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1-16-死の瞬間に囚われる


 立ちはだかる大きな魔物。本ですら見たことのない何か。それは各地に配布されている、『森などによくいる危険な魔物』集に載っていない存在であることを示し、同時に『通常は現れない危険すぎる魔物』であることを意味する。


「な、なあ、ヴァル、あれヤバくないか?」


 ヤバいだなんて言葉では表せないくらい特大級のヤバさだ。


 膨大な青い魔力、それが溢れ出た結果周囲の魔力が暴れ狂い生まれた吹雪。ということは、水系の魔法を使う魔物か。竜のような羽を持っている。もしかしたら本当に竜なのかもしれない。肌は鱗に覆われていて、目は薄い水色の透明さを誇っている。サイズは、そうだな、馬鹿デカい、としか言いようがないな。少なくとも体重は一トンを優に超えるだろうし、尾から鼻の先までピンと伸ばせば五十メートルはありそうだ。


 ま、生前、紐を三十センチ切ってと言われて感覚で切ったら一メートルだったこの俺の感覚だ。対して当てにはならないが。


 だとしても、脅威だ。こんなものがどうしてこの森に? これまで幾度と他の子どもたちと冒険しつくしたこの森に? そもそも、この地には魔獣はいるが魔物は基本いない。だというのにどうして、よりにもよって、大型の魔物が?


「だから、案ずるなと言っておろうが。あんな小童、すぐに倒せる」


「じゃあ倒してよ!」


 呑気なヴァルの背中にしがみついて叫ぶも、全く攻撃を開始してくれない。


「それじゃあお前の訓練にならんだろう。なに、死にかけたら助けてやる。とりあえずやってみよ。お前はアレとは比べ物にならない強さと魔力を誇るこの我の封印を解き使い魔とした男ぞ?」


 そう言っている間にも、相手は青い鱗で覆われた翼を羽ばたかせ、猛烈な吹雪を吹かす。


「う、うう」


 思わず呻き、ヴァルの背後に隠れてやり過ごそうとするも、強風に煽られた俺は後ろへと引きずられるようにして動いてしまう。強さゆえか、筋肉量の差なのか、ヴァル自身は笑顔で突っ立っている。


「ほれ、はやくやってみよ」


「そうは言ってもなあ」


「さすがの我とて、戦闘中に魔力を操作して抑えるのは難しいぞ? もし魔力を解放してしまえば、少なくともこの地域一帯は我の魔力に包まれ、人々は怯え、さらには魔力に寄って来た魔獣たちで溢れかえるだろうよ。だからお前が倒すのだ、クリス。少なくともこの地で一番強いだろう?」


 広大な田舎を包むほどの魔力量って、どんなだよ!?


 と、突っ込みたい気持ちを抑えて俺は体勢を立て直し考える。


 ヴァルは頼りにならないそうだ。それに、言っていることが本当かはわからないけれど、あながち嘘とも思えない。確かに、目の前の魔力よりもヴァルが封印から解き放たれた瞬間の魔力の方が大きかったからだ。それも、魔力感知が使えなかった当時の俺でも感じられたんだから、二人の強さは比べるまでもないのだろう。


 というか、ヴァルって、五百年前の戦いの傷?によって弱ってるんだよな。癒すためにも行われていた封印が最後までいって自動的に解除される前に俺が解き放ったから、治癒も最後までいってないらしいし。


 ……【原初の悪夢】って、完全体だとどんだけ強いんだよ。


 もう、異世界へ来てからというもの随分と経つ。八年だ、八年。魔法のこと、魔力のこと、獣のこと、魔物のこと、魔獣のこと。色々な設定、というか現実だから情報か、それらが混ざりに混ざったこの世界に十分驚かされ尽くしたと思っていた。けど、まさかここにきて多くの情報と存在に、これまで以上の驚愕をくらわされるとは。もしかしたら、まだまだこの世には知られざる情報がごろごろ転がっているのかもしれない。


「分かったから、せめてアイツの名前くらい教えてくれよ」


 それくらいはいいだろと、ヴァルを睨みつけてみる。すると相手は随分と簡単に答えてくれた。


「いいぞ。ヤツの名はグレイシャー・ドラゴン。災害級認定の魔物だ」


 災害級!? 嘘だろ!?


 それって、俺に勝ち目ないんじゃ……。


 魔物や魔獣、獣はその在り方に関係なく、級、つまりクラスで分けられている。それは人間が決めたものだから、当然人間にとって脅威であるかどうかという基準だ。


 領主である父さんは国から冊子を貰っていて、それに危険な生物についての情報とかが書かれている。一度書斎で目にしただけで、すぐに子供が見るもんじゃないと隠されてしまったんだっけ。


 だからちょっとしか覚えていないんだけど、確か上から順に天災級、災害級……といった感じで続いていて、ドラゴンの類は二番目に脅威の災害級認定だ。


 通常であれば軍隊が出動するということ。そのうえで多くの犠牲のものに勝利できるかどうかということ。それを俺一人が相手なんて、ヴァルはふざけているのか? もしかして、自分が悪魔だから人間の弱さがわからないんじゃ……。


「って、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」


 考えている間にも、グレイシャー・ドラゴンはその青い鱗に覆われた大きな翼をバッサバッサと揺らし吹雪を起こすと、俺を軽々と宙に浮かせてしまった。


 ふわりとした浮遊感を感じながら、魔力を纏う暖かい肌が少しだけ凍りそうになる。この異様な吹雪は恐らく全て目の前のドラゴンが原因だ。コイツを倒せば、この地の人も動物も、色々な存在が救われる。第一、こんな危険物放ってはおけない。倒さなくてはならないのは確かなんだが。


 竜巻と呼ぶに相応しい風に乗せられて、地上二十メートルほどまで上がった時、平然と地上に立っているヴァルと目があった気がした。主人のピンチに焦っている様子もない。そもそも、助ける気も無いのかもしれない。


 グレイシャー・ドラゴンが、翼を止めた。すると一気に風はぐるぐると旋回するのをやめて、今度は身体がぐわんという重力に引かれて落下する。


 無数の雪にぶち当たりながら、どんどんと身体は落下する。それでもまだ消えずに残っている風のおかげで、一、二秒での落下とはいかない。十秒か、二十秒か。ものを考える暇がある。


 それが良いことは悪いことか、俺には分からない。唐突な落下死はなくとも、恐怖を感じる暇が出来てしまった。


 そしてそれは、俺にある感覚を思い出させてしまった。


「落ちる」


 落ちる、落ちる、落ちる。


 ふわんと、ぐわんと、ぐをぉんと。


 身体は次々に速度を上げて落ちていく。


「駄目だ」


 嗚呼、死ぬ。これは死ぬ。


 あの時(・・・)と同じように。


「あの、とき?」


 それって一体、いつ。


「ぁ」


 そうだ、俺、忘れていたんだ。


 転生したことは覚えていたけど、前世の死に方、無意識のうちに記憶の奥底に閉まっていたんだ。


 そのくせして、無意識に飛行魔法を習得することを避けてたなんて。


 まさかそのせいで今、飛べなくて、二度も落下死だなんて、ほんと、ばかみたいだよ。


「いや、だぁ」


 怖い。心から怖い。空なんて嫌いだ。だって、落ちてしまうから。地に足が付かない。手は何も掴めない。


「こわぃよ」


 魔力など関係なく、身体は芯から冷えていく。震える声、凍る肌、痛くなる肺。


 それでも世界は、俺を地上へ引き摺り落とすことをやめようとはしなかった。


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