1-20.さよなら故郷、またいつか。
第一章はここまでです。
このあと、一度設定集を挟みます。
ジャンさんが去った後、一気に静かさの戻った部屋で両親と話していた。
「グレイシャー・ドラゴンを、使い魔にするの? 確かに、ドラゴンなら人形の姿になることが可能だけれど」
母さんの言葉に悩んでいると、ヴァルが口を挟んだ。菓子は食べ終えたみたいだ。
「連れて行った方がいいぞ。学院には、他にも使い魔を連れた者がいるのだろう? 何か厄介ごとが起こるかもしれぬ。多いに越したことはない。何より……」
最後の一言だけは、俺にのみ聞こえるように。
「相手と決闘となれば、使い魔は人型をやめ真の姿を見せるだろう。しかし、我には無理だ」
悪魔の姿は、見せられないもんな。ファイアードラゴンのフリをしていても、戦闘しながら魔力操作は難しい。本物のファイアードラゴンを知っている人がいれば、違和感を覚えられるかも。
となれば、グレイシャー・ドラゴンを連れて行かなきゃだよなぁ。どのみちあの森にずっと置くわけにはいかないし、しゃーない。腹を括ろう。
それに、ちょっとだけ、ほんとちょっとだけだよ?
──異世界ですごい奴を味方にするって、なんだか楽しい。
と、思う。いや、ちょっとだけね? 面倒ごとは嫌だからね?
「クーリースー!!」
夜になる前に森へ行こうと思っていると、エマが勢いよく扉を開けた。吹雪が止んだとはいえ、肩に少し雪が積もっている。
「さっき来ていたの、騎士様でしょ!?」
「あ、うん。そうだよ」
「何があったのよ!?」
顔を赤くして興奮気味に喋るエマに詰め寄られ、変な噂が広がるくらいなら真実を伝えておこうと口を開いた。田舎は噂が回るのが早いし、何より友達に嘘を言いたくない。
「えっと、ヴァルと森に行ったらドラゴンがいてね、無意識ですごい魔法使って無力化したのを騎士様に見られたんだ。それで、推薦してあげるから王都の騎士学院に通えってことになって」
「騎士学院! それって、もしかしなくてもイージス王立騎士学院のこと!?」
「あー、うん、そうだね」
「すごいすごいすごい! さっすがクリスだわ! それで、ドラゴンって何よ!?」
「うーんとね……」
その時俺は、もうすぐこの土地を出てしまうことが寂しくなって、最後の冒険をしようと考えついた。ずばり、だ。
「実は今からそのドラゴンのところへ行くんだ。森に置いて来ちゃってね。使い魔にして、学院に連れて行こうと思って。一緒にどう? 最後の冒険だよ」
「行く! 行くわ、クリス! でも、最後だなんて言わないで。学院がお休みになったら戻って来て、また遊びましょう!」
気丈に振る舞うエマの笑顔に影響されて、俺もまた笑った。そのまま母さんたちに行って来ると伝えると、二人とヴァルで森へと向かった。
道中、エマはクルクルと周り、身につけた白いワンピースと茶色のコートを揺らしていた。いつになくハイテンションだ。ドラゴンに会うのが楽しみなんだろうか。
魔力感知によって道を間違えることなくグレイシャー・ドラゴンのもとへ辿り着く。相手は居眠りでもしていたのか、俺が怪我させてしまった翼を抱くようにして伏せをしていた。
「む、来たのか」
のそりと体を起こしたグレイシャー・ドラゴンに、俺はエマを紹介すると、本題を話した。
その間もエマは終始怯えることなく、「ドラゴンって本当に大きいのね!」とか言いながら辺りをくるくる周回して一通り眺めていた。俺の言うことを聞いてくれるから安全であるとはいっても、相手はドラゴンだ。ちょっと気を抜きすぎていると思う。まあ、そこがエマの凄いところなんだけれど。対応力があるというか、恐怖心がないと言うか。熊に襲われた一件以来、エマは大きく成長している。
「楽しそうではないか。しかし、人の姿とな。あまりなったことがないから上手く行くか自信がないのだが……魔力量的には、姿を変えるのは問題ない。よし、ではさっそくやるとしようぞ」
すると、白い雪がどこまでも積もる大地、緑を失った灰色の木々、その中に人間の姿が生まれた。
青い光を纏った次の瞬間、グレイシャー・ドラゴンだったそれは五十分の一くらいのサイズにまで縮小してしまった。そして現れたのは、信じられないほどの白い肌の、銀髪青目の青年だった。
「えっと、グレイシャー・ドラゴン、だよな?」
あまりの変わりようについ疑ってしまうが、仕方がない。つーかだよ、なに、人の姿になると誰でもイケメンなわけかい?
「ふむ、魔力はやや漏れているが、完ぺきな人型だな。ああ、だが、角が隠せていないか」
ヴァルがそう言うと、グレイシャー・ドラゴンは恥ずかしそうに、頭に生えた二本のソレに触れた。
「うむ、小さくはしたが、難しいのお」
やや青い小さな二本の角は、ドラゴンであることの名残らしい。鬼みたいだ。格好いいなあ。それにヴァルと違って丁寧なヤツだから、弟みたいでなんだか可愛いなあ。
「使い魔として連れて行くんだから、角くらい問題ないはずだよ。それに、完全に擬人化してるヴァルがおかしいだけだからね」
「感謝する、ええと、何と呼べば、主よ」
「あ、そっか、名乗っていないんだっけ。俺はクリストファー・ガルシアだよ」
「では、クリス様と。主よ。良ければ、速いところ契約を交わそうではありませんか」
「ああ、そうだね。じゃあ」
様付けはややこっぱずかしい。
エマとヴァルが静かに見守る中、俺たちは両手を重ね互いの魔力に意識を向けると、契りを交わす。
「オレ、グレイシャー・ドラゴンは、クリストファー・ガルシアの使い魔となり、忠義を尽くすと誓おう」
「うん。よろしくね」
そうして互いの魔力回路が繋がったことを、自身の体が熱を帯びたことで確信する。
「おお、ああやって使い魔にするのね」
背後でエマの感心の声が上がった。前世の記憶がある俺からすると契約とか中二病臭くてちょっと恥ずかしい気がする。けど楽しいのもまた事実。
「では、オレに名前を付けてください、クリス様」
「あ、そっか、使い魔には名を与えるんだっけ。じゃあ、グレイシャー・ドラゴンだからグレイだ」
安直過ぎたかな、俺、ネーミングセンスないからなあ。
「おお、オレがグレイシャー・ドラゴンであることの誇りを忘れることなく新たな姿へと至れる名前ですね! なんと素晴らしい!」
「え、なんかさっきから敬語だし、怖い」
あまりの尊敬の眼差しに思わずぼそりと呟いた俺。
「ドラゴンとは尊大な性格であるが、代わりに認めた人間にはとことん忠義を尽くすのだ」
あー、なるほど、ハスキーとシェパード混ぜたみたいな? 利口なのにちょっとバカ、と。
勝手に内心納得した俺を置いて、グレイシャー・ドラゴンことグレイはその美しい姿で俺の名を連呼し走り回っていた。
***
そうして、二月も終わり三月の終わり。
ついに、我が家にジャンさんの部下の人が三人で迎えに来た。学院への推薦状を持って。
「行ってきます」
玄関の前で涙ぐんでいる家族とエマにそう告げて、俺は正面へ向き直った。
騎士からの推薦によって通うため、道中何かあると騎士の面目にもよくないという理由から、こうして必ず推薦人による護衛があるらしい。飛行部隊のため、空を飛ぶ権限を持つ彼らは王都まで飛竜によって向かう。本来であれば俺は誰かの飛竜に同乗させてもらうのだが……。
「クリス様、どうぞ」
やる気満々のグレイによって、俺は飛竜とは比べ物にならないほど大きなその青い背中に乗ることになった。角か鱗を握っていてくれ、とのことだ。そうすれば落ちないんだと。まあ、普通に背中が大きすぎてもはやベッドだからごろごろしていても落ちなさそうだけど。面積デカすぎてもう平面だもんよ、これ。角度緩すぎんのよ。
ヴァルはどうやら自力で飛べるらしく、隣を人型を保って飛行するとのこと。二百年ぶりの世界を自由気ままに眺めたいのだとか。ヴァルは軽そうに言うけれど、二百年って、人間が三回くらい生涯を終えられる時間だ。変わり果てた世界に、動揺しないといいけれど。
「では、行きましょうか」
「はい。護衛、ありがとうございます」
騎士様に言われてグレイの背中に乗った俺。
遂に、初めて故郷を離れ、外の世界へ出る時が来た。
春を迎えた青い空。雪が解け切った大地。
そこへ、ゆっくりと、けれど確かな速度でグレイが飛び立つ。
「いってらっしゃい、クリス!」と涙声の母さん。
「気をつけてな、クリス!」と涙を堪えた父さん。
「にいさま、がんばって~!」とわんわん泣きながらのリーゼ。
「クリス! また冒険するわよ!」と最後まで明るいエマ。
他にも家々から出た知人たちの姿。一緒に遊んだ子供たち、その親、エマの親はもちろん、お店の人も、みんな、俺の門出を祝ってくれている。
思わず涙が溢れそうになるのを堪えて、俺は笑顔と共に、グレイの背中から大きく手を振った。
「行ってきま~す!!」
これはさよならだ。けれど、永遠の別れじゃない。また会える。だから泣くことなどない。
「怖くはないか?」
隣を飛ぶヴァルがそう言った。本当に、羽も生やさずに淡々と宙を浮くように飛んでいる。
「ああ、平気だよ、ヴァル」
そう答え、もう怖くはなくなった空の高みから、地上を眺める。
徐々に点となって見えなくなる大切な人たちの姿、故郷の色。
代わりに近づいてくるのは、華々しい王都の姿だった。
・グラッドランド王国
大陸の中央に位置する国。
王都はやや北寄りの中央にある街ノクタリア。
北にサンクチュリア大森林、南に海、西に商業国家ルーグリナ連邦国、東は武装国家グリムナーヴァ帝国がある。
ちなみに、魔王育成を目指す学院は各国にあります。必ずしもグラッドランド王国のイージス王立騎士学院から排出されるわけではありません。ただ、自国が魔王を輩出すれば、他国に「うち魔王いんのよ、魔王議会で融通してやるからほら、金、分かるよね?」ってできます。
人間の安全を目当てに魔王育成をしているのに、なんだかんだと他国への影響力欲しさなのです、とほほ。




