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05 来訪

05 来訪


 サラセン軍は、歩兵八万、騎兵二万に大砲三百を持つ軍で街とその周辺を包囲した。包囲されているニコロ・シュビッチの軍の戦力は二千数百。その戦力はほぼ重装の歩兵戦力が主であった。これは、美麗帝の親衛軍歩兵に近い装備であると考えて良いだろう。


 先遣隊に次ぎ、本隊も陣を展開、既に美麗帝は自ら立ち上がれないほど消耗しており主に輿に乗り移動せねばならない状態であるという。実際の指揮は宰相メフムが行っている。


「流石十万の軍ね。まだまだ後から来るんじゃない?」

「この周囲だけに全軍を配置するのは難しそうですね。恐らくは、長陣になるのではないでしょうか」

「そんなことしたら……って、まともに迎撃する戦力はもうこの辺にはいないのよね」


 多数の騎兵を後方に配置し、帝国の軍の接近が知らされれば、一部の警戒部隊を残し、帝国軍に向かえば問題ないと考えているのかもしれない。


 歩兵八万のうち、精鋭親衛軍団に相当する者は一万強。これは、最終局面で使用されるであろうサラセンのとっておきの部隊である。マスケット銃を装備し、神国で強兵とされる歩兵部隊の元となった存在と目される。


 全員が元御神子教徒の少年であり十歳前後で親元から連れ去られた元沼国やスラヴァの少年たちである。文官と武官で進路が分けられ、武官なら親衛軍団に、文官であれば官僚となりサラセンの帝国の支配を支える存在となる。今回の遠征を指揮する宰相も、その一人である。


 サラセン軍は、行軍の際、軍楽隊に演奏させ行軍速度を一定に保たせるよう工夫がなされている。特に、親衛軍団はしわぶき一つ立てないと言われ、黙々と行軍する事で有名でもある。


 これにより、進軍速度が改善され、より短い時間で遠征をおこなう事が出来ると同時に、兵の疲労を軽減し在陣期間を短縮することで遠征コストを低減させることも実現している。


「サラセンの軍楽隊の音は、久しぶりに聞きます」

「でも、別に懐かしくはないわよ」

「それは私もです。しかし、敵が現れたと実感させてくれますよ」


 沼と濠とで隔てられた周辺には、次々と天幕が立ち並び、陣営が設置されていく。遠くに見えるひと際大きく豪奢な天幕が宰相か皇帝のいる場所であろうか。


 当然、その周辺には柵が設けられ、簡易な城塞が魔術を用いて構築されていく。サラセンにはサラセンの魔術師がおり、この辺りはその領分なのはこちらと変わらないと言えるだろうか。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 次々と着陣するサラセン軍が、月並みな表現ではあるが、十重二十重に『シゲット』の周りを取り囲み、思い思いに気勢を上げている。


「暑くねぇのかな」

「まあ、ここらは日が当たるが、山裾に近い所は昼間だけ少し暑いだけじゃねえのか」


 攻撃が始まるまで、立て籠もる兵士たちは哨戒する者たちを除き、暑さ対策も兼ねて装備は軽装としている。武器は手放さないが、甲冑の類は簡便なものを装着している。


 先ずは降伏勧告の軍使が現れるはずである。降伏開城を拒否し、改めて戦端が開かれることになる。何も軍使を殺してこちらの意思を示す必要はない。何度か間に軍使からの勧告を受けれるなら、その間は休息に当てることができ、時間稼ぎにもなる。


 故に、ニコロ達は軍使の来訪を心待ちにしている。




 現れたのは、サラセンの官吏の姿の軍使と、護衛と思わしき甲冑姿の武人が二人。サラセンの旗と、軍使である旨を告げる黄色い旗を揚げて新街区につながる橋へと現れた。


『ニコロ将軍に美麗帝から使者が遣わされた。案内せよ!』


 サラセン皇帝の代理人としては謙虚であるが、相応の貫録を見せ堂々と名乗りを上げる使者を橋を守備する隊長が受け入れる。これは、最初から指示されていた事であり、ニコロは側近の貴族の一人を新街区に待機させていた。


 軍使とその護衛の仕事は、皇帝の代理として口上を述べる事であるが、その他に、城内の状況を視察することも含まれている。戦力・士気・事前に集めたシゲットの地勢の変化についての確認……防御施設などの存在とその場所のチェックなどが含まれる。


 当然、ニコロ側もそれを理解しており、直線的ではなく外周を通り、主要な防御施設を見せずに城塞まで案内することになる。故に、気の利いた貴族の側近をあらかじめ待機させていたのだ。


 サラセンと帝国の会話は古帝国語で行われる事になる。美麗帝はともかく、旧東帝国の治政下にあった地域を治めるのに、サラセン語だけでは統治を行う事が難しいため、官吏は古帝国語も学んでいる。


 当然、軍使も古帝国語で口上を述べている。


 攻撃側の侵入経路になり、尚且つ防御のための改修を施してある場所を迂回し、新旧市街を通って城塞の区画に至る。橋を守る防御施設などは経路上隠しようがないのでそのまま見せているが、当然、軍使が退去の後に改めて補強を行う事になる。


 



 漸く『シゲット』の本営まで到着した軍使は、オリヴィ達の魔術で補修を施され真新しく見えるほど強化された武具を身に着けた完全武装の戦士たちに出迎えを受ける。


 威圧するかのように声を揃え、気勢を上げる熟練の兵士。この日に至るまで、城塞を補修し、食料もふんだんに支給され英気を養った歴戦の戦士が眼光鋭く、軍使一行を出迎える。


 ニコロ・シュビッチに従う戦士の意気は軒昂。覚悟が必要と護衛の騎士達には伝わった事だろう。もしかすると、この護衛達が先陣を務める部隊の指揮官を務めるのかもしれない。


「サラセンの軍使到着!!」


 軍使の来訪を改めて告げる声が城塞にこだまする。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 広間には、ニコロとその側近を務める者、そして各部隊の指揮官たちが揃っていた。彼らは、ニコロ・シュビッチとサラセン軍使との遣り取りを直接確認し、自分たちの部下に伝える為でもある。


『偉大なる皇帝、ソロモン大帝からお前たちに名誉ある降伏を授ける畏れ多くも御言葉を賜っている!!』


 軍使は文官であろうが、大国の外交官であろう。姿かたちは武官と言われてもおかしくない偉丈夫であり、その体に見合う大きな声でサラセン皇帝の言葉として降伏を促すメッセージを伝える。


 曰く、命の保証、曰く武装は解除せずとも良く財産も持ち出して構わない。曰く、サラセンの支配圏抜けるまでサラセン騎兵が先導をする。曰く、軍旗を掲揚して退去して構わない……などなど、降軍の将兵に対して大幅に権利を認める内容であった。


 しかしながら、このような好条件でもニコロ・シュビッチ以下『シゲット』の戦士たちは退去をする事はない。それは、彼らと帝国皇帝の契約を尊守する為である。




 ニコロ達は、御神子教の中でも『東方教会』と称される、東古帝国由来の宗派に属している者が多い。これは、法国の教皇の影響下にある宗派ではなく、その昔、大沼国以東が東古帝国の領土であった時代に広く布教された宗派なのだ。


 本来、異端として認められない帝国において、その教義を守ったまま帝国の領土に住むということは、かなりの特権なのだ。宗派を変えれば問題ないというのは、彼らが木の又から生まれてきたのであれば可能だろう。しかし、氏族単位もしくは村単位でサラセンの支配下を逃れ帝国に移住してきた南スラヴァや大沼国の亡国の民にとって、生まれ故郷を捨てた上に、宗派まで変えるのであれば、父母、祖父母とも縁が切れてしまうことになる。


 自分たちのアイデンティティを失いかねない宗派の変更を、彼らが喜ぶ訳はない。


 帝国に迎え入れられるに際し、彼らは宗派を維持する以外に様々な恩恵を帝国皇帝から与えられている。


 本来であれば、その地を支配する貴族の支配下に置かれるところを、皇帝に直接仕える『戦士』『兵士』としての身分を持たされたのだ。山野ではあるが自分の領地を与えられ、主に交易に関わる職業と皇帝からの年金で生活を成り立たせる。また、二十年に渡る免税特権を得ている。


 その代わり、サラセン軍の侵攻に対しては帝国の藩屏として立ち向かわねばならない義務を負う。


 仮に、彼らが降伏したとすれば、帝国での居場所は当然なくなり、逃した女子供の生活の場も失われる。サラセンに降伏したとしても、今よりずっと厳しい生活を強いられる。まして、ここに残った戦士たちは既に子を成し、後を継ぐ者がいるものか、それを望めぬ者ばかりである。


 自分の命を対価に家族の生活を守ることができるのであれば、降伏して老い先短い人生をみじめに過ごすつもりなどないのだ。もう、随分前から覚悟は決めているモノばかりだと言えるだろう。


『……言いたいことはそれだけか。サラセンの軍使よ』


 一通りの口上を聞き終えたニコロ・シュビッチが声を発する。そこには、覚悟を決めた者の強さが込められている。


『この地を寸鉄さえ一滴の血も流さずに譲り渡すつもり、我等には毛頭ない。この地が欲しいのであれば、貴様らの血で塗りつくして奪うが良い!!』

「「「「Wow!! Wow!! Wow!!」」」」

 

 床を踏み鳴らし、声を揃えて気勢を上げる戦士たち。軍使として伝える

べき事は全て伝えたとばかりに、サラセンの者たちは広間を後にした。


「さあ、皆の者!! 戦の始まりだ!!」

「「「「Wow!! Wow!! Wow!!」」」」


 恐らく、明日の朝から寄せてが新街区に攻めてくるであろう。


「オリヴィ=ラウス。追加の依頼がある」


 ニコロがオリヴィに改めて『魔術師』としての依頼を出すのだという。


「土魔術は得意だったよな」

「そうね。『土』と『風』、そしてビルは『火』ね」

「いくつか、追加で仕掛けをして貰いたい。軍使が橋を渡り、周囲が暗くなってからが良いのだが……」


 橋を守るための防御を幾つか追加したいという事のようだ。戦力的には数十分の一にすぎないニコロ軍が効率的に防御が行えるのは、間口の狭い前進にも後退にも制限がなされる『橋』の部分が最も効果的なのはオリヴィにも理解できる。


「この図面で指定した場所に細工を頼む」

「分かったわ。でも、これでは大打撃とはいかないでしょうね」

「構わない。少しの時間でも遅滞させることができれば、サラセン軍が帝国に滞在できる時間がその分減る。山中に逃げた家族だってその分安全になるだろう」


 サラセン軍の侵攻は小規模なものはしょっちゅうであり、サラセン軍の目を逃れるための隠し砦は山中に用意されている。サラセン軍がある程度滞在し、その軍を引くまでの間、安全に隠れることができる拠点なのだが、その場所を探す時間を与えたくないという意図だ。


「任されたわ」

「早めに夕食を頂いて、私達は暗くなってから行動しましょうかヴィ」


 オリヴィとビルはいわゆる『夜間視』が可能な目を持っている。精霊であるビルは太陽の光に囚われる事無く物事を捕らえる事ができるのは勿論、オリヴィは半吸血鬼=ヴァンピールとしての先天的な能力として夜間視が可能なのだ。





 図面で確認した新街区に至る二箇所の橋梁に関して、オリヴィとビルは魔術と魔石を用いていくつかの仕掛けを施すに至った。橋を完全に爆破してしまえば、サラセン軍は船を用意し湖面を渡って殺到するかもしれない。それでは、敵を長い時間拘束し少しずつ出血を強いるという目的を達成する事はできない。


 先ず与え、それを取り返す事によって、心理的拘束をサラセン軍に与えるための作戦なのである。



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本作のスピンオフ元
『灰色乙女の流離譚』 私は自分探しの旅に出る
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本作とリンクしているお話。リリアルを中心とする長編です。
『妖精騎士の物語 』 少女は世界を変える

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