2-1.ジャンさんの屋敷
一つの章を書くのは時間かかるし時期によっては忙しいので、五話書けたら投稿の繰り返しということにしますm(_ _)m
青き竜グレイシャー・ドラゴンことグレイに乗って飛行すること五時間。途中の森にグレイを止めて近くの村で昼食を取ったりと休憩はしたものの、ほぼ王都の手前まで来ていた。
竜の飛行速度とはすごいもので、三体の飛竜がグレイの左右と前を進んで保護と案内を務めてくれているのだが、難なく進める。他の魔物より強いこともあり、森などに踏み込んでも喧嘩を売ってくる敵はいない。
「うえーい」
空が怖くなくなった俺は、呑気に空からそう叫んでみる。グレイがあまりにも大きいため、落ちる心配もない。もはやこれはベッド。角から手を離したって問題ない。俺大好きなドラゴンとなったグレイは、ヴァルとは違い俺を危険から守る動きを自然としてみせる。俺が落下するような速度では飛ばないというわけだ。
ヴァルとは大違いだなあ。可愛いペットみたいだ。ちょっと大きすぎて、ちょおっと動くだけで周囲を吹っ飛ばしかける吹雪を持っているけれど。
「あれです、隊長の屋敷は」
兵の一人がそう言って前方を指さした。そこには、王都の隅の広大な土地に屋敷が一つ。騎士様曰く、王都に通ずる道の警備も兼ねての位置なんだと。銀色の装飾を纏った白の建物で、とても広い。貴族の屋敷みたいだ。とすると、隊長ことジャンさんは貴族の出なのかもしれない。それならあの堂々とした立ち振る舞いも納得だ。
「もうすぐ降下します」
「分かりました」
飛竜の手綱を握る彼らの手がきつくなる。安全に配慮しつつ降下するためより一層操縦を丁寧にするからだ。俺にはその必要はないけれど、かといって遊ぶわけにもいかないので姿勢を整えて、グレイの角を握った。ヴァルは相変わらずふよふよと傍を飛んでいる。
そういえばこの世界って、魔除けみたいなものはないのかな。悪魔よけ、みたいな。そういうのがあったらヴァルはその地へ入れないよな。
「我ほどになると、そんなものは効力を発揮せぬ」
俺の顔を見て察したのか。ヴァルはそう言った。なるほど、最上位ともなれば平気なのか。それはつまり、存在はしているというわけか。
「察したのではないわ。契約により生まれる念話であるぞ」
「ああ、念話ね、念話……」
え、そんなのあった?
初耳な気がするのは気のせい? もしやこれまでにヴァルがさらっと言ってたりした?
「契約が立たれるか、魔力が途切れるか。そういった場面でなければ可能だ。主従関係により生まれる魔力回路の繋がりを使用するものだからな、はっはっは!」
はっはっはじゃないよ! もっと早く教えてくれれば使いどころあったかもじゃん!!
もういい! たどりつくまでヴァルとは口聞かないもんね!!
我ながら子供らしいとは思うが、実際、今の俺は子供だ。口をとがらせてドラゴンの背中に寝そべっても問題はないだろう。
降下を始めた騎士たちに続いて、グレイもまた降下を開始する。ぐわん、と身体が宙に浮くような気がして思わず角にしがみつく。すると、それを合図にグレイが主の安全を確認したのか、より一層大地へと下がっていく。なんだろう、映画とかにこういうシーンがあった気がする。すごく幻想的な光景だ。
傍から見れば、多くの飛竜に乗った騎士に囲まれて、大きなドラゴンと共に大地を目指す俺の姿は神の使いのようだろう。今日は天気もいいし、ちょうど降下先が広い土地なだけあって、層積雲が織りなす天使の梯子から現れる俺は神そのものかもしれない。
この世界の神様って、誰なんだろう。
ふと、思い至る。前世だとキリスト教だとかイスラム教だとか、仏教だとかユダヤ教だとか、その地の文化や実在した誰かに根付く多種多様なものが存在していた。この世界にも天使や悪魔といった概念、いや、もはや種族なんだけれど、そういったものが存在するわけで、となると天使が信じる神様とかがいるのだろうか。
ううむ、生まれて八年ほどが過ぎたとはいえ、あくまでも暮らしていたのは田舎。魔法に関する本ばかり読んでいたのもあだとなり、歴史や世界構造に関するものが全くといっていいほど知識にない。
学院では、そういうことも学べるかな。それとも、初歩的なことは教えてくれない?
学院というと必ずと言っていいほど存在する本の宝物殿、ずばり図書館があるだろうから、通うようになったら真っ先に場所と置かれている物を確認しよう。そして、貸出が可能であれば、まずは歴史や常識的なものに関する本を借りよう。うっかり、前世にしかない知識とか話しちゃうといけないし。これまでは親ばかによって見過ごされてきたミスも、これからは貴族たちに目を付けられるポイントとなるのだ。気を引き締めねば。
と、そんなことを考えているうちに、グレイの足が地に着いた。頭を垂れて降りやすいようにしてくれたので、俺は礼を述べながら滑るように地面に降りた。
騎士様のお願いによってグレイは人の姿へと変貌する。彼の神秘的な、洞窟の奥に生きたまま眠る人間のようなまでの白と青を特徴とした姿にはまだ慣れない。
騎士様が屋敷までの少しの徒歩を案内してくれている間も俺は彼らによって囲まれ、護衛され続ける。そしてやや背後の左右に、豪快に笑う金髪のヴァルと、冷静に付き従う青銀髪のグレイという二大イケメンが付いて来る。肝心の俺は、身長130にも満たない八歳児であるというのに、この護衛の数、配下の覇気。
これ、学院で目立つとか、ないよな? 他の人の使い魔にもヤバいのいるよな?
不安を感じて冷や汗が伝う。問題ない、大丈夫だと言い聞かせ、そのまま騎士様のあとをついていく。
招かれたジャンさんの屋敷は豪華だったが、ただ派手なのではなく、軍人らしい堅苦しさを感じられる威厳ある建物だった。代々引き継がれた、由緒ある一族なのだろうと分かる。
「よく来た、クリス君」
よく映画なんかである屋敷入って正面の大きな階段、その踊り場の壁にある肖像画。それがまんまそこにあった。優雅に軍服姿で一段一段を降りてくるジャンさん。肖像画は初代か何かだろうか。
「お招きいただき、ありがとうございます、ジャンさん」
「ああ。道中、問題ごとがなかったようで何よりだ。今日は一日ここで休み、明日、学院へ向かうとしよう。学院で必要なもののうち、家具の類はすでに向こうへ送って設置済みだが、持っていた方がいい学生証なんかは、君の部屋に置かれた鞄に入っている。学院の制服のような鞄だから、失くした場合は教員あたりの担当者に言うように。まあ、その辺のルールも書かれている。読んでおくといいぞ」
今回、騎士であるジャンさんの推薦によって通うとはいえ、必要なものの全てを用意してもらっている状態だ。金銭的な面から、先ほどのような俺の護衛まで、全て。
「本当に、何から何までありがとうございます。両親も、心から感謝している、と言っていました」
「気にするな。君が学院で優秀な成績を収めれば、それは我がグレイスフィート家の名誉になるんだ。それに、恩師の子だ。可能な限り協力しよう。金銭的な支援として、毎月一定の金額を送る。他にも、学院で行事がある際には必要な物資を送らせてもらう。代わりに、良い功績を収めてくれよ?」
持ちつ持たれつの関係であると言い張るのは、彼なりに俺が負い目を感じないようにとしてくれているのだろう。金銭的支援というのは、無償でやられると申し訳なくなるものだ。だから俺は笑って返した。
「ええ、もちろんです。驚くような功績を挙げてみせますとも」
以前の、生前の俺であれば、こうは言わなかっただろう。向上心や正義感は強かったものの、あまりに連続する不運体質、何かを守るために自分が裏切られ犠牲になる日々、その繰り返しで、強さも何も持っていなかった。俺が自殺しなかったのは、家族に恵まれていたから、それだけだ。
でも、今の俺は違う。転生補正のおかげで強いし、強力な使い魔もいる。それで気が大きくなっているといえばそうだけれど、それだけではなくて、二度目の人生など普通はないものなのだから、少しくらい大胆に、与えられたこの力を使ってみてもいいんじゃないかと感じているのだ。
今度こそ、幸福であるために、誰かを守るために。
「ははは、そりゃ大きく出たな、クリス君。いいね、そういうのは好きだ。期待しているよ。さあ、今日はもう休むといい。食事の時間になったら呼ぼう」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて、そうさせていただきます」
そう言って持ってきた荷物一つを持つと、何故だかジャンさんは眼を丸くした。
「えっと、どうかされましたか?」
「いや、君は、子供だというのに随分と丁寧な言葉遣いをするというか……大人への対応を知っているというか、接待みたいな雰囲気を感じる」
やべ、サラリーマンとして取引先おだてて契約掴み取ろうとしていた時代が表に出ていたか。
ここは一つ、言い訳を。
「ははは、両親が、丁寧に育ててくれたおかげですよ」
「それもまたおだて上手らしいが……まあいい。偉大なドラゴンに好かれるような子だ。他の子どもより聡明であるのが当然かもしれんしな」
まったく、子供っていうのはどうやって大人へ対応するもんなんだ? これだと俺は何言っても怪しまれそうなんだが。
とりあえず、これ以上ボロは出すまいと俺は二階に用意された部屋へ向かった。




