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1-3.最初の魔法はリトルバースト~コップを吹っ飛ばして~を添えて


 異世界にて温かい家族に迎えられ、すくすくと成長すること三年。


 この世界で困ることというのは思った以上に少なかった。


 スマホはないし、そもそもインターネットがない。テレビも雑誌もない。映画も漫画もない。しかし、この世界には異世界ならではの、前世以上に素晴らしい娯楽があった。


 というのも……。


「リトルファイア」


 今、母さんが料理をするために唱えているのを聞けば分かる通り。


 そう、なんとこの世界。


 魔法があるのだああああああああああ!


 これに気が付いた時の俺は思わず大声で叫んでしまった。といっても、赤ちゃんだったので周りの人には泣き声だと思われ、お腹が減ったんだと思われ、たらふく食わされたが。


 そう、これは前世の不幸が一瞬吹っ飛んだくらいには嬉しい事実だった。


 この世界はこの世界として、新たな人間として生きていこうと考え一歩踏み出そうとしていた俺にとって、これは最高の事実。


 そもそも、この世界が前世とあまり似ていないのは有難いことだった。事あるごとに前世がチラついて悲しくならなくてすむし、飛行機見なくて済むし。


 初めての体験ばかりで、過去を忘れて没頭できそうだ。


 ありがたや、ありがたや。


 しかしここで、またしても重大な事実が発覚。


 大人たちの話を聞くに、どうもこの魔法という力、ある程度成長しないと発現しないらしい。なんだそりゃ。通常は八歳前後で使えるようになるんだと。なんだそりゃ。幼少期は魔力が不安定だからだと。なんだそりゃ。つまりアレか。あと五年お預けってか。なんだそりゃ。今すぐ呪文唱えて炎とか水とか出したいんですけどぉお!


 ということで、見た目は子供、中身は青年(二十五歳は青年だ、オッサンじゃないぞ)の俺は好奇心と暇だなあと思う心を抑えきれず、日々読書に励むのだった。


 前世でもいじめや怪我による入院ばかりで一人本を読んで過ごすことの多かった俺にとって、魔法書を愛読書とするのは困難なことではない。むしろ、転生補正で人より早く、あるいは強い魔法使えたりしないか?という都合の良い展開を望んで勉学に励んでいる。


 不思議なことに、この世界の文字がスラスラ読める。どう見ても日本語じゃないし、英語でもない。他の言語にも見えない。けど読める。あまりにも達筆なものはちょいとむずいけど、頑張れば読める。この世界では日本語ポジションなのかな。だから前世の記憶頼りで読めてる的な。


 まあ、助かるから理屈とかどうでもいいけど。


「ご飯できたわよ~」


「はーい! すぐ行くよ」


 庭で薪を割っていた父さんが窓の外から大きな声を響かせる。実は我が父、昔は結構強かったらしい。


 確かぁ~、王都で騎士団に入っていて、まあまあの地位だったけど、とある戦いで負傷して、それをきっかけに親の土地を継いだんだとか。つまり、この土地一帯は父ガルシア家の領地だ。その時に医療系の魔法を使う修道女という役職だった母と出会い、結婚。一緒にこの地へ移ったとか。


 まあ何とも、異世界でありそうな幸せカップル爆誕物語だ。


 前世で恋愛経験なしの俺には縁遠い話。


「あら、クリス、また本を読んでいたの?」


 父さんが首に巻いたタオルで汗を拭きながら家へ入って来た時、母さんはテーブルの上に料理を並べ終えて俺に近づきそう言った。


 俺の手元には『入門書~まずはこれから! 子供のための簡単魔法書~』と表紙に書かれた本を手にしていた。


「本当に読めているのかしら?」


「案外、読めているかもしれんぞ? オレとシエラの子だからな、天才かも。それにイラストだけでも面白いだろ、魔法書っていうのは」


「それもそうね。けど、もうご飯だからしまいましょうねぇ~」


 息子の異常なまでの魔法への執着っぷりを笑顔で眺める父さん。母さんは容赦なく本を閉じ、棚へしまう。俺の手が届くように低く設置された棚だ。ありがたい。早く前世と同じくらい背が伸びるといいんだがな。


「さ、冷めないうちに食べちゃいましょ。いただきます」


「いただきます。おお、お昼はサンドイッチか。美味そうだな」


「ええ。色んなバージョンを作ってみたの。そしてクリスには柔らかいパンね。はい、あーん」


 中身が大人ゆえにあーんをされるのは中々恥ずかしいのだが、一人では椅子に座ることも難しい身。恥を捨てて食べる他あるまい。ああ、こういう時は前世の人格がないと助かる。


 あ、美味い。


 一瞬で恥じを捨てて猛スピードで食べる俺を見て、何も知らない母さんは「子供って食欲凄いのねえ」と微笑ましそうに笑っている。


 俺が食べ終わると母さんも自分の食事を始め、食事スピードの速い父さんが俺の相手をしてくれる。


「クリスも随分大きくなったなあ。もう三歳か」


「我が子の成長って、早いわねえ」


「まったくだ。ほおらクリス、パパって言ってみ~?」


 最近、両親はこういった要求が多い。正直恥ずかしいが、これでもかというほどの愛情を注いでもらっている手前、反抗期になろうとは思えない。


「ぱぁぱ、まぁま」


 父さん、母さん以外の呼び方はいつ振りだろうかと思いながら言うと、「かわいい~!」と親バカを始めるお二人さん。


 あれ、向こうのテーブルにあるコップ落ちそうになってる。


 ふと父さんの背後の棚にあるコップがぐらついていることに気が付いた。茶色の棚で、窓の前に置かれているやつだ。料理中空気が籠らないよう、風を通すべく五センチほど開けられている窓。確か、ああいうのは出窓っていうんだっけ。こう、外国とか金持ちの家とかでありそうな外に向けて、真ん中で別れている左右別々の計二枚の窓が開けられるやつ。


 うわ、ぐらぐらしてる。危ないな。


 その瞬間、二十五年間の年月という、赤子の生活三年分を上回る癖が身体に染みついているせいで俺は咄嗟にコップに向かって手を伸ばした。小さな腕と手では届かないことも忘れて。


「ん? クリス、どうかしたのか?」


「クリス? パパにだっこして欲しいの?」


 俺の意図に気が付かない二人は呑気にそんなことを言っている。


 外からの微風でぐらつきが収まらないコップは遂に落ちそうになる。室内側、ずばり父さんの方に。


「あら、あなた、後ろのコップがぐらついて」


「え?」


 ようやく二人が気が付いてコップに目をやった、その時だった。


 ボンッ!と。大きな音が一つ。ガラスが落ちて、窓ガラスにはひびが入っている。突風のようでもあったけれど、それは確かに小さな爆発だった。


 コップを見るべく偶然にも顔を後ろへ逸らしていた父さんは無傷だったが、こちらを見ていれば危ないところだった。まあ、歴戦の騎士である父さんは仮にそれが命中していたとしても反射でお皿か何かで防げただろうけれど。


 ただ、二人は驚いた顔で固まっている。


 俺を、見つめて。


「く、りす?」


 母さんがいつにない弱い声をあげた。細い声が震えている。


「クリス、お前……」


 父さんまでも震えている。急なことで驚いたのもあるだろうけれど、そうじゃない。


「ぁう……」


 そして誰よりも驚いているのは俺自身だった。


 陶器のコップが落ちる危機に思わず伸ばされていた手を見つめて固まる。


 ──俺、今、魔法を……けど、詠唱していないんだが……。


 何かやばいことをやってしまった気がして、恐る恐る両親を見つめる。


「クリス、お前…………」


 遂に父さんが言葉の続きを発する。


 怒られる。反射的にそう思った。だって、危うく怪我させるところだったんだ。思わず身構えて、目をぎゅっと閉じた、次の瞬間。


「魔法が使えるようになったのか!!!!」


「あなた、これ、すごいわよ! だってまだ三歳よ! 偶然だとしてもすごいわよ! 今夜はお祝いだわ! クリス、すごいわ! 怪我はない? 大丈夫?」


 見たことないくらいに大はしゃぎして騒ぎ出す二人。


「あ、あぅ」


 マジ? 怒られないの? 窓、ひび入ったけど? コップ、結局俺の爆風で飛んで割れたけど?


「最高よ、クリス!」


「さすがクリスだ! シエラの魔法の強さを継いだんだなあ」


「いいえ、あなたのたくましさを継いだのよ!」


 辺りの破片を大急ぎで片付けながら言う父さんと、俺の身体をまさぐって怪我のないことを確かめながら言う母さん。


「ごめ、ん、なしゃ、ぃ」


 母さんが床に下ろしてくれたのを気に父さんへ近寄ってたどたどしくそう言うと、父さんは「大丈夫だ! パパは強いからな!」と言って笑ってくれた。


「謝れるなんてえらいわ、クリス! あなたも怪我はない?」


「ああ。幸い、ガラスが飛んでこなかったからな。けど窓は修理しよう。ずっと風が入るからな」


 その後、二人は俺が使った魔法が何であるかを話し始めた。


 炎でも水でも、雷でも土でもない。とはいえ爆発だったから、炎属性の何か。結局炎爆発(リトルバースト)という小さな爆発の魔法だと判明した。確か、本で読んだ俺の感想では、理科の実験でやる水素がポンッていう爆発をちょっとだけ強くしたみたいなやつ、だ。


 魔法が使える人ならば誰だってできるけれど、何と言っても三歳だ。まずもって魔法が開花しない歳。


「あうあうあう」


 高等な会話が難しい俺はとりあえずその言葉と万歳で喜びを表した。


 炎属性の魔法、炎爆発(リトルバースト)。俺の初めての魔法。しかも無詠唱で。


 ──これは、お気に入りの魔法になっちゃうこと間違いなしだな!


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