第1章 亜人族の勇士(1)
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「クアン! 大長老様がお呼びよ――」
ジャカが呼ぶ声がした。しかし今はそれどころじゃない。
目の前のコイツを何とかしなければ、動くことすらかなわないのだ。
「クアン! クアン! ねえどこにいるの? きこえてるでしょ?」
(だーかーらー、今はダメなんだって、邪魔しないで――)
「あ! こんなとこにいた! クアン! 早く行きなさいって!」
「あ! あ―――――!!」
クアンは大声で叫んだ。
「な、なによいきなりそんな大声で!? びっくりするじゃない?」
ジャカが少し引き気味にクアンに投げかける。
「あー……。いっちゃった。もう少しで捕まえられたのに~」
「何のことよ?」
「ジャカの大声で、飛んで行っちゃたんだよ! ケメルヒダラマダラ!」
「てめえひるまだか?」
「ケメルヒダラマダラだよ。なんだよ、昼まだか? って」
「だってそう聞こえたんだもん」
「蝶々、だよ。羽が透き通っていて太陽にかざすと虹色に見えるんだ。ここハアルジーンの世界でも最近とても少なくなってる種の一つだよ」
「はあ? 蝶々? 何なのよ、それ? そんなのどこにでも飛んでるじゃない! そんなことで、私は驚かされたの? そ、ん、な、こ、と、よ、り~、早く大長老様のとこへ行きなさい!」
「わ、わかったよ! はい、はい、行きますって――」
言うなり、クアンはジャカの目の前から走り去っていった。
ジャカはその後姿を眺めていた。
ほわほわのしっぽがぴょんぴょんと跳ねるのがかわいらしい。
あの子はいつもそうだった。
ジャカはその後姿を見ていてなんだか急に不安がよぎる。
なんだかそのまま遠くへ走っていくようなそんな気がして胸が締め付けられるような気がした。
この時のジャカの予感は当たることになる。
ジャカは望んではいなかった。しかし、クアンを止めることは出来なかった。結局、人は自分の思う通りに歩くものだ。
ジャカはいつでもクアンの味方であってあげないといけない。世界中みんながクアンの敵になっても、ジャカだけはクアンの味方でいないといけない。
それがジャカの決めた「歩く道」だった。
そして、クアンが「行く」と決めた。それがクアンの決めた「歩く道」なのだから。
だから――、
私はあの子を応援する。
ジャカはそう心に決めたのだ。
大長老様の館までクアンは走った。
しっぽがぴょんぴょんするのは昔からの癖だが、その方が速く走れるから別に気にしない。
「ぴょんたが走ってるぞ!」
「ぴょんた! ぴょんた!」
周りの同年代のものたちが囃し立てるが、あいつらの中でクアンほど速く走れる奴は一人もいない。それをクアンは知っている。
だからあいつらがそう囃し立てるのは、いわゆる、「やっかみ」というやつだ。そんなやつらのいう事には何の価値もない。気にする必要などないのだ。
疾風のように街を駆け抜けると、最奥の地区にその館はある。大長老様の館だ。
玄関前のポーチに辿り着くと、そこで急ブレーキをかけて止まり、扉をノックする。
「はいれ」
と中から声がしたので、言う通りに扉を開けて中へ入った。
「やっとお出ましか、クアン。お前に任務だ。南のレカルラートの大滝まで行って、客人をお出迎えしろ。そしてここまで案内するんだ」
大長老様がクアンにそう告げた。
「え? 僕がですか? ほかに誰でも行けるでしょう?」
「お前が、だ。誰もお前ほど早くそこへ到達できんのだからな。お前が一番早い」
「今走って来たところですよ? まだ走れと?」
「走るのが嫌なのか?」
大長老は知っている、この子の答えはいつも、「ノー」だという事を。
「いえ、走るのは嫌じゃないです」
「だったら、決まりだ。客人はエリシア様の使いのものだという。丁重にここへお連れするんだぞ? わかったら早くいけ」
「エリシア様の使い? それって、人間なんですか?」
「大丈夫だ。見えないものじゃない。ちゃんと話も通じるとエリシア様はおっしゃられた。まあ、姿は少し違うかもだがな」
そう言って大長老様は自身の体を指し示した。
大長老様の体とクアンの体はそうたいして違わないはずだ。全身を毛でおおわれていて、しっぽもちゃんと付いている。耳だってしっかり頭の上についている。
クアンとさほど変わらない。まあ、大長老様はずいぶんとお年寄りだから、眉毛が長く白くなっているが、おなじ人間だ。
僕らと姿が違うって、それって本当に人間なのだろうか?
「早く行け、日が暮れる前には到着されるはずだ。帰り道の途中で日が暮れるかもしれぬ。道を間違えるなよ?」
「大丈夫だよ、大滝までは週に一回は走ってるから、道もちゃんと覚えてる~」
いいながらクアンは扉から出て走り去っていった。
(エリシア様の御使いって言うんだから、とても立派な方なんだろうな――)
クアンは新種の蝶々を発見するかのようなわくわくに胸を躍らせながら、レカルラート大滝へ一目散に駆けた。
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