04 準備
04 準備
『シゲット』は沼とその延長でもある濠により三つの区画に別れている。『新市街』『旧市街』『城塞』である。その三つはそれぞれ架橋により連結されており、その進撃路は限定されている。
破壊が困難な石造の主要橋(防御施設付き)を除いて、簡易架橋されていた生活道としての木造の橋はすべて撤去されなければならない。
「木造の橋、撤去して防御用の資材に転用するのよね」
「そうだ。頼んでいいか?」
「最初からその積りで残していたんでしょ! さあ、やるわよビル」
「承知しましたヴィ」
木造の橋に用いた木材を回収、大きな木材は市街の遮蔽物として転用し、細かい木材は薪として使える物はそちらに使う。沼に舟をこぎ出し、風魔術で木材を切断しつつ、魔法袋へと回収。残った橋げたなどはビルの『炎』で焼却し再架橋出来ないように破壊する。
「橋げたは濡れているけど、遮蔽物には悪くないわよね」
「乾いた木材よりも重いでしょうし、簡単に折れないのでは? 火もつきにくいでしょうし」
旧市街に架かる木造の橋を撤去した後、二人はその資材を街区の各所に配置しつつ、大きな建物を中心に補強を行っていく。
この時点で、既に小屋に近い建物は撤去しており、回収して薪に出来る物は城塞に取り込んである。安全に休める場所をサラセン軍に提供するつもりはないから当然だろう。
主だった堅牢な家屋(土壁や大きな木の柱と梁を有する程度)は射撃用の陣地として残し、一階部分には土魔術で堅牢な『壁』を形成しなければならない。
『土壁』
『堅牢』
「「「「おおお!!!」」」
いくつかの射撃用の開口部を残し、土の壁を形成、更に銃弾程度は防ぐことのできる硬度に壁を強化する。本来の壁と木材の支柱と、追加の土魔術による補強により、ちょっとした城塞の『胸壁』程度の防御力と射界を確保している。
これを、新市街の旧市街と連結する橋の近辺、そして、旧市街は特に念入りに導線を複雑にし、『土牢』と『土槍』を組み合わせて直線的に街を通過できないように改変している。
例えば、落し穴を作り、その先には土槍の柵を設けた箇所があるとする。その位置で立ち止まれば側面から銃による射撃を受け、大砲からは柵越しに射撃を受ける事になる。
梯子や木の板を渡して穴と柵を越えたとしよう。その先には再び落し穴が隠されている。つまり、直進しようとしてもさらに落し穴を乗り越える為に資材を搬入しなければならない。
立ち止まれば射撃され、乗り越えれば落し穴に落ちる。さらにその先の落し穴を越える資材を取りに向かえば、背後から射撃されるか、その場で銃撃を耐え忍ばねばならない。
そんな遮蔽物と反撃の拠点を念入りに旧市街に設置していく。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
一日二日と作業をこなし、魔力をふんだんに使った旧市街の改造に終わりが見え始めた頃。
「き、来たぞ!! サラセン軍が見えた!!」
恐らく、南の方角であろう。先遣隊である美麗帝配下の本体と別の部隊が『シゲット』から見える位置に現れた。既に、その街道沿いに斥候をだしていたこともあり、接近とおおよその到着時期も想定内のことであった。
「何とか間に合いそう」
「そうですね。新市街は……放棄でしょうか」
「無理に確保できる戦力はない。まあ、ニ三日かけてゆっくりと後退し、旧市街の橋の手前で粘った上で、怪しまれない速度で後退する」
戦力差からすればその程度で押し込めると考えるだろう。油断もする。それに、ある程度軍を引き入れた方が、戦力の入れ替えなどで難渋する。周囲に多くのサラセン軍を待機させられる新市街より、引き込んで旧市街で対峙する方が、より効果的にダメージを与えられるという最初からの判断だ。
「ニコ、ポーションは幾らか用意してあるけれど、百はないわ」
「構わんよ。それに、最初からみなここで死ぬ気なんだ。まあ、城塞に立て籠るまでは使わんで構わない」
「……」
二千数百の兵士にポーションを使えるとしてもほとんど行きわたらない。幸い、精錬した鉄は火薬と同じくらいの量を持ち込んでいるので、破損した剣や槍は、『精錬』と『修復』により直すことができる。
「武器が無ければ噛みついてでも……とはいかんからな。それだけでも大助かりだ」
「左様でございますオリヴィ様。我ら、最後の最後まで死力を尽くして戦う所存。武器が無ければ、死力も尽くせませぬ。なあみんな!!」
「「「おう!!」」」
サラセンの軍を遠目に確認しつつ、周囲の老戦士たちがオリヴィの周りに集まり声を掛けてくれる。二度と声を交わす事もないだろう、最初で最後の会話を交わすのだ。
それぞれの部隊長が配置場所を確認、銃や弓を構えた射撃部隊が、掩体となる補強家屋へと入っていく。二度三度は追い払えたとしても、相手は十万を超える。歩兵はその内八万程だろうか。一人一殺ではなく、十殺でも撃退できない。
「ニコ、どのくらい倒せるかしらね」
「まあ、一万てところじゃないか。銃弾も矢も限りがある。怪我もするだろうし、死にもする。二週間、出来れば一ケ月は粘りたいものだな」
既に夏を迎え、この地で秋まで粘らせることができれば、撤収し再度ウィンを目指すのは晩秋になろうか。ただでさえ、高齢で病を得ているとされる美麗帝の体力を考えれば、攻略迄粘る事は難しいだろう。
「妥当な目標設定ね。では、二万……一ケ月半を目標に粘りましょう」
「……悪くない。目標は高くだな」
「なに言ってるの。予定は決定、目標は達成すべきものよ。やるわよ」
オリヴィは城塞陥落迄粘り、ニコロが首を取られてなおこの城塞にとどまり、美麗帝ごと城塞を吹き飛ばさねばならない。美麗帝が病を得ているのであるから、当然、残された堅固な城塞で暖を取ることになるだろうから、そのまま封じた火薬で城塞の土台から爆発させ崩壊の中、美麗帝を殺す事は難しくないと考えている。
「年寄りにこの土地の冬はきついからな」
「そうね。粘ればそうなるでしょう。そう仕向けなければならないわね」
この地に留まるにしても、ウィンに向け軍を再編するにしても城塞を皇帝が使用しないとは思えない。その時に、起爆し一気にサラセン軍の幹部ごと皇帝を殺すのだ。
「ニコも、美麗帝もこの地で死ねば『英雄』として名を遺すわ。英雄っていうのは、たいてい不幸な死をもって人生を終えるものなんだから」
「そういえば……」
ビルが姿を得ている今の赤みがかった金髪碧眼の美青年は、聖征時代に遠征先で暗殺されたと言われる王の若い時の姿を映したものだ。英邁にして文武両道を謳われた帝国皇帝にして王は、死んだ後にも『復活する』と言われている。まるで、御神子のように。
「儂が美麗帝と並ぶ英雄と言われるのは面映ゆいな」
「ニコだけじゃなく、ここにいる全員が英雄に決まってるでしょ。自分だけなんて思い上がりも甚だしいわ」
周りの男たちが大きな声で笑い、面目なさそうに頭を掻くニコロ・シュビッチ。周囲との距離の近さも、英雄の条件の一つであろうか。
『シゲット』を囲む沼の南側に、南方からの先遣隊が陣を張る。やがて、その翌日、北方から大軍の接近が報じられ、立て籠もる二千数百人の兵士の顔にも緊張の色が見え始める。
既に宴会は行われなくなり、酒も一杯程度夕食の時に配られるだけだ。それも、数日でなくなるだろう。食料は十分にあり、その燃料である木材も不足はない。暖かい食事は暫く困ることはない。
温かい食事は士気を高める。体力の消耗を防ぎ、不安を払しょくする。サラセン軍は勝って当然。故に、死にたがる兵士はいない。こちらは全員が『死兵』。いかに多くのサラセン兵を道連れにするかしか考えていない。
一日でも、一瞬でも長く戦い、一人でも多くの兵士を殺す事が彼らの意思であり存在意義でもある。
「あちこち歩き回らずに戦えるのはありがたいこったな」
「おうさ。寒い野営もないし、あったけぇ飯も食える。最後の最後で良い戦場に巡り合えた」
なんて、覚悟の定まった老兵たちの声が聞こえる。体が動かなくなり、漫然と死ぬことより、体が動くうちに精一杯生きて死のう、死ぬべき場所で仲間と共に……といった覚悟が見て取れる。
既に、子も孫もいるものも少なくない。後は、狼の群れに襲われたシカの群れの中で、年老いたものが襲われ狼に喰われるように群れを生かす為、自らが犠牲になるだけなのだが……生憎、鹿とは違い、狼に立ち向かうだけの牙を自ら備えているのだ。
「精々、最後は華々しく戦ってやろう」
「ああ。軍神トリグラフの名にかけて」
トリグラフは、この地に住む民族に残る伝説の軍神であり、御神子の三身一体に似た逸話を持っている。御神子教の布教と共に神殿は破壊されたというが、軍神として戦士には崇められている。
トリグラフは三対六個の目を持ち、その目には偉大な力が秘められているという。東方の阿修羅神のような存在かもしれない。
八面六臂ならぬ三面六臂の戦いを期待するものであろうか。
「トリグラフでは足らん、最低『ペンタ』グラフ、目標は『デカ』グラフだ」
ペンタは五倍、デカは十倍の意味になるだろうか。最低でも一万以上、出来得るなら二万の死をサラセンに与える。それが、籠城する二コラとその兵の目標だ。故に、簡単に死ぬことは許されない。
即死しないように、あちらこちらを紐で縛って失血死を防ぐようなことも銘々が既に準備している。元より重装の歩兵の集まり、遮蔽物も矢玉も十分にある。
「やる気は十分ね」
「はい。天命に死すところが、スラヴァの戦士らしいところですね」
命を惜しまず、天に運命を任せる。死を恐れず、朗らかに死地に足を踏み入れる。僅かな戦士だけで万余の軍に立ち向かった古代の英雄王たちを思わせる彼らの表情は、宴の席と何も変わらないように見て取れる。
恐らく、自分の命を差し出す行為も、宴会の余興とさして変わらないということなのだろうか。
「生き切った男たちの顔……でしょうか」
「分からないわ。私はまだ、生き切ったというほどの満足を得ていないもの」
オリヴィは確かに美麗王との確執は存在する。ウィンを攻められる前の大沼国との戦いにおいて、沼国国王は戦死を遂げている。そこに至る経緯は、オリヴィにとって看過できないものであり、サラセン同様、帝国皇帝もまた、オリヴィにとっては打ち滅ぼすべき存在なのだから。
正確に言えば、皇帝が庇護し頼っているであろう高位の貴族の中に潜む真祖・貴種の吸血鬼の中に本当の敵が存在する。今のところ、その存在は把握し長く探し求めているものの、彼女の目の前にそれが姿を現すことはない。吸血鬼は人間の数世代に当たる年月、休眠することがあるからだ。
これは、高位精霊であるイーフリートのビルも同じことをするので、意味は理解できている。何年も歳を取らない人間がいれば、人はそれを訝しむ。オリヴィは冒険者であるという事と、特別な人間以外から依頼を受けずにいるためにそれほど知られていないが、長く生きれば人間ではないと訝しがられるだろう。
この陣に滞在している間は、魔術で外見を若い時のままに見せている……という事にしているので、若い時と変わらぬ外見でもおかしく思われないだけなのだ。おかしく思われたとしても、死にゆく者たちにすれば大した問題でもない。
「さて、仕上げをつづけましょうか」
土魔術を駆使し、補強を繰り返すオリヴィ。旧街区の外壁は木柵であり、その内側に大砲の弾で破壊させないように土壁を重ねていく。前から見れば木柵だが、背後には岩のような壁で補強されている事になる。
大砲で壁を破壊し、旧市街を攻撃するという方法は困難になっただろう。
【作者からのお願い】
「更新がんばれ!」「続きも読む!」と思ってくださったら、下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります。
よろしくお願いいたします!