2-4.熱きフェンリル寮と初めての友
全体的に赤を特徴とした寮内は、まさにリーダー気質な王道連中がいる寮だった。みんな、剣士で勇者かな? 使う魔法は炎タイプかな? 姫様守っちゃう系男子かな?
とにかく、生前陰キャとしていじめられて生きた俺とは大違いなタイプの集まりに思えてならない。何というか、そう、大学のサークル楽しんじゃう系だ。
「おう、お前がクリストファー・ガルシアだな。あのジャンさんが推薦したっていう」
どうやら俺は噂になっているようで、というよりも『ジャンさんが』という点が重要であるらしく、寮の話し合いの場にて出会った者たちはみんなそう口にした。先輩相手に「そうなんだよすごいだろ?」なんて言うことはできず、言うつもりもなく、俺は静かにへりくだった。
「そんな、俺なんか全然ですよ。偶然ジャンさんと出会えただけでして」
しかし、それが悪かったのだろう。先輩たちはその態度に違和感を覚えたようで、これはすごいヤツがきた、と少々騒ぎ始めた。
──あ、俺、今八歳だった。こんなへりくだるのは不自然だな。
自分が年齢を失念していたことに気が付いた時には時すでに遅し、先輩たちはこれは年齢にそぐ合わない礼儀を備えた大物だと言い始め、俺はあたふたと前言撤回もできずにおろおろしてしまう。出だしからやらかしたなあ、と。
「なんだ、騒がしいな」
と、そこに大柄な男が一人廊下の方からやって来る。長い赤髪をぼさぼさに伸ばしている。寝起き、だろうか。腕では包帯がぐるぐる巻きとなっている。ついでにけが人か? しかし、男の発言で先輩たちは静まり、お辞儀をした。まるでヤ○ザの舎弟のようである。
「え、ええっと」
ここは俺も頭を下げるべきか、それともこれはフェンリル寮に属する者たちの挨拶なのか。となると属していない、話したこともない、そんな小僧に頭を下げられても困るか?
「ん、お前、見ない顔だな。入学式までここにいる新入生か?」
「あ、はい。クリストファー・ガルシアと申します。差し支えなければお名前をお聞きしてもいいですか?」
やべ、また会社員時代の癖が。丁寧すぎるのも傷だなあ。子供らしさって何だっけ。小さい子ってずけずけ行くのが得意だから、それによって相手がどう思うかを機敏に感じ取る大人の心を持つ俺には真似できないなあ。
「はっはっは、こりゃまた、年齢不相応な奴だ。いいぞ、今年の一年は愉快だ。後ろの二人が使い魔だな? 人型とは、随分と強い魔物のようだ。それで、オレ様の名前だったな。オレ様はこのフェンリル寮の現寮長イグアル・ラグス、三年だ。よろしく頼むぞ、クリス」
ああ、なるほど、寮長さんねえ。そりゃあみんな頭下げるわ。なんか、無理やりやらされてる感もないし、みんなが尊敬して勝手に頭下げてる感じなのかな。フェンリル寮は友情に熱い連中の集まりらしいし、そういったコミュニティの形なのかも。
にしても、まあ、これぞ豪快な炎の勇者、って感じの男だな。背丈は高く体格は筋肉質、髪は赤く目は金色、ところどころにある傷は栄光の証、ってか。本当に、誰もが憧れる勇者みたいな恰好だ。というか今日の俺、やけに雄弁だな。そして思考が繰り返されている。緊張している証拠、か。
後ろでヴァルが威厳を示したくてうずうずしているのを小突いて押さえさせ、印象のいい相手の挨拶に返事をする。
「少しの間ですが、よろしくお願いします、イグアル寮長」
イグアル先輩、と悩んだが、彼らがここまで慕うリーダーだ。特別な寮長という立場を強調して呼んだ方がいいだろう。それに、寮長って響き格好いいし。何度でも呼びたい、イグアル寮長。
「ああ。入学式までは約一週間。おお、そうだ、同室の奴がもう来ているぞ。ちょうど今すれ違ったんだ。部屋へ向かっているようだから、行くといい。荷物もそこに届けてあるぞ。オレ様は、朝飯とする」
もう十分太陽は高いですよ、と言いたい気持ちをこらえて、お辞儀をすると廊下の方へと向かう。確か、俺の部屋は一番奥だったはずだ。はやる足で向かいながら、同室の人、どんな子だろうか、同室というからには男子ではあるんだろうけれど年上だろうか、なんて、多くの疑問が脳裏を浮かんでは消えていく。
俺は小中高、そして大学に社会人となってからもずっと実家暮らしだ。寮生活というのは想像がつかないものである。よく、スポーツ強豪校なんかが寮生活っていうのはテレビで見たが、これもある意味、魔法強豪校の寮生活、似たようなものだろうか。魔法に朝練っていうのはあるのかな。チームワークがどう、とか。
「って、ここか」
思わず通り過ぎそうになって、足に急ブレーキをかけて九十度回転する。124と書かれたプレートがかけられた一室。部屋の扉は半開きで、中から男子の独り言が聞こえてくる。おそらくは同室の者だろう。
「ヴァル、グレイ、くれぐれも失礼のないように、怖がらせないようにね」
強力過ぎる使い魔二名に再度釘を刺し、そうっとドアノブに手をかける。開くとともに、挨拶を一つ。
「こんにちは」
イグアル寮長はおはようの時間だが、俺たちにとっては昼である。
「わ、わわ、ひと、人!!」
あれ、なんだが幸先不穏な反応だな。
目の前に一名、小柄な男子がいるのを発見。俺の両目曰く、淡い茶色くせっ毛で短髪、目の色は緑、色は白く腕は細く、顔には無数のそばかすが。そばかすって小顔効果あるんだっけ。それで、随分と小顔に見えるわけだ。いやまあ、全体的に小さくはあるけど。って、それは今相手が縮こまっているからであって……。
「え、あれ、俺、部屋間違えてないですよね?」
あまりに相手が怯えた顔で隠れるように小さくなるものだから、てっきり違う部屋へ入ってしまったのかと思う。
「いえ、あの、その、こっ、ここ、こここ」
おおっとこれはコケコッコと言いそうだ。やはりイグアル寮長の行動通り、おはようの時間だったかもしれんぞ。と、冗談はさておいて。
「俺、クリストファー・ガルシアといいます。今日から入学式の日まではこの寮に泊まるんですけれど、この部屋で合っていますか? 俺、同室の人の名前を知らされていなくて」
イェスオアノーで答えられるよう、丁寧な説明を施してみると相手はこくこくと高速で頷いた。なるほど、口は回らないが機敏な動きを見せるようだ。まるであれだな、ウサギだな。あれ、ウサギって一人だと孤独感じて死ぬんだっけ。じゃあ違うか。この人、人見知りっぽいし一人が好きそうだ。
「ありがとうございます。あの、お名前を聞いても?」
こくこく。いや、こくこくでは名前は分からない。
「しゃ、しゃっしゃしゃしゃしゃしゃ、るるるるる」
ごめんなさい、ちょっとよくわからないですね、はい。とりあえず、落ち着いてもらえるように「急に来たから驚かせたみたいですね、すみません。ゆっくりで大丈夫ですので」と補足する。
相手は嬉しそうな顔をして、少し申し訳なさそうな顔もする。器用だなおい。
とりあえず未だ相手は話せそうにないし、人見知りならば、ヴァルとグレイを先に紹介した方がいいだろう。俺の後ろに、やや廊下に出て立っている二人のことをこの目の前の少年は不審そうに見ているし、何よりもヴァルが余計なことを言う前に。
「俺の後ろにいる二人は、使い魔でして、えっと、こっちがヴァル、こっちがグレイです」
「使い魔……!!」
おやおやそんな輝かしい瞳をしちゃってあらまあ。もしかして、こういうの好きなのかな? ここは一つ、仲良くするためにも、落ち着かせるためにも、詳しく話してみよう。
「ヴァルはファイアードラゴンの、グレイはグレイシャードラゴンなんです。ここは狭いから、人型なんですけども」
「うむ。我はヴァルであるぞ。しばしの間、よろしく頼むぞ、人間よ」
「グレイです。主に危害を加えない限りは手出ししませんので、ご安心を」
「ちょっと二人とも失礼だよ。ヴァルは人間呼びしないの。グレイも、俺は大丈夫だから絶対手出ししないでよ!」
駄目だ、ヴァルだけでなくグレイもまともではないのかもしれない。もし先輩たちにこんな態度をとってしまったらどれほど怒られることか。
「そういうが、名乗らぬではないか」
不満そうに言い返すヴァルを睨みつけ、少年へと振り向いてうちのがごめんねと言おうとした瞬間。
「もしかして、名乗ったら、呼んでくれたり、しますか?」
か細い声ではあったが、はっきりとした言葉でもあった。何だか少年の表情も目の色も、ワクワクした雰囲気に満ち満ちている様子。
「うむ。今ならば特別に呼んでやろうではないか」
なんだそのテレビショッピングみたいな文句。今ならお買い得!ってか。
しかし、少年にはそのセリフは効果抜群だったらしい。急に背筋を伸ばして立ち上がった彼は、目をキラキラとさせて名乗った。先ほどとは見違える姿だ。そして驚いたことに俺よりずっと背が高い。
「僕は、シャルル・ミラーといいます! 十歳です! 得意な魔法は水魔法で、魔物についての研究をしたくてこの学院へきたんです!」
落ち着かせようと頑張っていた、さっきまでの俺の苦労は何だった。




