03 再会
03 再会
この年の初め、ウィン攻略を再び試みる大遠征を発した美麗帝は、晩春に帝都を立ち、十万の軍勢を二つに分け、宰相メフムとともに西に軍を進めた。
約二月の行軍の後、沼国の旧王都である『ベリグラ』に到着。ここで、東沼国の仮王ヤメッシュ率いる現地軍と合流する。東沼国は、沼国の王が戦死した後、帝国皇帝が沼国の西側の領地の実質的支配者となり『沼国王』を名乗ったのに対抗し、沼国大貴族の一人がサラセンの後ろ楯を得て『東仮王』に任ぜられた故に、沼国王を名乗る者が二人いることになっている。
ニコロ・シュビッチはこの間、帝国皇帝から城塞を含め南ダヌビスの防衛司令官を辞任するか打診を受けたが、これを固辞しそのまま防衛の任に着くことを決めた。これは、影響力ある英雄を排除する意図があったと考えられるが、周囲の長らく戦った同族と最後までこの地で戦うことをシュビッチが主張したと見られる。
サラセン領と帝国領の境に近い『シクロス』に駐屯するサラセンの分遣隊を襲撃しこれを殲滅することに成功したニコロ・シュビッチ率いる軍に対し、美麗帝はその軍ではなく拠点である『シゲット』の街と城塞を占領するよう遠征軍の全軍に指示。
南方からの分遣隊と、既にウィン手前まで進んでいた美麗王率いる本隊ともに『シゲット』を包囲することになる。
サラセン帝の本軍が接近する事を聞きつつ、オリヴィとビルは『シゲット』の街へと現れた。既に城内に残るのは決死の兵士のみ。入口で冒険者風の二人が現れたことで俄かに騒がしくなったが、「オリヴィ=ラウスがニコロ・シュビッチの指名依頼の件、承って参上」と口上を述べると、期せずして歓声が上がる。
「援軍……ではないんだけどね」
「はは、その通りですが、届けて『さようなら』とはいかないでしょう」
顔を向ける戦士たちの中には、幾人か見知った者もある。一言二言、会話をかわしながら二人は奥へと進んでいく。
「建物が木造ばかりね」
「石材が集めにくい土地でしょうから。運び込むのもこの場所では難しいのだと思いますよヴィ」
新市街も旧市街もそうだが、近隣の賊から身を守るために集まった村落の住人が『街』を築いたものにすぎない。精々、旅の商人や傭兵等が立ちより休息を取るための存在だろうか。この場所は通過点であり、目的地ではないのだから当然だろう。
守るべき街ではない故に、簡易な木造の壁を備えせいぜい山賊や流軍を寄せ付けないものにすぎない。百や千の兵では落すことは出来ない程度の防御力を備えているとはいえる。十万を超える大戦力を押し戻せるような施設ではない。
「それなりに手伝えることはありそう」
「……ええ。このままでは十日と持たずに陥落してしまいそうです」
十万の軍に二千数百の兵で立ち向かえば、三日と立たずに陥落する。ニコロ・シュビッチが指揮したとしても十日程度が精々だろう。相手は常に疲労していない新しい兵を送り込み、こちらは限られた戦力をすり減らしていくことになる。逃げ場所もなく、ひたすら戦闘を繰り返すことで、心身ともに消耗することを強要することは難しくない。
残酷に皆殺しにする事で、今後の戦闘を容易にすることも含め、美麗帝がここで為すべき事は決まっている。
「そうはいかないわよ」
「当然です」
二人はこの戦場に手を加える方法を会話しながら、旧友の元へと案内されていった。
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「あんた老けたわね」
「当たり前だろうオリヴィ=ラウス。儂はもう六十だぞ」
「その割にはお変わりないようですねニコロ」
「ああ。だが、それももう長くはない。多少魔力を持っていたとしても、齢には勝てんさ」
針金のように硬そうな白髪交じりの顎髭を蓄えたニコロ・シュビッチは二人を出迎え大いに喜んだ。顔には他の戦士同様、深い皴が刻まれ老いを隠すことは出来ないが、体の張りは別れた時とさほど変わらないように見て取れた。
貴族は魔力を持つ者が多く、身体強化程度は誰もが身に着けている。魔術師となれるものは少ないが、それでも平民よりはかなり多い。錬金術師であれば古代語の読み書きは必須であり、やはり魔力と共に貴族の出身者がほとんどである。
「魔力も身体能力も鍛え続けていたようね」
「当たり前だ。それも貴族としての責務だ」
魔力と武力で平民を守るがゆえに、平民は税としていくらかの金銭や物資を貴族に納める。教会も同じような存在であり、十分の一税などはその意図がある。その昔は、貴族に支配されるよりマシということで改宗し御神子教会の庇護下に入る異民族も少なくなかったともいう。
再会の挨拶を終え、一先ず依頼の達成を確認する。火薬をどこに置けば良いのかということなのだが。
「分かっているだろうが、何箇所かある」
「それはそうでしょう。この戦力で必要な量とは思えないもの」
「伝説……作ってやりましょうニコロ」
それはそうだろうが、祭りに参加する者のように、ややはしゃぎ気味のビルに苦笑いのニコロ。それはオリヴィも同じようである。
案内されたのはまずは城塞の中心である『大塔』の地下。
「ここを火薬の爆発で崩したいという事ね?」
「その通りだ。城塞をサラセンに使わせないようにするには、再建できないように破壊するのが一番いい。この部分から破壊して、上の大塔部分を崩壊させるつもりだ」
「できれば、占領しに来たサラセン兵の一団毎巻込んでしまいたいですね」
「それは既に、仕込みが済んでいる」
『ニコロ・シュビッチの財宝』という噂。サラセン軍に対抗する為、帝国皇帝の支配下から独立するための軍資金を、『シゲット』に隠している……そう、帝国にもサラセンにも話を流しているのだという。
「……それで帝国は救援をニコに出さないのね」
「それだけではないがな。先日、総督の任も解かれている。今の儂は、ただのニコロ・シュビッチだ」
総督の権限で兵を募集したり、資金を集めないように皇帝は総督の権限を奪うことにした。それでも、過去の戦友たちと子飼いの兵士たちがこの地に集まっているのであるが。
仮に、総督のままであれば、数万の軍を指揮していた可能性もある。それは、その軍がそのままサラセンに降り、ウィン攻略の尖兵となる可能性もあった。サラセンは友好裡に降った者たちには、信教の自由も、財産や身分も
保証することが少なくないからだ。
「ニコもとんだ貧乏くじね」
「それだけ評価されているということだ。敵にも潜在的な敵にもだな」
敵とは当然サラセン、潜在的な敵とは帝国。元々この地は、大沼国の影響下にあったが民族が違う。法国の影響も受けるし滅んだ東の古帝国の領土であった時期も長い。貴族はいるが、君主はその時々で変わっていることもある。もちろん、有力貴族の中から王が生まれる事もある。
二コロ・シュビッチが『王』として自立することを二つの敵は良しとしなかった。また、取り込まれる事も彼の今の立場は良しとされなかった。ここで名を残し死ぬという選択は、必然なのかもしれない。
「二コロ・シュビッチ最後の戦いをサラセン美麗帝最後の戦いにしてやろうかと思ってな」
「ああ、そういうことでしたか」
「それしかないわよね」
城塞の占領、財宝の探索。おそらく最後に、美麗帝自ら検分に来るはずだ。シュビッチの遺体、隠された財宝の両方を。そこを、大量の火薬で城塞ごと爆破し、一気に決着をつける。
「でも、誰が爆破させるのよ」
「オリヴィ=ラウスの次の指名依頼だ」
『サラセン帝ごと城塞を爆破させる事』……ニコロ・シュビッチからオリヴィ=ラウスに向けての次の、そして最後の指名依頼である。
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城塞に仕掛ける爆薬とその発動に必要な『炎』の魔石による発火用の起爆剤。誰でも発動しないよう、オリヴィとビルの魔力のどちらかにより発動するように一工夫する。
「城塞もそうだけれど、市街もそれなりに手を入れないとあっという間に倒されるでしょうね」
「それもそうだ。土魔術の使える人間が何人かいる。オリヴィの指揮でその辺り、フォローしてくれないか」
「そのつもり。最後の最後まで、一人でも多くのサラセン兵を打ち倒さないと伝説にならないからね」
街区に土槍や土牢を複数設置し、直線的に移動できないようにする。動きを止めたり、方向転換する場所で当然、横合いから銃撃を加え打撃を与える。
正面から大砲を撃ち、こちらは土塁越し、あちらは剥き出しの路上から反撃させるようにする。夜は、別動隊を率いて陣営を襲い、放火する。これは、気配隠蔽の使える魔術師がいれば良いのだが、最悪、オリヴィとビルだけで行う事も出来る。
「風魔術で飛べばいいしね」
「そういえば、お前は空も飛べるんだよなヴィー」
「……昔の口調に戻ったわねニコ」
「ああ。お前と悪巧みしているとな……若い頃に戻った気がする」
戦場で初めて出会った従騎士と冒険者の魔術師は、仲間の冒険者の魔剣士とともに三人でサラセンの大軍の陣営に潜入し散々に打ち破る功績を遺した。夜討ち朝駆けは当たり前。そして、主だった魔力持ちを次々に討伐し、サラセン陣営の士気を大いに下げる活躍を行った。
冬季であること、ウィンの城塞を墜とすだけの戦力を確保できなかった事がサラセン軍の撤退した理由とされているが、その裏で、高級指揮官の暗殺が数多く発生し、軍の士気が崩壊しつつあったこともその理由である。
その為、今回の遠征において、暗殺対策は十分に施されていると考えられ、夜襲も一般兵の幕営に対する襲撃に限定するつもりでもあった。それでも、十分な睡眠をとれない不安と死の恐怖にさらされた兵士は、戦場での能力を発揮できないと考えられるからだ。
「仕事の話はまた明日にしよう。サラセンの軍が到着するまであと数日ある。今日はお前たちの歓迎の酒宴を行う。とはいえ、ここ数日は毎日酒宴のようなものだがな」
敵と接すれば、警戒も必要であるし煮炊きも制限される。その前に、保管された食料で豪華に宴会めいた夕食を取るのが日課となっているのだという。
実際、始まってみれば、オリヴィ=ラウスの歓迎会は、いつも以上に大盛況であった。妙齢の美女、戦場の英雄の来臨、盛り上がらない要素は何一つない。相棒のビルも名の知れた魔剣士・戦士。そして、美丈夫である。
「さあさあ、こちらもお飲みください」
「もう十分いただいてます」
ヴァンピールのオリヴィーは、普通の人間と同じように食事をするものの、効率の良い栄養摂取を行う。つまり、体内に入れた食品は全て分解してしまう。なんなら、美少女はトイレに行かないを地でいく存在でもある。少女という年齢ではないが。
「我らが戦女神に乾杯!!」
「「「「Wow!! Wow!! Wow!!」」」」
もう何度目か分からない乾杯があちらこちらで交わされる。とても楽しい、活気に満ちた酒席であるが、明日をも知れないなかで目の前のことに最大限楽しみを見出しているような空気を感じる。実際そうであろう。
「どうだ、飲んで食って楽しんでるかヴィーよ」
ニコロがオリヴィに声を掛ける。その顔は、活気とヤル気に満ちているように考えられるが、どこか寂寥とした雰囲気も漂わせている。常に、祭りの最後というのを感じる時間は、いつまでもこの時間が続けばと願う、一抹の寂しさを感じるものだとオリヴィは知っていた。
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