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2-6.魔物の話


 フェンリル寮での一日というのはさして大きなイベントがあるわけではなかった。恐らく、入学式がまだだからであろう。ここにいる一年生というのは、フェンリル寮に入るかどうかわからない。仲よくなったのに敵対派閥になったとか、この一週間で気まずくなったのに一緒の寮になったとか。そういった面倒ごとを回避するためだろう。


「シャルル~」


 俺は情けない声で、ベッドから相部屋の者の名を呼んだ。入学前に何かあるといけないという理由から、この学院の敷地から出ることは禁じられている。気になって先輩に聞いてみたところ、強力な魔法を使う者、それも学院に通うのは大抵が騎士だとか貴族だとかの家系だから金持ち。そうなると、街で事件に巻き込まれることがあるのだそうだ。誘拐すれば金になるとたくらむ悪党はこの世界にもいるらしい。それが、まだ入学式も迎えていない、独学ばかりで授業で魔法を習っていない未熟者で、王都に慣れていない子供となれば攫いやすい。絶好のカモなんだと。


 そう言われれば無理にルールを破ってまで冒険しようとも思えず、ジャンさんに迷惑かけないようにとこの一週間を過ごすことを決めた。とはいえ、見る物全てが新鮮だし、夕食の時には先輩たちが面白い魔法を披露してくれたりもした。


 何より同室のシャルルは初対面こそ人見知りが過ぎるが、決して悪いヤツではないし、何なら丁寧すぎて、謙虚過ぎて人見知りになっているくらいいいヤツだ。そして知識が豊富で話が面白い。貴族というだけあってあらゆる分野を知っている。俺より年上という点も好きだった。故郷では、こんな風に話せる兄のような男子はいなかったから。


「なんだい、クリス君」


 悔しいながらも主にヴァルのおかげで心を開いたシャルルは嫌そうな顔一つせず、俺の話に付き合ってくれる。外は雨、窓ガラスの向こうでは地面で水しぶきがあがっている。カエルは喜びそうだ。


「シャルルは、魔物に興味があるんだよね。きっかけとか、あるの?」


 この三日ほどで、膨大な知識を有していることは知っていたし、そのほとんどは魔物関連だった。魔法について調べる者は多そうだが、人が恐れる魔物とは。


 つーか、ヴァルって悪魔だから魔物とはまた違うんだよね、独立した種族っていうか、多分。


「うんと、えっとね」


 言葉に悩みながら、シャルルが困った顔をする。


「ごめん、嫌だったら言わないでいいよ。出会ってまだ三日だし、プライベートはハズイよね」


 茶化すように誤魔化したが、相手はそうじゃないよと言って語り出した。


「ありがとう、でも、違くって。なんて言えばいいのか分からないだけなんだ」


「魔物、見たことあるの?」


 上手く回らない口を回してあげようと、一つ、質問をした。こういうのは語り口を示してあげるとよいのだ。


「うん、昔、小さいときにね、えっと、六歳の時。恥ずかしい話、その時ね、屋敷で父さんの誕生日を祝うパーティがあって、色んな貴族たちが来てて、でも、人混みが嫌で、息子だからって話しかけられて父さんに取り入ろうとする人も嫌で、逃げ出しちゃったんだ」


 貴族が開く、誕生日パーティ。それも当主のものとなれば、それなりに大きな会だろう。そこでぽつんと、利益を求める嘘八百の大人たちに囲まれれば、例え人見知りでなくたって、逃げ出してしまうだろう。少なくとも、俺にはそういった煌びやか故に影もまた濃い世界は、想像もできないほど遠いものだ。


「それで、泣きながら、庭に逃げたんだ。すごく走った。運動は苦手だから息が上がって仕方なかったのを覚えてるよ。泣いているのもあって、鼻呼吸ができなくって、ほんと、息が苦しくて」


 えへへ、と照れたように笑うシャルルだが、俺はどう返せばいいのか分からない。きっとシャルルにとっては、魔物に関連する思い出だとしても、悲しい記憶の一つでもあるんだろうから。


「それで、途中で躓いちゃって。小さなスーツは泥だらけだし、顔は鼻水まみれで。滅茶苦茶に走ったから、屋敷からすごく離れてて。庭の隅っこで、膝を抱えて泣いたんだ。自分の叫び声じゃ、会場には到底届かないし、誕生日の両親に迷惑かけたくなくって。おかしな話だよね。パーティから飛び出しちゃった時点で、迷惑かけてるのにね、はは」


 シャルルの顔は、次第に恍惚となっていった。それが何を意味しているのかは、分かった。


「そこで、魔物に出会ったんだ。すごく傲慢で、思っていたより小さな魔物だったよ。今思えば、怪我をしていたから魔力を治療に充てるために、身体を小さく変化させてたんだね」


 赤い魔物だったよ、と。シャルルの瞳には部屋ではなくて、きっとその、赤くて小さな魔物が映っている。


「魔物ってずっと、怖いものだと思っていたんだ。でもその子は可愛かったし、綺麗だった。炎が得意なんだろうね。身体の周りが赤く光ってて。宵闇に浮かぶ、小さな太陽だったんだ。傲慢で、我がままで、上から目線な態度の太陽。ふふ、変だよね。でもね、その子ね、僕が泣いているのを見て、笑ったんだ。笑って、こっそり泣いていたらオレを見つけた奴なんて初めてだって、言ったんだ」


 なんか、ヴァルみたいな俺様だな。という感想は黙っておいた。


「その涙に感謝しろ、おかげでオレに会えたのだからなって」


 それは、臆病だった小さな少年には、輝いて見えたのだろう。

 堂々と、他の者とは違う姿を当たり前として人前に披露する強さ。

 圧倒的力と、圧倒的覇気を纏ったその太陽は、まさに、六歳の男子が求める漢の像だった。


「びっくりして、でも、逃げようとは思えなくて。ただ、驚きで涙が止まってさ」


 シャルルとの付き合いは僅かな日数だが、それでもきっと、彼がこんな風に笑うことは少ないだろう。それくらい、宝石箱みたいな思い出なんだ。


「そこからずっと、一緒にしゃべってたんだ。今、何のパーティをしているのか、人間とはこうも騒がしいのかって聞かれたよ。いろいろ、聞かれたんだ。でも、すぐに執事の人が探しに来ちゃって。お父様がお待ちですよって。執事さんには、見えてないみたいだった。その瞬間だけ、魔力で防壁を張ったんだろうね。けど僕が振り返ったらやっぱりそこに浮かんでて、僕、執事さんに聞こえないように、名前を聞いたんだ。そしたら、答えてくれた」


 防壁を張れば見えないのかと、バリアみたいな原理かと思ったが、聞くのはまた今度にしておく。


 シャルルは秘密を話すみたいに語る。小さな声で、囁き声で、けれどはっきりと。

 その様子は、普段のおどおどしている人と同じとは思えない、むしろ十歳よりも大人びて見えた。


「オレの名前はルーカス、炎を好む、最強の戦士だ。また会いたければ強くなれ」


 って。


 言葉を切ったシャルル。話が一区切りついたことを空気で察し、俺は口を開いた。


「ルーカス、か。じゃあ、その魔物を探すために、学院に?」


「うん。強くなれば、また会える。使い魔ができれば、何か情報を知れるかも。それに、強くなるってことは、仲間を作るって意味でもあるだろうから。今度は、いっぱい友達連れて、ルーカスとパーティをしたいんだ。その時は、嬉しすぎて泣かないようにするよ」


 夢を語るシャルルだが、それはきっと夢ではなく目標で、叶えるために人見知りながらも、父の言うようにこの学院へ入ったのだろう。その勇気の、何たることか。


「かっこいいね」


 思わず、ポツリと言葉が出た。本音だった。もし、シャルルのような強さがあれば、俺は前世で何ができただろうとも思った。シャルルの臆病ながらも後ろを向かない強さが、羨ましく感じられたのかもしれない。逆に、その強さを得られれば、現世で俺は何ができるだろう。


「そんなこと、ないよ。でも、もしルーカスについて知れたら、教えて欲しいな」


「うん。もちろんだよ。応援してるし、強力するよ、シャルル!」


 そんな風に、己の弱さについて考えながら、シャルルと共に語っていたから、背後でベッドにてだらけているヴァルが、ぴくりと動いたことに気が付かなかった。


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