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1-17.覚醒


 あ、これ、死ぬって。


 あの日の感覚を思い出して、同じ死に方を迎えることを意識して。その瞬間、十秒程度しかない時間が歪んでまるで永遠になったみたいに感じた。


 ぐるぐると巡る思考は、嫌なことばかり過ぎらせる。


 ──結局、あの時最後に録音した言葉は、届いたのかな。


 ──みんな、泣いて塞ぎ込んでないよな。


 ──あれから、向こうの世界ではどのくらい経ったのかな。こっちと同じ時の流れなら、八年が過ぎているな。


 ──だとすれば、里紗ももう大学卒業の年齢だ。彼氏とかできたのかな。変な奴に引っかかってないと良いけど。母さんと父さんも、明るく笑ってくれているかな。


 ──俺は大丈夫だよって、伝えたい。なんだかんだ、異世界で元気にやってるよって、伝えたい。


 受け入れていたはずの過去が、濁流となって俺を飲み込んでいく。それは俺の意思では止まってくれない。何も聞こえない、見えない。全ては、混沌を極めていった。


 ──ああ、でも、この世界でももう死ぬんだっけ。また落下死かぁ。しかも今度は、意識飛ばなそうだ。痛い、よな、絶対。


 ──この世界のこと、全然知れてないのに。マジェスティたちが何なのかだって、まだ知らねぇし。ヴァルだって、そうだ。出会って半年くらいなんだ。


 ──俺はまた、中途半端にしか生きられないのか? 最後まで、辿り着けないのか?


 無数の線の形をした思考が、ある一点に向けて集まっていく。


 ──俺は本当に、死ぬのか?


 その一つが浮かんだ時、全身で鳥肌が立ったみたいに熱が生じた。ぞわりと、自分の知らないところでピースがハマった。


 ──違う、俺はまだ死んでない。


 過去と現在の、たくさんの人間の、友人の、家族の、顔が浮かんだ。けれどこれは走馬灯じゃ無い。必要なパズルのピースなんだ。


 ふわふわとした浮遊感が戻って来る。絶望で手放しかけていたはずの五感が命を吹き返していた。同時に、恐怖が戻る。


 落ちる。落ちる。落ちる。


 今度は気絶できそうに無い。つまり、二度目にして初めての墜落死を味わう羽目になるってことだ。


 落ちる。落ちる。落ちる。追憶する。


 あの日燃えながら墜落する機体で震えたこと。多くの乗客が怪我をして、機内に血が飛んでいた光景。誰もが叫び、帰りたい、生きたいと言い、それを嘲笑うかのように口を歪める犯人たちがいたこと。少しずつ正気の人が消えていって、あるいは気絶して、絶叫と静寂が妙なコンビを組んで繰り返されたこと。それが齎す異質な空気。


 全部、全部、戻って来る。嫌な記憶が、俺という人格を飲み込んでいく。


 それでも、抗わずに思い出すんだ。


 あの日血の飛び散る飛行機で必死に思ったこと。


 「死にたくない」って。


 何のために俺が、ミラージュの提案を飲んだのか。

 

 今度こそ、誰かを守って幸せに生きるって、決めたからじゃなかったか?


 かつてと同じ言葉が今、漏れる。


「死にたくない」


 確固たる思いが、異世界では力になる。


「二度も、死んでたまるかッッッ!!」


 風を切って空気を震わせたのは、自信も根拠もなさそうな、だというのに諦めの悪さだけを握った声だった。


 全ては揃った。いや、はまった。


 思考回路の何処かにあったミルクパズルは、心が守るように閉じ込め隠していたピースを得た。完成とともに、ミルクパズルに色が浮かび上がる感覚。それが何であるのかを意識する前に、俺は言葉を吐いた。


運命作家(ストーリーテラー)!」


 脳裏に現れた単語を、口にしただけのこと。深く考えず、ただそうすることが正しいと分かっているように。


 地上で俺を見ているヴァルが、目を丸くし、けれどすぐに口の端を歪めて笑った。実に悪魔らしい笑みだ。アイツにはあとで、しっかり追求とお仕置きをしなければ。


 両手を羽のように左右に真っ直ぐ伸ばし、ゆっくりと徐に動かすと、伸ばされた手を正面でパンっと叩いた。すると俺の周囲にあった微かな吹雪は、不思議と味方になって、氷の槍を無数に創ると吹雪になってグレイシャー・ドラゴンへと牙を向けた。


「いけ」


 短い言葉を聞き遂げた氷の槍は、目を丸くして驚く青き竜へと飛んでいく。相手は必死に翼を動かし槍を乗せた吹雪を追い払おうと対抗するも、その前に槍は翼を攻撃した。


 俺はというと、残り五メートルほどのところで何とか墜落を免れ、軽やかな吹雪で宙に浮いていた。


 その状況から少しずつ吹雪を抑えて地に足をつけると、大地を踏み締めて前へと歩き始めた。


「貴様、その魔法は何だ……?」


 翼に生えていた鱗が先の槍でいくつか剥がれ、青い血を流すグレイシャー・ドラゴンは訝しげな顔で俺に聞く。


「知らねぇよ。俺が聞きたいくらいだ」


 しかし答えを持たない俺は、相手へと歩みを進めるしかできない。


「オレの魔法に干渉するなど……もしや、あれは」


 グレイシャー・ドラゴンがその種族の属性上、息を吸うように常に纏っている吹雪を生む水魔法。それが俺の味方に翻った今、相手の攻撃手段は翼で風を起こすだけ。けれどそれすらも吹雪が壁の役割を果たして俺を守るのだから、もはや無力だ。


「どうして、こんな場所にドラゴンのお前がいるんだ?」


「……それは、オレの住処である森にゲートが開き、ここに繋がってしまったためだ。そこの悪魔もそうであろう?」


 勝ち目がないと悟ったのか、すっかりと大人しくなったドラゴンは素直に答え、なぜかヴァルを睨みつけて言った。


「ゲート? なんだそれ。ヴァル、何のことだ?」


 腕を組んで俯瞰していたヴァルが、相変わらずのニヤニヤ笑顔を浮かべてこちらに向け歩き出す。


「サンクチュアリ大森林のことだ。膨大な魔力が根付いた森で、それに引き寄せられた魔物や魔獣が多く住まう。それゆえ不可侵の地となっているのだが、魔力に乱れが起きるとゲートが開き、気がつくと別の地へ繋がっているのだ」


 我がこの森の洞窟にいたのもそういうわけだ、と最後にヴァルは言った。


 サンクチュアリってことは、聖域って意味か。確かに、地図上に広大な森があったな。それで、この森を探索し尽くしたはずの俺が知らない洞窟があったわけだ。


「って、それ結構危険じゃないか!」


「うむ。そうであるな。魔力が濃い場所ゆえ、そこにいる者も危険極まりない。通常はその膨大な魔力が揺らぐことなど、滅多に無いのだが、ここ最近はよくゲートが開くものよなぁ」


 相変わらず呑気な悪魔め。今日のこと含めて、あとでいっぺん懲らしめてやる。


「なぁ、貴様、オレとて久しぶりに人を見て喧嘩を売ったものの、死にたくは無い。どうか貴様に仕えさせてくれぬか?」


「はぁ!?」


 グレイシャー・ドラゴンが翼を畳み、首を垂れる。いやいやいや、俺悪魔だけで十分なんだけど!?


「ドラゴンとは、己より強い者に尽くしたがるからなあ。はっはっは」


 はっはっは、じゃないよヴァル!


「もー、どうすれば……」


 その時だった。背後の方から、人の気配がした。魔力感知によって、他者の気配が敏感に分かる。


「少年よ、今のは一体……」


 そこには、震える声でこちらに問う十五名ほどの騎士がいた。


自分、結構異世界転生ものとか好きなんですけど、見てて思うのが「主人公適応力高くね?」なんです。

なので私の物語では、なかなか過去を忘れられないながらもこの世界を愛そうとする主人公を書きたいです。


・サンクチュアリ大森林

国際法により昔から不可侵条約の結ばれた広大な森。

膨大な魔力を持つ土地で、それに引き寄せられた魔物や魔獣がいっぱい。ごく稀に魔力が揺らぎ、その影響で別の地へ繋がるゲートが開く。


魔力「くっしゅん!!」

グレイシャー・ドラゴン「ん?何だこの光?覗いてみよう……うわ、ここどこ!?」


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