が暴れ出す。
もうだめだ、抑えられない。
「皆さん、防御結界を」
四人それぞれの防御結界を信じるしかない。大丈夫、彼らは寮長だ、新人の魔法くらい防御してくれるはずだ。
「無理だよ~、あ、はは」
諦めたように気の抜けたファラビラ寮長の言葉。
「研究特化のボクたちにこれを抑えるのは、ちょっとね~」
「でも、もう────」
抑えられない。
そう続くはずの言葉は、ついに止められなくなった魔法が鳴らした轟音によってかき消され、白い炎は尾を引いて正面にいるイグアル寮長目掛けて、周囲の全てを巻き込んで飛び出して……。
「騒がしいな」
突如、前触れなく結界内へ入って来た一人の男によってかき消された。いや、消されたと言うより、黒い穴に飲み込まれたに近い。
「ヴぁ、る」
それは金髪赤目の悪魔ヴァルサルクだった。今のを止めるのに魔力が揺らいだのか、一瞬黒い魔力が見え隠れした。
「ど、して、ここに」
「どうしてって、そりゃ、急に魔力が吸われる感覚がしたからの。クリスの元へ、魔力回路を通じて瞬間移動してやろうと思ったら魔力回路が暴れておるから自力で来てみたのだ」
結界は今の白い炎によって割れており、周囲には危うく俺が殺しかけた生徒たちが居る。
「見たところ、強力な魔法相手にアレを使ったのだな。行き場のなくなった魔力が暴走、魔法の行使を止められなかったか。元が相手の魔法ならばなおさら、急な制御は難しかろう。そこで現れた我、天才だな! 感謝せよ、クリスよ! がっはっは!」
いつものように背中を大きく反って豪快に笑うヴァルの存在が少しだけ嬉しい。いつも通りって、落ち着くな。
「あ~、ボクたち三人の寮長が作った結界が、気配なく侵入されたってこと?」
イグアル寮長を除いた三名の本気の結界。それをたやすく侵入したヴァル。ファラビラ寮長は納得がいかない様子だ。
「うむ、そうであるぞ。とはいえ、壊したのは我ではないぞ? 結界内に入ってみたら炎が暴れておるからな、これはどうしたものかとクリスに目を向けた瞬間、白い炎が結界を突き破って壊したのだ。生徒が怪我をすることをクリスは望まぬ。そこで我、魔法を喰らってやったのだ。はっはっは!」
悪魔的な何かの魔法で魔法を喰ったのだ。人に見られていれば大問題だが、幸い、一瞬見えた黒い魔力も何もかも、他の者には白く光る炎によって遮られ目には映らなかったらしい。
「ありがと、ヴァル、危ないところだった」
「うむ、もっと感謝して良いぞ」
自分の魔法で死にかけるとは、本当に馬鹿だ、俺は。ましてや、此処にいるすべての生徒を殺しかけたのだ。
魔力の制御、もっと真面目に取り組まないと。
『見事』
と、忘れかけていた真理の鏡が口を開いた。そうだ、俺、コイツのせいで人殺しかけたんだった。
『決めたぞ』
炎をくらわなかったとはいえ、突風は当たっていたはずだ。にもかかわらず傷一つない鏡は、何処にあるのかも分からない口で喋る。
『キマイラ寮だ』
……………………………………………あ?




