1-14.流れる日々、寒すぎる雪の日
ドタバタの日常は過ぎて行き、ヴァルの部屋も無事に完成。本当に良かった良かった。これで俺の平和が少しだけ回復した。
「うむ、中々いいではないか」
満足げに自室を眺めるヴァルの視線の先には、ベッド、椅子、机、窓、洒落たカーテン、本棚など。
父さんがヴァルのことをひどく気に入り、母さんも息子の初めての使い魔だからと客人のように扱い、リーゼは一緒に遊んだりと懐いている。そのため、それなりに良い家具を手に入れやがったこのヤロウ。
秋も終わり、冬に入り。それは二月のことだった。
「今年の冬は寒いらしいな」
朝食の際に父さんが言った。
「そうらしいわね。ミラさんも、動物たちが外に出たがらないって言ってたわ」
母さんがトーストを持って喋る。
「吹雪くかもな。薪はいくらあってもいいだろう。ヴァルさん、あとで薪割り手伝ってくれるか?」
「薪割り、とな。いいぞ、暖炉にくべる用の薪を割るあれだろう。ちょうど良い運動になるわ、はっはっは!」
「ヴァルさんがいてくれりゃ、力仕事は百人力だな!」
「当然である! はっはっはっはっは!!」
それを横目に見ながら、黙々とトーストを食べる俺。残念だが俺では薪割りは難しい。八歳だから。成長したとはいえ、斧は持てないから。
「我に任せるのである、人間よ!!」
ああ、早く成長して俺が活躍したい。
***
数日後。
父さんとヴァルが割った薪のおかげで、暖炉の火は途絶えることなく燃え続けている。
北海道でも体験できなさそうなくらいの大吹雪。もはや家から出たくない、というか布団から出たくない日々が続く。
ヴァルだけは平気そうな顔で過ごしているが、悪魔には寒さ耐性でもあるんだろうか。どちらかといえば地獄の炎耐性がありそうなもんだが。
外は酷い吹雪で、これじゃあ他所のお家の家畜たちも呑気に草を食べられないことだろう。全く、異世界は農業に力を容れるべきである!
なーんてことを暖炉の前で座りながら考えていると、一層強い吹雪で窓が叩かれた。
「うわぁ」
「む、風が強まっておるな」
さすがのヴァルも大きな音が耳障りになってきたのか、「ここは一つ我が吹雪を燃やしてこよう」とかいう訳わからないことを口走りながら俺の隣から立ち上がってそのまま二足歩行で玄関へ向かって扉に手をかけ──
「ってちょおっと待ったああああああ!!!!」
開けたら寒いじゃねーかよ!
何やってくれてんだ馬鹿野郎と言おうと思って、あと扉閉めろよと言いたくて、大急ぎで立ち上がり駆け寄った。俺の人生最速のスタートダッシュだった。
だというのに、相手は何を勘違いしたんだか、楽しそうに笑って言った。
「おお、お前も、雪で遊びたいか。ならばよい、吹っ飛ばすのはやめて遊ぶとするか」
そう言うと俺の首根っこを物凄い速度で掴み、外に投げ出した。ぼす、と積もっていた雪に倒れ伏した俺。寒い。寒い。寒い。その横になぜかぼすっと倒れてくるヴァル。寒い。寒い。寒い。
「雪とはこうもきもちーのなあ、クリスよ!! 我二百年ぶりぞ!!」
何してくれとんじゃお前悪魔か!? 悪魔なのか!? そういえば悪魔だったなあああ!!!!
出会ってすぐは怖かったものの、大抵のところが人間と同じで、姿を変えている今では随分と我が家に馴染んでやがるものだから忘れてたわこの種族性格全面的悪魔!!
「さむいいいいいいぃぃぃぃいい~!!!!」
立ち上がったヴァルによって玄関の前が封鎖され、身震いするしかない俺。ああ、かわいそうな俺。寒さに震え、今にも凍死しそうな八歳児……精神年齢が二十五歳+八歳で三十三歳だって? 黙れ!!
「おいヴァル! 俺が凍え死ぬ前に家に入れろ!」
ああやばい、喉が凍えて来た、肺が痛いな、ロシアとかのめっちゃ北の地域に住んでいた奴らってこれよりやばい寒さなんだろ? 死ぬよ、それ。地球って結構やばい土地だよね、そこに住む人類もやばいよね、ってそんなことどうでもよくてだな。早くそこをどけヴァル、そして震えて動けない俺を今度は家の中に放り込めヴァル、そのうざったるい笑みをやめろヴァル。
「何を言っている、お前。力を体に巡らせてみよ。これしきの冷え、どうとでもなかろう?」
「何言ってんだお前、すげえ寒いっての。てか力ってなんだよ」
「魔力だ、魔力。なんだお前、魔力の流し方も知らずに魔法を使っておるのか。ああでも、そうだったな、我を目覚めさせた時も無意識に封印に魔力流しよったなお前」
うるせえ、あれは偶然だ偶然。
これだ、と言って俺の手を取ったヴァルは、辺りを見回すと、何やら目を閉じて念じ始めた。すると、どうしたことか。ヴァルの身体は薄く何かに包まれていく。どす黒い色のオーラだ。これを俺は見たことがある。確か、そう、あの瞬間しかない。封印が解け、姿を現したあの瞬間だ。
これが魔力というヤツなのか。すごく、何処までも果てしなく黒い、ブラックホールみたいだ。
ヴァルの皮膚が温かくなっていくのが分かる。ほんのりと、それでいて確実な熱が籠っている。なんと言うべきか、電流が流れているみたいな。
「よいか、魔力とは強者ほど濃く、強者ほど相手の魔力が正確に見えるものである。最強の悪魔である我の魔力は、弱者にすら分かるほど濃く漏れるものよ。それを日頃抑えておるのだから、どれほどすごいか分かるか? はっはっは!!」
俺は本当に、とんでもないヤツと契約しちまったんだな。
前世のラノベなんか目じゃないくらいの、とんでも展開だ。
「俺にもそれは、流せるのか?」
「うむ。さっきも言ったがお前は無意識に魔力を流すほどに、コントロールは最悪だが魔力量が豊富だ。魔力とは、本人の皮膚を覆うように在るもの。やってみればよい、温かくなるぞ」
コントロール最悪は余計な一言だ。
……しかし、魔力、魔力ねえ。魔法のことばかり気にして、魔力についての本は読んでいなかったかな。というか、当たり前のこと過ぎてそういった内容が書かれている本も少なかったのか。よく考えれば、魔法がありゃそりゃあ魔力があるわな。
「ええと、じゃあ、寒さも限界だし、やってみるか」
「うむ。今感じた我の魔力の流れをイメージするがよいぞ。クリスならばすぐにできる事だろう」
なぜかヴァルがえっへんとどや顔をかましているがそれは遠い遠い隅に永久に置いとくとして、冗談じゃないくらい寒いのでほんと早く魔力巡らせよ。てかヴァルがどいてくれればいいじゃん! 部屋の中で魔力の操作練習しようよ!!
なんだか森の方向からいっそ竜巻みたいな吹雪の音がするので、さっそく目を閉じて温かさを求めるとする。
「…………」
ぼんやりと、どこかで火が灯ったような感覚がした。眠りに付く時の、線が一か所に収束して点になる感覚と同じだと言ったら理解されないだろうか。
そのまま集中を続け、吹雪が世界を切る音も聞こえなくなるほどに神経を研ぎ澄ませていく。どこに灯りがあるのかが分かった気がして、そこへ視線を集中させていく。段々と宵闇に目が慣れていくみたいにして灯りが照らす光景が広くなっていく。光に呼ばれているような気がして、何と言っているのか教えて欲しいと、顔を見せて欲しいと、そう願い近づいていく。
「おお、中々良いぞ……これでこそ我の主人だな」
次の瞬間、瞼の向こうの視界が眩しすぎて爆ぜてしまい、瞳を開けた。すると、何と身体が温かく、魔力を身に纏うことができていて────
「あっつ!! あっつ! あっつ! ちょ、なにこれ、あっつ!」
熱い風呂に落とされたお笑い芸人よりもナイスなリアクションで俺は飛び回った。おかしい、足元は積もりに積もった雪、ましてや俺は家着だというのに、火傷したみたいに熱いぞ。
「魔力が濃すぎたようだな。熱が籠りすぎておる。さて、少し体を冷やすとするか」
「は!? ヴァルお前何言って」
見れば、俺の身体は黄金を超えて白いくらいの光に包まれていた。見続けると目が痛いな。
「ちょうど森の方が吹雪いておる。行くぞ、クリス」
ヴァルが人差し指を遠くの森に向けた。八歳の哀れな少年が、吹雪の中に主人を連れて行こうとするとんでもない悪魔と出会った森と同じ場所らしいぞお?
「誰が行くか馬鹿!?」
そう言おうと思った時だった。
──ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!
悪魔が行こうと、すでに数歩進み始めているその方角から、この世の者とは思えない咆哮が轟いた。
「吹雪の音じゃあ、ない、よな……はは、は」
魔力には色があり、基本それは変わることはありません。しかし、幼少期は魔力が不安定かつ個人のスタイルが確定しきれていないため、ぶれやすいです。
【原初の悪夢】たちのように、個が確立されている者たちは、色がぶれることはそうそうありません。99.9999999%ないと思っていいです。
よって、ヴァルは黒を司る悪魔のため、魔力は一生黒でしょう。以上、天気予報ならぬ魔力予報でした。




