1-19.伝説の始まり(?)
「あー、つまりだな、話をまとめると」
まだ二十七歳だというジャンさんが、眉間に皺を寄せながらため息と共に口を開く。
「クリス君は三歳にして無詠唱魔法を可能とし、八歳になった少し前にファイアードラゴンと契約、それがそこで菓子を食っているヴァル殿、と。そしてつい先ほど、無意識に伝説級魔法を、それも誰かのマネではなく新しい魔法を生み出したと」
「うむ、そういうことであるな。お主、飲み込みが早いではないか。バリバリ、おお、このクッキーも美味いではないか!」
ちょっと黙っていてくれないかヴァル。菓子食べる音うるさいぞ。
「クリス、お前は、すごい奴だとは思っていたが、まさか伝説級魔法を生み出すなど……」
「ええ、本当に、どうしましょうか、あなた。全属性統一魔法なんて、使う人初めて見たわ」
「オレも、この目で見ていなければ嘘だと信じられたのだがな……」
憔悴しきった三人の大人の顔を見ると、さすがの俺でも何やら自分が思うよりも事態がヤバいことだと気づく。
「あ、あの、確かに無意識で魔法を生み出したことは自分でもとんでもないことだと分かるのですが、そんなに、大事なのですか、ジャンさん」
今朝とは違い、窓を叩きつける吹雪がない。その分、この絶妙な緊張感漂う静かな空間が気まずい。
室内を明るいオレンジの光が照らす中、ジャンさんは低く唸った。
「まだ幼いから知らないことかもしれないが、伝説級魔法というのは、九十九パーセントの人間が使えないとされているんだ。使用には魔力が膨大に必要となるし、適正の無い者が安易に使えば死の危険がある」
え、俺死を回避するために死ぬ確率高い魔法使ったのかよ。
「そして、魔法を新しく作るというのもマズイことだ。これもまた、九十九パーセントの人間に不可能だ。よほどの想像力、それを具現化する魔力、精神力、肉体。全てが必要だからな」
想像力に魔力ねえ。異世界人の俺はこの世界にはないことをたくさん知っているし、ミラージュが何やら転生させる時にイジってそうだから魔力強いのは仕方ないよね。
精神は、一度死んだ経験があること、かな。確かに、二度目の死を迎えること以外は怖くないかも。
肉体は知らん。
「ジャン、どうか内密にできないか?」
元上司兼師匠であるはずの父さんが、ジャンさんにへりくだるように言った。内密に、って、なんだ?
「いや、無理だな。恩師の願いは叶えたいが、オレは国に仕える騎士。規則は守らねばならないのです」
「……そう、よね、あなた。わたしたちとて、昔はそうして規則に従っていたんですもの。情をかけて破ることはできないわ」
「ご理解ありがとうございます、シエラ殿」
「え、あの、ちょっと、三人とも何の話を」
当人を置いてけぼりにしないでくれよ、みんな。
「クリス、お前は強すぎたんだ。特に、伝説級魔法は構わないが、全属性統一魔法というのが悪かったな」
父さんは立ち上がると、向かいの席に座っていた俺の前まで来て、肩を掴んだ。悲しげな顔をしている。
「国の規則だ、従ってもらおう」
座ったままのジャンさんがそう言うけど、よく分からない。何のことだよ、規則とか国とか、俺犯罪でもしたの?
ヒヤリ、と冷たい汗が背筋を伝う。死ぬとき以外でこんなに緊張したの、就活してた頃の会社の面接以来かも。
ごくり、と唾を飲む。ジャンさんの青い瞳から浴びせられる視線が痛い。
「とはいえ、だ。まだ八歳で恩師の子だ。悪いようにはしないさ」
するとジャンさんは、死刑宣告されると覚悟を決めていた俺の予想とは反して、白い歯を剥き出しに笑った。
「クリス君、君にはイージス王立騎士学院へ通ってもらおう」
朗らかな顔と声音で言われましても、俺にはそれが何なのか分からない。
どうしたものか、いやでも、両親は笑顔だぞ。これは良いことなのか? ううむ、分からん。
「おお、それはつまり、クリスは罪に問われないってことか!?」
「ええ、アラン様。さすがのオレも、恩師の子を殺したくはないからな」
「ああ、ありがとう、ありがとう、ジャンさん!」
え待ってよ、二人とも手を取り合ってはしゃがないで俺に説明してよ、ちょっと、ちょっとお〜??
仕方がないな、何やら小躍りを始めた両親から目を逸らして正面左に座っているジャンさんに聞くしかない。
「あの、どういうことです? というか、罪に問われないって、一体?」
「王都に国が運営する騎士学院があってな、まあ、剣術とか魔法とか、普通の勉強とかを学ぶのだ。クリス君は学校へ行っていないようだし、年齢的にもちょうどいい機会だろう。入学方法は騎士、軍司令官、隊長格三人以上、王国貴族。このいずれかの推薦書があること。オレが書いてやる」
「それ、とんでもない学院なんじゃ」
ちょいとばかし怖気付くが、確かにこの田舎には学校がない。親切な大人が時折教えてくれるだけだ。
学校、学校かあ。最終学歴大学の俺だから、通うとすれば十年ぶりくらいになるわけだな。ちょっと楽しそう。剣術は父さんに習ったし、魔法はほぼ独学だけどヴァルがいる。急な入学でも問題はないはずだ。
同年代なんて、幼馴染のエマと他ヤンチャな少年たち数名しかいない田舎だからな、ここ。学院行ったら、たくさんいるんだろうなぁ。都会育ちとか、貴族とか、仲良くできるかな。
「そうだ、誰もが憧れる学院だ。なにしろ、ここで選ばれれば魔王候補だからな」
「へー、それはまた壮大な……え?」
んん? 今ジャンさん、何やらすごいこと言わなかったかな??
「ああそうか、田舎ではあまり聞かぬ話よな。いいか、クリス君、よく聞くんだ」
そう言い人差し指を立てるジャンさん。ちなみに、両親はようやく小躍りをやめた。
「この世界には今、六人の魔王がいる。魔王というのは複数の条件を果たし覚醒した存在だ。そして彼らが行う魔王議会では、大事な事柄が決められる。戦争をするかしないか、とかな。そこで、人間は考えた。勇者を育成して人の国に進行する魔王の軍を倒すより、最初から魔王議会に人が参加し戦争を止めればいいのだと」
なるほど、合理的だな。
仮に魔王たちが結託して人の総べる国を襲えば、勇者が五、六人いても意味はない。勝てたとしても復興大変だし。
でも魔王に覚醒した人が議会にいれば、話し合いで終わらせられるかも。良い牽制になるし、戦争のリスクもない。大事な情報も知れる。
「それで国は学院を作ったのだ。そこで魔王覚醒の条件を果たせば、現在の人の魔王と決闘する権利が与えられ、勝てば新たに魔王となり人の守護者となると。無論、ほとんどの者がそうはならない。魔王の誕生など数十年に一人だな。だから大抵のものは騎士団、軍、各地の自警団へ就職だ」
「絶対に魔王になれというわけではないのなら、俺でも大丈夫そうです」
内心、すごく異世界っぽい展開で憧れちゃう!とか思ったのは内緒の方向性で。
「アラン様たちも心配だろうからな。ヴァル殿を御付きとして連れて行くことを許可しよう。使い魔の同行はそう珍しくないからな。使い魔を含めて本人の戦力だ」
うへぇ、ヴァルも来るのかよぉ。
「学院とな。何やら楽しそうではないか!」
菓子を食べ散らかすなと怒ろうかと思ったその時、廊下の方から小さな、愛らしい、天使の生まれ変わりみたいな姿の女の子が現れた。
「にいしゃま、そのひと、だぁれ?」
目元をごしごしとぬぐいながら、天使リーゼはあくびを堪えている。可愛い。
「この人は、騎士様だよ。ごめんね、お昼寝を起こしちゃったかな」
「ううん、いいの、でもね、にいしゃま、がくいんって、きこえたの」
四歳のリーゼは随分とお話ができるようになった。言葉上手、綺麗、偉い!!
眠気が残っているのか、口がテキパキと開かず可愛らしい話し方を続けるリーゼ。今起こったことを伝えるのが心苦しい。ああ、ヴァルじゃなくてリーゼを連れて行きたいぞ!
「ごめんね、リーゼ。俺、王都にある学院に通うことになったんだ」
「そんな、にいしゃま、いなくなっちゃうの?」
リーゼが俺の足にしがみつき、その小さな手で離れないというように必死にくっついている。その姿がとても心に刺さる。
「ごめんね、でも、お休みの時は必ず会いに来るからね。お土産も買って来るから」
「うぅ……ぜったい、ぜったいらよ? ぜったいらからね? おてがみかいてね?」
「うん。絶対。約束するよ」
その後、リーゼが泣いて縋るのが落ち着くと、今度は泣き疲れたのか眠ってしまった。母さんがそんなリーゼを布団へ運んでいく間、俺はまだ一つ気になっていたことをジャンさんに聞いた。
「そういえば結局俺の罪って何だったんですか?」
「ん? ああ、クリス君が使ったのは全属性統一魔法だっただろう? つまり、闇属性と闇魔法が含まれているんだよ」
あ、禁忌だっけ、それ。死罪って読んだことあるぞ。
「けど、見たところあの魔法は相手の魔法を味方にするものだった。つまり、相手が闇関連を使わない限り、君もまた使わないわけだ。だからまあ、オレの権限で言い訳しておこう」
「ありがとうございます、ジャンさん」
それって俺死刑になるところだったんでしょ!! 感謝してもしきれないじゃないか!!
「別にいいさ。伝説の瞬間を見させてもらった礼だよ。あんなすげぇもの、そうそう見られないからな」
人の良さそうな笑みを浮かべたジャンさんは、その後王都に報告すると言って味方と共に帰ってしまった。「あのドラゴン、使い魔にするなら学院に連れていっていいが、人の姿でいるように命じてくれよ」と爆弾発言を言い残して。
伝説級魔法、全属性統一魔法
《運命作家ストーリーテラー》について
・世界への干渉、あるいは強すぎる威力というのが条件の伝説級魔法ですが、これは世界への干渉に当たります。
・相手の魔法が何だろうと、それを味方にするというのが、運命、引いては術者の書き換えと言え、世界への干渉に該当しています。
・相手の魔法が何属性何魔法であろうと干渉するため、全属性であり統一魔法です。
・自分よりも弱い敵の魔法を全て味方につけます。
・ただし、あまりにも多くの魔力を消費します。使用後は魔力不足に陥り、目眩や頭痛、気絶を巻き起こすでしょう。常人が無理やり行使すれば、魔力が足りず肉体に強い影響、最悪死にます、はい。
*自分より弱い、というのは、必ずしも物理的強さではありません。
相手が「これは負けた」と思えばそれを隙として介入できますし、逆に言えば死を覚悟で突っ込んでくる弱者には介入できない時もあります。
魔法の行使とは、心の強さでもあるのです。そのおかげで、絶望から立ち上がったクリスは伝説級魔法を手にしたんですし。




