2-2.初めまして、王都ノクタリア
ジャンさんの屋敷にて俺に与えられた部屋というのはとても綺麗で広く、正直言って使うのが申し訳ないほどだった。美しいシャンデリア、三人は余裕で眠れるベッド、レースの装飾が美しいカーテン、高そうな木材で作られた机、ガラス細工の細やかな机上のライト。どれ一つとっても、常人の年収を超えるであろうことが目に見えて分かる。俺のようなただ生まれ変わっただけの平凡な人間には、前世でよく出張先にて宿泊していた格安のホテルがちょうどいいのだが……。
「どうみても、これはお偉いお客さん用だよなあ」
ここまでしてもらえたのだ、学院ではなるべく目立ちたくないけど、それでもこれに見合うくらいの恩は返さなくては。
「あ、あれが鞄か」
机の上に置かれた茶色の鞄。それから、傍に一通の手紙。白い高級そうな封を開けると、手紙には学院のものと思われるハンコと共に、簡単な文章が。何やら小難しい言葉遣いがされているが、手紙曰く、『学院は優秀な生徒を歓迎する。道中の安全と、早く出会えることを願っている。一緒に渡した物を身に着け、注意事項をよく読んだうえで来てくれ』とのことだ。
俺は手紙を封筒に戻して丁寧に置くと、次に鞄に目をやった。茶色の鞄だ。お嬢様学校なんかで使われていそうな、よくある学生用の鞄。だが、手触りは最高だし、雨水にも強そうだ。そして何よりも。
「これは……ただの金具じゃあ、ないよな」
鞄を閉ざしている、鍵の部分。なんて言う名前なのか分からないけれど、ほら、あれだ、でっぱり部分を押すと、飛び出ていた部分が引っ込んで開いてくれるやつ、繰り返そう、名前は知らん。てかああいうのにいちいち名前とかあるのかな。ともかく、それに似ているんだけれど、でもちょっと違う。でっぱっている部分がないんだ。押すべき場所がないとも言える。飛び出ている丸い形を押してもぴくりとも動かないし、あれ、この丸い部分、変な絵柄してるな。魔法陣、みたいな。
「魔力を、流すとか?」
魔法を学べる学院なのだし、そういうこともあるだろう。幸いというか、不運というか、ヴァルの身勝手さのせいでそういったことを猛吹雪の中で学んだばかりだ。指先を乗せて、そっと魔力の流れをイメージしてみる。
俺と同じく魔力の行使を得意とする魔物のグレイだが、背後で静かにたたずむだけで、俺の行動に何も言わない様子。聞いても、教えてくれそうにないな。これは主に与えられた試練ですから教えられません、とか言われそう。
そう思っているうちに、かちゃり、と音がした。
「ええっと」
驚きつつも、まずは鞄の中に入っていた一通の紙を眺める。『特殊な鞄のため、良質な魔力でなければ開きません。これ以降は、持ち主、そして持ち主の魔力を受けている使い魔のみがこれを開けられます。しかし、他者に開けさせたい場合は、魔力を少量付与してあげれば結構です。ただし、これは特殊な魔法陣によって魔法が付与されている状態のため、無理やりに破壊される可能性は皆無ではありません。厳重な保管を推奨します。』とのこと。なるほど。その魔法とやらが何かは気になるが、今は放っておこう。
他にも、緑色の学生証が入っていた。前世と変わらないもので、名前、学年(一年生)、性別、使い魔の名が載っている、交通機関のカードみたいなものだ。それから、もう一冊、学院についてが事細かく載った冊子が一つ。
「なになに? 学生証の色は定期的に行われる序列試験の結果によって変化します、か。へえ、緑スタートで、黄色、青、紫、赤、白、最終的には黒か。目指すのが魔王だから黒なのかな、イメージ的に。ジャンさんへの恩もあるし、赤くらいを目指すかな。他にはぁ~」
次の瞬間、俺はとんでもない文字を見つけた。というのも、だ。前世の世界では誰だって、空中に文字が出ないかな、と思っていたことだろう。空中に、ゲームやアニメの世界のように、ウィンドウが開かないかな、と憧れていたことだろう。そう、俺もその一人だ。そして今、それが叶うと知ってしまったのだ。
「神秘の詠唱という魔法を唱えれば、情報が空中に浮かんで見えます、しかも一度見た内容であれば望めばそこがピンポイントで開くだとおおお!?」
「どうされた、主よ!!」
俺の叫び声っつーか奇声に驚いて肩を揺らしたグレイ。なんでもないよ、と声をかけながら、ヴァルがここにいなくてよかったと思う。絶対笑われていたから。ちなみにヴァルは屋敷を散歩だとか言ってうろついている。ジャンさんが許可しているので、迷惑ではないと願いたい。
一応、この学院案内本のようなしっかりとした中身などがないと閲覧できないらしいが、それだけでも十分だ。本はスクロールでも読めるってことだし、書類だって手紙だってそういう読み方ができるってことだ。テンション上がるぜ⤴⤴
早速、案内本目掛けて唱えてみる。無詠唱でもいいけど、急いでいるわけでもないし、やっぱ唱える楽しみというのは永遠だ。
「アルカナ・アリア!!」
すると、なんてことだ!! ああ、神よ!!
と、おふざけはほどほどに、けれど興奮したのは事実だ。視界の正面に本があるため、視界の右側に水色の透明なウィンドウが開いた。やや横よりも縦が長いそれには、本の内容がばっちり、黒い文字で書かれている。
寮生活のルールだとか、服装のルールだとか、受けるべき必修科目と選択科目、カリキュラムの日程、学院の地図、学院の歴史、などなど多くの内容が載っている。異世界の学院、異世界の大都市ということに舞いあがる俺はそのままかれこれ一時間半ほど、隅から隅まで案内本を読みまくった。その後、先ほどの文面を思い出し、地図のページ開け!と思いながら無詠唱をしてみるとほんとにその部分がウィンドウに開いてあらまあびっくり!! いや、まじ画期的すぎるわ。
その後、一緒に鞄に入っていた数冊の魔法の初歩の本やら学生証やらに無詠唱をしてみると、本当に内容が開く開く!! 驚きすぎてもう心臓持たないよおにーさん!!
「内容の定まっているものじゃないとだめだって、書いてあったよなあ」
目の前に置かれた、騎士の人が道中の安全のためと念には念をでくれた回復薬、いわゆるポーションと呼ばれるものに目がいった。特に本のように内容があるわけではない、品質も値段も製造方法すらもまちまちであろう製品だ。
「ううむ」
出来心で、アルカナ・アリアを無詠唱行使してみる。ま、出るわけないんだけども。
「ん、あれ?」
しかし、ウィンドウは現れた。『グリーンポーション @1,500 ルーグリナ連邦国にて製造されたもの。飲めば病気が回復し、浴びれば怪我が回復する。しかし、比較的安価なもののため重病、及び重症は完全回復には至らない。』と書かれている。
無言で、目をこすってみる。ごしごし、ごしごし、ごし。うん、目元が赤くなっただけだ。見えているものは変わらない。
ん、となると、だ。
俺は今、見えないはずのものが見えているのか?
「はあああああああああああああああああああああああああああッ!!」
ジャンさんの屋敷であるということも忘れて叫びを、グレイがまたしても、いやさっき以上にびくりとして俺をなだめようとしてくれる。そこに扉を開けて散策から戻って来たヴァルが合流する。
「なんだクリス、愉快だな」
「聞いてくれよヴァル! なんか魔法が、見えないはずのものが!」
「落ち着け、クリス。おいグレイ、こやつは酒でも飲んだのか?」
「いや、ただアルカナ・アリアを使った様子」
「あー、なるほど……ふふん、さてはクリスよ、中身の定まらないものまで見えたな?」
バッと、世界一の速度でうなだれている身体を起こし、見開いた瞳をヴァルに向ける。
「お前、なんか知ってんのか?」
「魔力が大きすぎて、魔法の行使が上手くなると本来の性能より強力になるのだ。クリスは伝説級魔法も使ったし、それくらい出来ても疑問はないな」
「それをもっと早く言ってくれよ!!」
ああ、よかった、とりあえずバグみたいなもんでも俺の頭がおかしくなったわけでもないようで安心だ。そうなると、他のものもやってみたいな……。
***
夜は豪勢な食事でジャンさんからの歓迎を受け、昼間の興奮のせいで疲れ切った体を大浴場で癒すと俺はぐっすりと眠ってしまった。
そうして迎えた翌日。
騎士一名、ジャンさん、俺の三人でそれぞれ飛竜、グレイに乗り飛行を開始する。
近づく王都ノクタリア。春の香りと共に、花の咲き誇る光景が現れる。
精神年齢が高かろうと、こういったイベントには胸が高鳴りを覚えてしまう。同時に、いじめられっ子をかばって一人孤独にいじめのターゲットになってしまった、苦しい学生時代が蘇りもする。しかし、今の俺は強い。学院に誰がいようと、伝説級魔法を行使したことのある人間はいないはずだ。それはジャンさんも言っていた。
──問題ない。今の俺は、何があろうと信じた正義を貫けるほどの強さがあるんだ。
「王都ノクタリアだ」
そばを飛行するジャンさんがそう言った。
視線の先には、多くの建物とお店、人と犬猫の暮らす、広大で煌びやかな王都があった。




