#001 さらば青春、私の人生
ジリリリ、ジリリリ、ジリリリ。ガチャ。
朝っぱらからけたたましく鳴り響く目覚まし時計をたたき、眠い目をこすりながらベッドから這い出した。特別な日であるはずの今日でさえ、朝にすることはいつもと何も変わりはしない。
「特別な日」。今日は私、成瀬結の高校の入学式なのだ。普通ならもっとわくわくしたり、ドキドキしたり、そういう青春時見た気持ちが胸の奥底から湧いてきてもおかしくない、そんな一日。
だけど、私の気持ちは平たんなままだ。
だって、そうだろう。
高校に入学するからと言って、何が変わるというのだ。
なるほど、確かに同級生たちの顔ぶれは変わる。その変化は、友達とつるんでいないと死んでしまうような人たちにとって、とても重要なものなのかもしれない。
でも、と私は思う。
でも、私にとってそれは大して重要なものではないのだ、と。
そもそも私には、中学のクラスメイト達とのかかわりがほとんどなかった。当然、友達もいなかった。
クラスメイトの顔ぶれが変わったところで、それは、「知らない人たち」が別の「知らない人たち」になっただけ。クラスメイトの顔と名前なんて、満員電車でたまたま同じ車両に乗っているサラリーマンの顔と名前と同じくらいには、どうでもいい。
高校に入ったって、こんな私の性格がどうにかなるわけじゃない。別に、直したいって思っているわけでもないし。
だから、私はいつも通りの仏頂面で、イヤホンをつけて周りと自分を遮断して、高校までの道のりを一人で歩いている。
だんだん、周りを歩く人が増えてきた。
みんな、真新しい制服に身を包んでいる。もちろん、私も含めて。
親と一緒にいる人、友達と一緒にいる人、私のように一人で歩いている人。この中の何人と、私は関わっていくことになるのだろう。
卒業した後に思い出すとしたら、誰と、どんなことをしたことを思い出すのだろう。
…たぶん、なにも思い出さないんだろうな。だって、私には友達がいないから。これからも、友達なんてできないだろうから。
別にさ、この性格を直したいって思ってるわけじゃない。他人の顔色ばっかうかがってるような、そんな人間になりたいわけじゃない。そういうわけじゃないけどさ…。
やっぱりちょっと、憧れるな。青春って言葉に。
ふとスマホを取り出し、唯一ブックマークにしているサイトを開いた。「そうだ、作家になろうよ」、略して「なろう」。日本最大の、ネット小説のプラットフォームだ。
私はこのサイトに、時々小説を投稿している。ユーザーネームは成瀬結。本名にするのはどうかな、とは思ったけど、どうせ私を気にする人なんていないしさ、リアルでもバーチャルでも。
いくつかの短編小説を投稿したけど、ブックマークもポイントも感想も、ほとんどつかない。まあ要は、才能がないってことなんだろう。
リアルではぼっち。バーチャルでは底辺作家もどき。私のいる意味って、なんなんだろうな。
なんとなく確認してみたけど、ブックマークが増えているわけでもなく。
はあ、とため息をついてスマホをポケットに戻そうとしたとき、ドン、と強い衝撃が私を襲った。思わず尻もちをついてしまう。
「いったあ…」
何か、いや誰かにぶつかったらしい。歩きスマホをしていた自分のことは完全に棚に上げ、ちゃんと周り見て歩けよ、と思った。すぐに立ち上げっておろしたての制服についた汚れをパッパと手で払い、黙って足場やにその場を去る。
誰かが私に向かって何かを言っているような気がした。まあ、きっと私がぶつかった相手だろう。何か文句を言っているのかもしれない。足を止めてみてもいいんだけど、もし振り返ったその先にいかつい男がいたりしたら、嫌だ。それは困る。
触らぬ神に祟りなし。ここは、黙って歩き去ってしまおう。とはいっても、もうとっくに触ってはいるんだけど、ね。
少し歩いてみて、あれ、と思った。何かがおかしい。何かが足りない。不思議と、いつもよりも周りの音が聞こえてくる。
…あ、そうか。イヤホンがないのか。
いつもしているイヤホンがないから、何か足りない気がするんだ。
あれ、でも、さっきまでは確かイヤホンつけてたよね…?
嫌な予感がして、バッと後ろを振り向く。…予感、的中。
たくさんの人が同じような服(というか同じ制服)を着て歩いている中で、なぜだか私の視線は小走りでこちらに向かってくる一人の男に収束した。もしかしたら私が自意識過剰で、私の方に走ってきているんじゃなくて学校に向けて走っているのかもしれないけど。
でも、なんていうかこう、ああ、こいつだ、って思った。
私がぶつかったのがこいつで、私に何かを言ったのもこいつだったんだ、ってすとんと落ちてきた。
初対面の人を「こいつ」呼ばわり…。人として、というか年頃の女の子としてどうなんだろう。もちろん、口に出していったりなんて絶対にしないけど。これでもいちおう、WEB小説家。底辺だし、コミュニケーション能力なんてものもあいにくほとんど持ち合わせていないけど、自分の使い分けくらいはできるかれね、さすがに。
「大勢の」と言ったら大げさだけど、それなりの数の人間がいる中で、そいつの顔だけは私にとって「意味のある顔」だった。周りにあふれる「意味のない顔」の中で、私の目はそれに釘付けになっていた。
金髪で、ピアスで、デカくて、いかつい。一瞬見ただけで、明らかにこっち側の人間じゃないとわかる風貌の男が、なぜか私と同じ新品の制服を着て小走りで向かってくる。なかなかにホラーだ。サイズがあう制服がなかったのか、服越しに体のラインが出ている。とにかくいかつい。ボディビルダーみたいな見せるための筋肉じゃなくて、もっとこう、格闘家みたいな、敵を倒すための筋肉。そういう感じの肉のつき方をしている…ように見える。まあ私。スポーツとか全然興味ないんだけどね。
満員電車の中でもその人を中心に半径一メートルの範囲には誰も近づこうとしないような人、と言えばわかりやすいかな…。それだと少しアブナい人な感じがしちゃうから、適切じゃないのかも。まあ、危ない人であることは確かなんだろうけど…。
で、そんな危ない人がこっちに向かって走ってきている。ちなみにたぶん、私はその人にぶつかって、ろくに謝りもせずに立ち去ってしまっている。
…終った。始まりもしないうちに、私の青春は、失われてしまった。
あんなのに目をつけられたら、学校に通うどころの話じゃない。高校三年間、ずとつけねらわれることになる…。
まあ、もともと青春なんかに期待してないんだけどさ。
そんなことを考えているうちに、その危険人物が私の高校生活を終わらせにやってきた。あまりの迫力に、思わず背筋が伸びてしまう。
「なあ、君。さっきぶつかったよね」
「は、はい。ぶつかったのは、私です…。でも決して悪気があったわけでは…」
「大丈夫だった? ケガしてない?」
「…へ?」
「え?」
少しの間、流れる沈黙。お互いに困惑しているのが伝わってくる。
だってさ、「大丈夫だった? ケガしてない?」だよ、この人が言ったの。信じられるわけないでしょ、この見た目で人のこと心配するなんて。
聞き間違い? でも、確かに言ってたと思うんだけど…。
「え、今、大丈夫ですかって言いました」
「うん、行ったけど」
「…」
「どこか痛いとこない?」
「あ、はい、大丈夫です。どこもケガしてないので、特に問題は無い、です。」
もしかして、この人は割といい人だったのだろうか。ぶつかった女子のことを気遣うのは当然と言えば当然なんだけど、この見た目でそれをされるとすごい良い人に見えてくる。やっぱり、見た目って大事だ。
青春の危機も去り、早く高校に行こうとすると、またさっきの人が口を開いた。
「あ、あと、このイヤホンとスマホ、君のだよね。成瀬結、さん?」
「…」
なんでこの人、私の名前知ってるの? 私、この人と会ったことないよ!? こんな特徴的な見た目の人、もし会ってたら忘れるわけないし。
「ああ、ごめん。拾ったときスマホの画面がついてたから、ちょっと見ちゃったんだ。なろうのページ開いてたから、そこだけ。そこのユーザーネームが成瀬結だったから、そういう名前なのかなーって」
…あれを、見られた? あの恥ずかしい小説の数々を? もう数年もしたらただの黒歴史の集積に残るであろうあの私小説の数々を?
前言撤回。私の青春、もうすぐ終わりそうです。
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