1-15.大寒波討伐前線
「おお! あれはもしや」とか意味不明なことを言い始めたヴァルに引っ張られ、小柄な俺は森まで訪れていた。
「はあ、は、あ、っはあ、ヴぁる、お、まえ、もちょっと、ゆっくり、だな、はしれ、ないのか」
息切れの限界を超え、寒過ぎるの後の熱すぎるを体験した俺の喉と肺は限界突破新天地へと向かっていた。なお、新天地にてのちに死亡が確認されそうになっている今現在である。
「なんだ、体力がないなあ」
「お前が体力化け物なんだよ」
「はっはっは、そりゃあ、【原初の悪夢】だからなあ!」
何を言っても通じそうにないので、俺は諦めて息を整えるべく口を閉ざした。
森は木々が凍っていて、タオルをぶん回せばすぐに固まってしまいそうなくらい。木々から垂れる氷柱に頭を攻撃されないように気を配りつつ、ヴァルの後ろを追いかける。
「なあ、帰ろうぜ? こんなとこに用なんてないだろ?」
というよりも、さっきのヤバそうな咆哮の持ち主に会いたくない。一回キリではあったが、絶対にヤバいヤツだよ、あれ。今のところ俺よくある異世界転生もののルート辿っているからさ、最強の存在を味方につけた今、次に出会うのは化け物しかないんだよなあ。だからほら、帰ろう??
「なに、安心しろ。我がいれば百人力、一騎当千よ。だから行くぞ」
「いーやーだーあー!!」
────ヴぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
「うわあ!」
嫌々と喚く俺の声をかき消すように、二度目の咆哮が被さった。体裁も気にせずヴァルの大きな背中に飛びついた俺は、足すらも地面から離したいと言わんばかりにヴァルをよじ登っていく。
「おい、やめんか。手で我の眼が塞がれておるぞ」
「だ、だってえ、今の絶対魔獣かなんかじゃん!! やばいヤツじゃん! 帰ろう! ヴァル、マスター命令だから! 帰ろう!!」
「お前の魔力操作の練習にちょうどいいではないか。行くぞ。我も二百年ぶりに身体を動かしたいのである」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああッあああああ!!」
またしても手を取られ、ヴァルの後ろを引きずられるようにして走る。足ブレーキをかけようにも、ヴァルの、悪魔の力にはかなわない。残念無念、おのれ悪魔。
地面に雪が積もっているとはいえ、引きずられるのは少々痛みを伴う。まあ、魔力を肌に纏わせたためか随分と痛覚の反応は軽減されているが。だが、いい年の大人がなかなかの美貌の少年の姿で悪魔に引きずられるというのはやっぱり悲しい。あり得ない。
ということで俺はいっそ開き直り、ヴァルを止めることは諦めてせめてこの先に何があるのか、どうするべきかの予測をしようと考え始めていた。
さっきの咆哮は、森で狼が吠えたのよりも大きかった。そもそも、あんな風に吼える生命体をこの森で見たことがない。この森にいるのは、前世でいうところのイノシシだとか豚だとか、牛みたいな動物ばかり。吼えるタイプじゃないのだ。
じゃあやっぱり、ただの風の音? にしては大きいけど、時と場合、人によっては狼の遠吠えと風の音を間違えるらしいしなあ。これだけの吹雪だ。木々と岩にぶつかって渦みたいになっていてもおかしくはないのかもしれない。
「な、なあ、ヴァル、お前はあの音、なんだと思う?」
走り続けながら、前方のヴァルに問う。息すら上がっていない悪魔は笑顔で答えてくれた。
「ん? そりゃあクリスよ、あれは魔物だな。ああそうか、魔力を纏っただけで、魔力探知ができぬのか。肌を覆う魔力で感じてみよ、一度神経を研ぎ澄ませて使用が可能になれば、簡単に探知が可能になるぞ。お前はそもそも魔力量が膨大だからな。人にしてはかなり正確にできるだろう」
長いセリフをひと思いに言ったヴァル。
にしても、魔力探知ねえ。なんと甘美な響きだろうか。
「よし、やってみようああああああ」
足元が雪のせいでバインバイン跳ねるものだから、情けない声を上げてしまう。が、まあいいとして。目を閉じるのはさすがに怖いので、開いたままで意識だけを研ぎ澄ませていく。
最初に、魔力を纏った肌がぼわんと温もりに包まれていき、鳥肌が立つような感覚がした。次第にぼんやりと、脳裏に何かが浮かび上がる。大きな大きな、青い魔力がこの先にあるのが分かる。これが魔力探知ということか。
「成功したか」
「ああ……ん?」
ヴァルに返事したのと同時に、何か違和感を覚えた。人間の姿のヴァルから魔力が感じられないのは普通のことだ。抑えてくれているから。だから違和感はそこじゃない。行く先にある青が違和感なのだ。
「なあ、ヴァル」
「なんだ~」
間抜けな声で返すヴァルに、俺が感じた違和感の根源を伝えてみる。
「この青い魔力、デカすぎねぇか?」
膨大な濃度と大きさの魔力は、そこにいる者が強者であることを知らせる。さらには、近づけば近づくほどに吹雪の嵐は強くなっていった。
「当然である。お前が気付いたから答えを言うが、さっきも言ったようにあれは魔物だ」
そういやそんなこと言っていたな。……え、魔物? 魔獣じゃなくて、言葉の通じるタイプのアレ?
「心配するでない。我がおるぞ、がっはっはっはっは!!」
はああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
叫ぶ暇も与えられずに辿り着いた俺が目にしたのは、青い青い、どこまでも青い、それでいて水のような透明感のある、周囲に吹雪を纏った一体の魔獣だった。いや、言葉が通じるから一人、なのかな。どうでもいいか、そんなこと。
「う、わあ…………」
とにかくそこには、もう溜息もヴァルに対する文句も口から出なくなるくらいに壮大な迫力と視線をこちらに向ける、俺にとって初めての魔物がいた。
「人間よ、オレを楽しませてみろ」
そいつが喋るとともに、周囲の吹雪が渦を巻き、あの音が鳴った。
ヴおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!
・魔力操作
肌に魔力を纏うとか、魔力を流すとか。
・魔力探知
魔力操作により肌に纏った魔力で、周囲のことを探ったり相手の魔力を測ったり。魔力操作の応用版みたいな。