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08 覚悟

08 覚悟


 サラセン兵の死体で『新市街』と『旧市街』を繋ぐ橋は埋め尽くされている。だが、奴隷を主とするサラセンの親衛歩兵軍は引くことはありえない。進めば死、だが、進まなければ司令官による処刑による死が、若しくは背後に控える監督士官の手での処刑が待っているのである。


 進まなければ確実な死、であれば、進んで死なない可能性に賭ける……それがサラセンの軍団の兵士の心理でもある。


 少なくとも、皇帝在世四十余年の中で三十回の遠征を行っている美麗帝の御代に生まれ兵士となったからには死ぬのは当然なのだ。司令官である宰相メフムにおいてさえ、若かりし頃一兵卒としてウィン包囲の軍に参加し生き残っているのだ。




『城塞』に戻ったオリヴィはニコロに美麗帝が既に没していることを告げた。


「やっぱり死なねばならないようだな」


 帝国の皇帝に仕える武人として、南スラヴァの貴族として、ニコロとその一党はここでサラセン軍を食い止める為に血を流す必要がある。


 南スラヴァ人たちが配される旧大沼国領の帝国支配地域の維持の為、帝国は『対サラセン予算』として年間金貨五十から六十万枚を必要としている。対して、当該地域の税収は二万七千枚相当。全く足らないのである。


 そこで帝国皇帝は、『サラセン税』を帝国内の諸領邦に課している。王国も百年戦争を機に国防のための課税を行うようになったのだが、大沼国が崩壊して以降、帝国においても類似の課税を行うようになっている。この収入が金貨十四万枚ほど。さらに、帝国諸領邦からの『支援金』が金貨二十六万五千枚程度となり、担税力のない南スラヴァの軍事力を支えている。


 つまり、金を貰って役割を引き受けた以上は血を持って支払わねば、生き残った一族郎党含め帝国に居場所は存在しなくなってしまう。


「この城塞を落として、『美麗帝の戦勝』で最後を飾りたいということね」

「そりゃ光栄だな。本来はウィンを落として終わらせたかったんだろうが……」

「あの外郭を見て、不可能と悟ったのでしょうね。最後に撃退されましたでは『美麗帝』の最後の遠征としては情けないもの」


 小さくても過去に遺恨のある『ニコロ・シュビッチ』が守る『シゲット』を陥落させその命を奪う事で、勝利はある程度喧伝できる程度の内容になる。次こそは帝都ウィンを攻略するとするのであろうか。


「犠牲を度外視してでも攻撃は続行されるでしょう」

「仕方ねぇか。交代で休息を交えつつ、出来る限り昼夜を問わず防御を継続する。防御しやすい箇所まで徐々に後退しながら旧街区で市街戦を継続することになるか」


 建物が新街区以上に複雑に入り組んでいる旧街区は、攻めるに難しいが、守においても街路が狭く、あちらこちらから迂回も可能な為、数の多いサラセン相手をするにはいささか難しいのではないかと考えている。


「いや、『城塞』に架かる橋のたもと周辺に『土』魔術で複合的な土塁を作る。その上で、城塞から大砲も引き出してそこに据え付け、銃座もそなえられないかと思ってな」

「……できなくはないけれど、図面はそっちでひいて貰える? 構築はさほど時間もかからないから」

「助かる」


 サラセンの撤退はあり得ないと確認し、いかに多くの血を流させるかにニコロの思考は完全に切り替わる。火薬は十分にあり、陣地の構築もオリヴィの魔術で問題なく完成する。時間を掛けて幾重にも張り巡らせた防御陣地は、あえて避けた帝都ウィンを思い出させることになるだろう。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 前線の兵士たちは、美麗帝の死を当然知らされていない。攻略は美麗帝の意思であり、仮にそうでなかったとしても後退すれば死を賜ることになるのであるから、美麗帝の生死は攻め寄せるサラセン兵には全く関係がなかった。


 装備の劣悪な兵士が徐々に攻め手に加わるようになる。これは、ニコロ軍の兵士を消耗させるための捨て駒の度合いが強い徴募兵主体の攻撃となっているからだろう。


 戦う技術を碌にもたず、遥か彼方から運の悪い農民たちが集められ仮初の装備を持ち背後の騎士達の剣におびえながら、ニコロ軍の護る陣地に攻め寄せてくる。幾度も幾度も。


 一人一人の能力は低くとも、相手にするニコロ軍の戦士は疲労が積み重なる。特に、残ったものは『ベテラン』と言えば聞こえがいいが、ロートルに近い者たちだ。一日で決着がつく野戦であれば、その経験と知識が生かされることだろうが、幾日も続く昼夜を問わない攻撃による疲労の蓄積は、頭と体の動きを鈍らせ、未熟な徴募兵相手に手傷を負い時には命を失う。


 銃や大砲で打ちのめすほうが、この手の雑兵を相手に戦うには良い手段なのだろう。




 旧街区入口の橋のたもとで時間稼ぎの戦闘が継続する中、オリヴィは貰い受けた図面を基に、『土』魔術による陣地を形成していく。当然、射撃からの遮蔽物となりそうな建物を魔術で打毀し、『城塞』に続く橋の周辺は建物のない開けた場所となる。


「この辺りまででいいかしら?」

「屋根の上に登ればもう少しマスケットの射程も伸びますから、もう一つ先の街区迄更地にしましょう。もしくは……」


 ビル曰く、明け渡したのちに新街区側に残す事になる建物にサラセン兵を逗留させ、建物に火を放つ……という提案をする。ビルが『精霊化』することで、容易に建物を火の海にすることができるだろう。


 幸い、射界を確保するために『城塞』側は建物を取り壊しているので、延焼することもない。


「いいんじゃない? 序でに持ち込んだ火薬でも爆発してくれるとさらにありがたいわね」

「善処しますよヴィ」


 進むも地獄、退くのも地獄のサラセン軍に留まるも地獄が加わる事になる。


「そろそろ親衛軍がでてくるかしらね」

「銃を装備しているのはやつらですから、突撃は徴募兵に任せて、広く展開して背後から射撃をするでしょうね」


 親衛軍の兵士は、元御神子教徒の子弟であり、十歳になる前に親元から引き離され皇帝に仕える『奴隷』の身分となる。厳しい訓練を受け、家族を持つことなく皇帝と軍に忠誠を誓う存在である。


「美麗帝の最後を飾るとすれば、相当本気で仕掛けてくるでしょう」

「上の人間は皇帝の死を知っているでしょうから。最後の『城塞』に向かう橋の上での戦闘は、相当苦戦しそうです」


 石もしくは橋で出来た橋の上をオリヴィの魔術で加工することは事実上不可能だと言える。例え魔術で加工したとしても地面と異なり橋桁で支えることができない重量になるからである。


「如何にここで相手の攻撃を防ぐかかしら」

「それと、旧市街にサラセンが大砲を据え付けて、対岸の『城塞』に射撃を開始した場合も考えねばですね」

「はぁ。まだまだ私の仕事は尽きそうにもないわね」


 溜息とは裏腹に、授けられた図面を基にオリヴィは陣地を構築していく。土塁の死角を作らせないように『星型』と呼ばれる先端を尖らせたものを形成し、銃撃しやすいように胸壁を形成していく。


 大砲の直撃を吸収するように、土塁の上部以外は比較的柔らかな土で斜面を覆う。駆け上る際も、脚がうずまる程度に柔らかくしつつ、崩れないように内部はしっかりと硬化させる。


 並みの魔術師であれば、一区画でも魔力が枯渇するであろう内容を、延々数百メートルに渡り一人でオリヴィは成型していく。


 そこに、ニコロ・シュビッチと側近・護衛が現れる。


「どうかしら」

「立派な墓山だなオリヴィ。これだけのものは、中々つくれないだろうぜ」


 一通り作り上げた土塁陣地を確認し、大砲を据え付ける場所などを再度側近たちと確認していく。オリヴィがニコロに話しかける。


「あんたの墓なんだから、それなりの物にしないとね」


 戦友の最後を飾るに相応しい戦いを演出する防御陣地。それに相応しいかとオリヴィは問う。


「そいつは有り難い。これなら、みんなで十分入ることができそうだ。なあ!!」

「「「「Wow!! Wow!! Wow!!」」」」


 この地を死に場所に選んだ戦士たちが声を合わせる。どうやら、オリヴィの仕事は戦士たちに満足を与えることができたようだ。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 新街区から旧街区に侵入したサラセン兵の士気は大いに上がっていた。橋のたもとの狭隘地で半包囲されたまま、消耗戦を強いられる場合、相手が疲弊し戦力が擦り減るまで、攻め手も相応の出血を強いられ続けるからだ。市街に入れば、数の優位が生かせる。


 橋の手前で防御するとしても、市街地では数に勝るサラセン軍がニコロ軍の兵士を押しつぶすように三方から逆に半包囲できると考えていた。つまり、防御をしてもこちらが有利、防御を捨てて『城塞』に籠るのであれば、サラセン軍は旧市街から城塞に向け架橋を行い、現在の橋以外から城塞へと部隊を進めると同時に、砲撃を加え、城塞の防御施設を破壊し守備兵の士気と体力を削ぎ落そうと考えていた。


 ところがである。


「なんでこんなに市街地が開かれている」


 Pow!!


 Duuunn  !!


 橋の手前には、土塁が築かれその土塁の上には幾門かの大砲が据え付けられており、打ち出された金属の砲弾が地面をバウンドし自分たちへと撃ち込まれ始めた。


「い、一旦後退を!!」

「さ、左右に散開!!」


 そして、二段に形成された土塁の奥からは大砲、手前からはマスケットや弓による射撃が開始される。奥の一段高い土塁・城壁とは200mほど、手前のやや低い土塁からは150mほど離れているだろうか。


 土塁の手前は深く掘り下げられているようで、その土を持って土塁を築き上げたと思われる。それも、僅か一日で。




 二重の土塁は、その昔、『蛇の巣』とサラセン人に言わしめたドロス島の新造された陸上側の堡塁を基にニコロが依頼し、オリヴィが『土』魔術で構成したものだ。


「どうかしら」

「悪くない。ここで数日、できれば十日は守り抜きたいものだ」


 二段にした土塁の間は二十mほどの奥行で掘り下げられており、外側の土塁の手前もそのように加工してある。沼地ゆえに水を引き込んであり、進む側からすれば水に浸りながら前進する必要がある。


 その為、火縄が濡れる事を考えると銃は使えず、また、水の中を進む故に、重量のある防具も身に着ける事は難しい。『蛇の巣』はドロスの商業港と軍港を守る巨大な城塞都市であったが、島を深く削り海水を引き込む様な仕様にはなっていない。だが、『シゲット』は沼に浮かぶ島。容易に濠へと変えることができる。


 外側の城壁をわざと奪わせ、内側の城壁から攻撃しやすくするということも一つの工夫となる。これは、増援が送りにくく身を隠す場所も内側に対しては用意されていない場所で、絶え間なく攻撃される環境に置かれた敵兵が容易に消耗すると考えられるからだ。


「それでも、永遠に守ることができるわけではないでしょうね」

「ああ。だからこその十日だ」


 夏が終わり秋を感じ始める時期、あと半月も粘ることができればこの地には早い秋の終わりそして冬の気配が訪れる。四十年前のウィン包囲も時期としてはこの少し後、そして秋の半ばには撤退を開始した。野営を冬季に行う事は、何もせずに兵を殺す事になるからである。


「ここで十日、城塞でもう十日粘れるなら、この城を落としてサラセンは本国に戻らざるを得ない」


 小さな勝利と引き換えに、次の遠征まで十年以上の時間をこちらは得ることになるだろうとニコロ・シュビッチは考えていた。



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本作のスピンオフ元
『灰色乙女の流離譚』 私は自分探しの旅に出る
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本作とリンクしているお話。リリアルを中心とする長編です。
『妖精騎士の物語 』 少女は世界を変える

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