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1-2.おはよう異世界


「元気な子ね、男の子だわ」


「本当だ、シエラ、よく頑張ったな」


 男女の声。笑い合って、楽しそう。


 ん……あれ、俺、本当に転生しているのか?


「あらあら、手足をばたつかせちゃって」


「生まれてすぐにこんなに泣くとは、元気な男の子だな」


 転生……?


 その単語が引っかかり、俺は脳内を人生史上最も速いスピードで駆け巡らせた。

 そして、ピンとくる。同時に発狂したい衝動に駆られた。


 そうだ、俺、不運のまま死んで、変な空間で変な女の声がして、確かミラージュだっけ、そいつの提案を飲んで、それで……。


 全部の記憶を持っていた。赤子の脳では耐えられないほどの、思考回路がショートして焼き切れそうなほどの不幸な記憶が蘇る。


 多数の年上に殴られて惨めだった記憶、悲惨ないじめを一年間笑顔で耐えた記憶、刺された瞬間の鈍痛、何よりも、落下する浮遊感と水に落ちて身体を海底へ引きずられる引力の強さ。置いてきてしまった家族、友人、同僚、上司、後輩。


 叫びたい。叫びたい。どれほど叫んだって足りない。

 さっきまで嘘だと、夢だと、そう思っていたフワフワとした感覚がいきなり現実になって叩きつけられる。俺は死んだ。大切な家族を置いて死んだ。遺体も声も、見つかったか分からない。全て燃え尽きたかもしれない。


「あらら、どうしたのかしら、こんなに泣いて」


 視界に映る女性が俺の顔を覗き込む。けれど、欧米風の顔だなんて感想を抱くほど余裕がない。


 死んだ、死んだ、九十九秀は死んだ。

 飛行機のハイジャックで。

 犯人に一矢報いることもできず、黙って座って溺れ死んだ。


 やっぱ、死にたく、なかった。

 不運だったけど、幸運だったんだよ、あの世界。


 受け入れるには、程遠い。


「シエラ、お前はもう休むといい。疲れただろう。何か、飲みたいものや食べたいものがあれば作るよ」


「ええ。ありがとう。それじゃあ少しだけ、眠ろうかしら。夜中からずっと起きているものね」


「ああ。体力を回復するんだ。この子のことは任せて。ラナさんもいるんだし」


「そうよ、シエラ。あんたは元々身体弱いんだから、ゆっくりしてな。なんかあったら起こすからさ」


「ありがとう、姉さん」


 出産が無事に終わり安心して眠り始めた母親の隣、小さなベッドに置かれた俺は絶望に顔を歪めてもはや泣き叫ぶこともやめて恐ろしいくらいの静けさで固まっていた。


 生前の記憶があるとはいえ、赤子の体力を変貌させられるわけではなく。母親が完全に眠ってしまうのと同じくらいには俺もまた泣きつかれて目を閉じていた。


 すやすやと眠る俺の姿は、当人の心の絶望を知らない者が見ればそれはもう愛らしい子供の寝顔だったに違いない。


   ***


 一か月もされるがまま、流れるがままに時間を過ごせば大抵の状況は飲み込めた。


 前世のことはもう変えようがなく、自殺したってあの場所には戻れない。この世界が異世界か夢かを決めるには情報が足りないけれど、どっちにしろ俺が死んだら周りの人が泣くのだろうし。


 前は前、ここはここで割り切って過ごすしかなさそうだ。


 それに、本当に心から嬉しそうに俺という赤子の世話をする両親の顔を見ていたら、思ったのだ。


 前世でできなかった分、この世界で、この人たちを幸せにしてあげたいって。


「可愛いわ、クリス」


「生まれてまだ一か月だけれど、随分と静かで聞き分けのいい子ねえ。エマとは大違いだわ」


「はは、あの子は活発ですからね」


 母シエラ・ガルシアと父アラン・ガルシアによって俺はクリストファー・ガルシアと名付けられた。


 鏡に映る俺の姿は日本人だった生前とは大きく異なっていて、生え始めた髪の色は焼けたような赤、深いワインレッドと言えばいいだろうか。少なくとも朱色ではない。やや黒っぽい。

 

 肌は白いが、外で運動をするようになれば焼けるだろうからそこは生前と大差ないかも。


 瞳は黒でも茶でもなく、琥珀みたいな黄色。狐や猫みたいにくっきりとしていて、それでいてぱっちり二重で愛らしい。自分でいうのもなんだが、自分という赤子はどうも容姿が良い。これもあれか、転生補正か。


 身長や筋肉はまだ分からないけれど、父アランが屈強な体格をしているから俺も将来有望だ。


 ちなみに、俺が生まれた日にもいたラナ・リリアンは母シエラの姉らしく、すでにエマという少女を出産しているらしい。子供の世話が上手なのはそのためか。母は姉のおかげで随分助かっているようだ。


 一度、娘とやらのエマがここを訪れたことがある。二歳くらいの少女だった。たどたどしく歩こうとして、こけていた。かわいそう。いかにも明るい子供といった印象で、将来はきっと活発で運動の得意な子になるのだろう。


 我が家はどうやらグラッドランド王国という国のオルドレッド地方の田舎にあるらしく、窓の外には花々が咲いている。日本の秘境をヨーロッパ風にしたみたいなのどかでいい土地だ。


 村人誰もが知り合いみたいな、助け合いの精神がある平穏な土地。


 一度目の人生の悲劇を受け止めて二度目の人生を望むには、ちょうど良い世界だ。


第一章は毎日投稿、その後は少し休んでストックを作ってまた毎日投稿、の予定です。

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