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天魔の獄  作者: take
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はじまり

華宮(はなのみや)》 

鳥宮(とりのみや)》 

風宮(かぜのみや)》 

月宮(つきのみや)

『四宮家』と呼ばれ、過去から現在に至るまで国の表、裏社会を問わずに勢力を持つ四つの家系の。

成人と同時に鳥宮当主の座についた連鶴(れんかく)は優れた手腕により鳥宮の地位をより強固なものとし、その容姿から「白翼の君」と称された。


鳥は魂を運ぶもの。

神と人、幽世と現世を繋ぐもの。

鳥宮は二つの世界を結び、断つ。

何人たりとも触れることは叶わない。


粗末な衣を纏った傷だらけの男が連鶴の屋敷の門前に現れたのは三日前だった。

衛兵に制止された男はその場に跪いて言った。

「鳥宮様への突然のご無礼をお許しください!」

そう言うやいなや、額を地面に擦り付けながら続けた。

「村が化け物に襲われています。どうか、どうかお助けください!」

傷だらけの体を庇う様子もなく、涙を流して懇願する男の只ならぬ様子に衛兵も困惑している。

そのうちに騒ぎを聞きつけた連鶴が門前に姿を現した。

絹糸のような純白の髪。輝く腰まで届く長髪は一歩ごとに揺れて光を反射して輝く。

その髪とは対照的に墨で染めたような漆黒の着物。黒足袋に黒下駄。

その息を吞むような美しさを目の当たりにした者は大抵は言葉を失うが、男も例外ではなかった。

束の間の静寂は響いた鳥の鳴き声によって破られ、男はふと我に返る。

そして連鶴が口を開いた。

「まずは傷の手当を。その後でお話を伺いましょう」

優しく穏やかで、しかし良く通る声だった。


傷の手当を受けて落ち着きを取り戻した男は、己の村の惨状を話し始めた。


「本当に突然だったんです。俺が村へ戻った時には物凄い数の化け物に襲われていました。

 我々は山の人間だから熊や猪なんかの獣には慣れっこですが、あれはそんなもんじゃなかった。

 誰が生きていて誰が死んでいるかもわからないような有様で、気が付けば逃げ出していました。

 仲間を捨てて」


虚ろな目で話す男の目から再び涙が零れていた。


「その”化け物”とはどのような見た目をしていましたか」

「はっきりと思い出せません。思い出せるのは地面に倒れた仲間達だけで」

申し訳ありません、と男は頭を下げる。

「一見して獣じゃないと感じたことは覚えています。あと、大きさは俺の腕と同程度だったように思います」

そう言って自身の肘から先を指さしている。


数えられない程の大群で村を襲う十寸程度の生物。

一体どんな生物なのだろうか。

話だけでは見当も付かない連鶴だったが、村民を根絶やしにするほどの脅威を見過ごすことは出来なかった。

「私共にお任せください」

そう言って連鶴は男の村へと向かう準備を始めた。


村に近づくほどに、山の異様な雰囲気は増していく。

鳥の声が聞こえない。

連鶴は空を見上げながら歩を進める。

深山幽谷と呼ぶのが相応しいような山中を進んでいるにも関わらずこの山からは生物の気配を感じない。

そんなことがあるだろうか。やはり、これは只事ではない。先を急がなければ。

顔を覗かせる得体の知れない不安に蓋をして連鶴は先を急いだ。


連鶴は村の入口を示す看板を見つけるとそれに従って更なる山中へと足を踏み入れた。

村へと続く道をほんの僅か進んだだけで、山の異常な様子の原因を目の当たりにする。


何もない。

それが連鶴の頭に浮かんだ言葉だった。

木々だけではない。本来生い茂っている筈の植物や居る筈の動物の姿も見えない。

そこにあるのは全てを失って土や岩が露出した山肌のみ。

逃げ延びた男の話ならば連鶴の居る地点は既に村内に入っているはずの場所であった。

しかしそこに村は疎か他の何物も存在していない。

緑と土の境界線上に立ちながら連鶴は推測した。


特定の範囲内にのみ作用する何らかの力の発生。

その力は動植物を消滅させるが土や岩には影響を与えない。


連鶴は境界線内に立ち入らないように、周辺に残る木々を確認した。

その力に晒されたであろう境界線上の木々には現在に残る異常は見当たらず、僅かな

魔素の残渣も感じ取れない。

その事実は連鶴に更なる混乱を与えていた。

魔素の残渣がないということは、この現象は魔力によって引き起こされたものではないのだ。

思案していた連鶴がふと視線を上げたその時、木の幹、表皮の一部を失った部分が目に入った。

幹に残る傷跡。それは食痕だった。

そうして連鶴は一つの結論を導き出した。

この現状は”化け物”による食事の結果なのだ。


突然現れた”化け物”。

深山にある村周辺を食らい尽くす程の食欲と、数え切れない程の大群。

魔力を持たない生物。


それは連鶴の知る如何なる生物にも該当せず、更に不可解な点が連鶴を苦しめる。

これが食事の結果であるならば。

連鶴は周囲を見渡す。

その”化け物”はどこに消えたのか。


連鶴は手掛かりを求めて境界線上を歩く。

この被害は村の中心からほぼ真円状に広がっている。

実際に見てみなければ何もわからないか。

連鶴がそう考えて境界線内に足を踏み入れようとした瞬間

木々の影から何かが襲いかかってきた。

連鶴は咄嗟にその周辺に結界を張り巡らせる。

不可視の壁に閉じ込められた”何か”は脱出を試みるように暴れ回っている。


これが件の”化け物”だろうか。

この姿は蝗?

それは一見蝗に酷似した外見をしている。

しかし通常の蝗を遥かに上回る大きさ、全身は黒く、異常に発達した歯を有している。

確かに魔力は感じ取れない。

が、本当に自然界に生まれたものだろうか。


籠に捕らわれた蜻蛉のように、結界内に体をぶつけ暴れまわっていた蝗が突然動きを変えた。

一対の複眼が明確な意思を持って連鶴を見据えている。

そして、連鶴と自身を隔てる結界面に対して一心不乱に喰らいつき始めた。


その不気味な様子に後ずさりした連鶴だが、次の瞬間に戦慄が走る。

白い肌に汗が滲む。


強度が下がっていく。

この生物は結界を捕食している。


かつてない事態に動揺する連鶴をよそに、一対の複眼は連鶴を捉えながら口を動かし続ける。

破られる。

そう確信すると同時に連鶴は祝詞を唱え、上位結界の詠唱を開始する。


蝗が結界を喰い破るのと、連鶴による展開は同時であった。

己を閉じ込める壁を喰い破り、連鶴に襲い掛かろうとした蝗はまたもその身体を捕らわれる。


ふう、と連鶴は息を漏らす。

危ないところだった。

そう安堵した連鶴は更なる絶望の淵に叩き落される。

蝗は再び結界の捕食を始めている。

しかも、それは先ほどよりも明らかに速度を増している。


私の術に適応している。

まさかこの生物は捕食対象の力を奪っているのか。

駄目だ、間に合わない。


上位の結界すらも喰い破った蝗を邪魔するものはもう何もなかった。


蝗が連鶴に襲い掛かった瞬間。

その体は霧散した。


心臓の鼓動が痛いほどに体に響く。

蝗が霧散した後も連鶴はその場を動けないでいた。

私の手に負える事態ではない。早く帰って先生に伝えなければ。

そう思っていても、直前に感じた死の恐怖は連鶴から気力を奪うのには十分だった。


一体あれは何だったのか。

本当に自然界の生物なのか。

なぜあの瞬間に突然消滅したのか。


そんな事を考えながら土と岩だけの光景を眺めていると、近くに動く影が見える。

影は小さく、ふらふらと覚束ない足取りで連鶴の方向へと向かってきていたが、力尽きたように

その場に倒れ込んだ。


生存者か、あるいは。


連鶴が近づくと、そこにはいたのは十歳にも満たないであろう少年だった。

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