2-3.イージス王立騎士学院
一緒にここまで来てくれていた騎士は軍へ報告へ向かうと言って別れてしまった。残された俺とジャンさんは二人、降り立った都市の前方に聳えるイージス王立騎士学院へと直行する。まあ、ヴァルとグレイはいるが。
王都ノクタリアの街並みは、イタリアか、あるいはフランスか。そういったヨーロッパの古き良き石造りの街並みを連想させる美しいものだった。花の都、という言葉が似あうかもしれない。赤、青、茶、淡水、白の五色の薔薇が咲き誇っているのだ。現実にそんなに種類があったかは覚えていないが、もしかすると魔法で色を付けたのかもしれない。土系の魔法なら可能そうだ。
「綺麗だろう?」
隣を歩くジャンさんが言った。軍服の彼は先ほどから、道行く人に手を振られたりお辞儀をされたりとしている。顔が知れているのだろう。さすが、騎士団の副団長といったところか。
「はい、すごく、綺麗です」
「だろ? あれは、魔法を表しているんだ。赤は炎を、青は水を、茶は土を、淡水は空を、白は光を、ってな。よく考えられているだろう?」
「だから、黒は、ないんですね」
「ああ」
道中、気になるお店を幾つも見つけた。故郷にはあまり店という店はなく、知り合いがやっている八百屋のような感じだったから、時間ができたらショッピングをしようと心に決めた。魔法関連の道具だとか、いかにも異世界風のドレスや変わった服だとか、本だとか、本当に目が回るくらい気になる店ばかりだ。
そうして、ついに辿り着く。
「うわあ」
白煉瓦で囲まれた、広大な屋敷。入口は金属製の重たい門で、魔法が掛けられているのか魔法陣が刻まれている。
「許可証を」
門の傍にいる警備員がそう言ったから、ジャンさんは騎士の証だという持ち物を、そして俺が学生証を見せた。すると警備員さんはうむと頷いて俺たちに返すと、何やら呪文を唱えた。途端、門がぎい、と音を立てて開く。あの魔法陣は、もしかすると侵入を防ぐ結界のようなものなのかもしれない。
長い道を歩いていくと、ようやく正面の屋敷の入り口へと辿り着いた。遠く四方に見えるのは、学生寮だろう。屋敷は貴族の家を改造したみたいな豪華さだった。
何やら俺自身がこの場にそぐわないような、庶民故にこういった場所に感じてしまう居心地の悪さを覚えながら、ジャンさんのやや後ろをついていく。
「ここが、学院長アルドラ・マリアンの執務室だ」
にやり、と俺を試すように、扉の前で横へ退いたジャンさん。自分でいけ、ということだろうか。ヴァルとグレイは部屋の前で待たせるとしよう。グレイはともかく、ヴァルは失礼しかしなさそうだし。
ううむ、この世界でのマナーがどういったものなのかは知らないけれど、さすがにノックは必須だろう。とりあえず、三回ノックして、名乗ってみる。二回ノックはトイレの時だから、間違えないようにと就活の時覚えた記憶があるぞ。
こんこんこん、クリストファー・ガルシアと申します。
「どうぞ」
心臓が飛び出るような感覚を覚えて待っていると、部屋の中からやや年を取った女性の落ち着いた声が聞こえて来た。すう、と息を吐き、ジャンさんを見て頷いてみせると、そっとドアノブを手に取った。なるべく音を立てないよう、静かに、落ち着いて、失礼のないように入室する。まるで面接みたいだ。後ろ手で扉を閉めることのないようにもする。
深呼吸をしながら声の主の前で立ち止まる。女性だ。学院長アルドラ・マリアンは、名前から連想される通り、女性だった。五十代前半だろうか。短い金髪をふんわり天然パーマで靡かせた、青い目の優しそうな、それでいて厳しさも持ち合わせていそうな女性だ。背丈はそう高くなさそうだが、この人には絶対に勝てないという圧倒的強者感が肌にひしひしと伝わってくる。
「よく来たわね、クリストファー・ガルシア。長旅、お疲れだったでしょう。ジャン殿もここまでの護衛、ありがとうございました」
「いえ、非常に楽しかったですよ」
二人は知り合いなのか、形式こそ守っているものの、穏やかな顔で笑いあって会話をしている。
「それで、クリストファー、いえ、クリス君と呼びましょうか。ジャン殿が珍しく推薦するというから何かと思いましたが、こうして目にして分かりました。貴方は確かに膨大な魔力量を有していますね。それも、八歳とは思えないほどに。通常、その年齢ならば魔法がようやく使えるようになるくらいなのですが……伝説級魔法、でしたね。生徒が混乱せぬようこれは現在、あたしと一部の王国の内政に携わる人間くらいしか知らないことです。ですが、貴方が必要だと感じれば、別に言いふらして下さって構いません。力の誇示もまた、一つの手段ですからね。さて、本題へ入りましょうか」
執務机に置かれた無数のファイルから一つを手に取ったアルドラ・マリアン学院長は、その中の一ページを開き、読み上げた。
「この学院には、四つの寮があります。そしてそれは、所属先というものでもあります。果たして、貴方がどこに所属するのか、それは運命のみが知りえることです。ほら、これをご覧なさい」
事前にある程度のことは学院の内容についての説明を読んで知っていたが、学院長が見せてくれたページにはもっと詳しい情報が載っていた。
一つ、狼の紋章を掲げる『フェンリル寮』。戦いを好む、友情に熱い者たちの集まりだそうだ。現寮長は三年生のイグアル・ラグスという男子らしい。
二つ、蛇の紋章を掲げる『ウロボロス寮』。研究を好む、黙々と打ち込む者たちの集まりだそうだ。現寮長は五年ファラビア・シェリルという女子らしい。
三つ、鳥の紋章を掲げる『セイレーン寮』。秩序を好み、正義により統べることを望む者たちの集まりだそうだ。現寮長は二年エレノア・リリアンという女子らしい。
四つ、無数の頭を持つ謎の生物の紋章を掲げる『キマイラ寮』。自由を好み、個を極める者たちの集まりだそうだ。現寮長は六年イヴァン・ガイアという男子らしい。
ぱっと見ではフェンリル寮が一番王道主人公タイプ、ウロボロス寮はいわゆるちょっとヤバい研究集団で、セイレーン寮はお綺麗なお嬢様タイプ、キマイラ寮はヤバい連中大発生の寮だな。
「どこに決まるかは、入学の日に分かるわ。ただ、このページに乗っている各寮長の名前は憶えておきなさい。入学前の生徒の部屋は、各寮の空き部屋に割り当てられているの。貴方はフェンリル寮二階ね。同室の生徒が一名いるわ。初めての友達として、仲良くしなさい。さあ、あたしからの話は以上です。質問はあるかしら?」
いいおばあちゃんの声で言われるとなんだか田舎の祖父母を思い出すものだが、学院長相手に無礼はあってはならない。俺は極めて平静と秩序を保った声で、明るく子供らしく、「大丈夫です。ありがとうございます」と言った。学院長は微笑み、それじゃあ寮へ行って、休みなさいと言ってくれた。この後も仕事が山積みなのだろう。机上の資料が溢れている。俺は邪魔にならぬよう、言われたとおりに退室した。敷居を踏まぬように、お辞儀と礼を忘れぬように。
ヴァルとグレイを伴って屋敷、もとい本館を出ると、フェンリル寮を目指す。
「それじゃ、寮の前までついていったら、オレも騎士団へ戻るとする」
「はい。道中の護衛、本当にありがとうございました。屋敷でのことも、荷物の手配も、全部全部、すごく助かりました!」
「良いってもんよ。それより、ダチ作って仲良くしろよ? 期待はしているが、まだ子供なんだ。普通の学校生活を楽しむんだぞ。とはいえ、支援者だからな、たまに手紙で報告を頼むぞ?」
「はい!」
フェンリル寮の前、俺はついにジャンさんと別れ一人となった。彼の後ろ姿が見えなくなるまで深々とお辞儀を続け、遠く、地平線へと彼が消えていくのを見届けて俺は背後のフェンリル寮入り口へと向き直った。
一番王道そうな寮がひとまずの宿で良かったと安心しつつ、超体育会系しかいなかったら気まずいなとも思う。とはいえ、突っ込む以外の道もなく。
「よし」
気合いを入れると、一歩、寮へと踏み出したのであった。
学院は主に三年制です。
とはいえ、入学があまりに幼いためもう少し居たいとか、研究のために残りたいとか、留年、そういった理由があれば四年、五年、と級をあげて残れます。○年生というのは何年間いたかであって、授業は一年用、二年用、三年用の三つしかないです。とはいえ魔王目指しているので必須科目以外は自由で、それぞれ己にあったものを受講するタイプです。
・位置関係
狼 獣
本館
蛇 鳥
*分かりやすよう、こういった際はキマイラは獣、または複合獣と書きます。




