02 情報収集
帝国内で集めた火薬1500㎏を魔法の袋に収めたオリヴィは、ビルと共にニコロ・シュビッチの待つシゲットに向かっていた。約束の期日まで三週間ほど残しているが、それほど余裕があるわけではない。最短距離を移動するなら、ベーメン経由で移動しそのまま南下すれば良いのだが、それでは情報収集にならない。
ウィンとそこに至るまでの帝国東方領の状態を確認し、出来ればどのようにニコロたちを考えているのか……捨て駒には違いないが確認しておきたいという気持ちもあった。
「ポーションとか、消耗品の武器辺りも持って行きたいんだけどね」
「壊れたなら、ヴィができる限り直せるではありませんか」
「まあね。使い慣れた装備を直すのが一番かもね」
破損した武具の補修は、オリヴィの得意とするところである。破損した武器を二束三文で買い、彼女自身の錬金術で直して中古武器として販売しているのは、駆け出しの頃からの仕事の一つでもある。
その武器が、農民の反乱で使われ帝国に大きな影響を与えた……などということは決して触れてはならぬ。
ブレンダンを出て進路を南に取り、川を遡行し山脈を越える。さらに進むと、帝国南部を西から東にながれる大河『ダヌビス』に到着する。ダヌビスは大山脈を始原とし、そこから北にながれる支流を幾つも集め大河となり東へと流れていく。
ウィンもダヌビスにほど近く、滅びた大沼国の王都『ベリグラ』もその河岸にあったと記憶する。
「まずは、リンゼイに向かいましょう」
リンゼイは ウィンの西方150㎞、ダヌビス川沿いにある都市。古の帝国時代の砦が元になっており、七百年程歴史を持つ。東方領を代表する帝国都市の一つ。ヴェルミンガ同様、市場と関を目的とし成長した。皇帝の滞在都市となることでウィンと同じく、ダヌビス川に架橋する権利を都市が有する特権都市。
簡単に言えば、ウィンを放棄した場合、次の防御目標がリンゼイとなる。どの程度の緊迫感や、城塞の修繕・工作活動が行われているか、街の住人の空気を確認するなど、得られる情報は少なくないとオリヴィは考えていた。
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リンゼイの街に到着したオリヴィ達は、変わらぬ日常を過ごす住人や特に緊迫感もない衛兵たちを見て少々唖然とした。確かに、ウィンが堕ちない可能性は低くない。だが、皇帝を守るための施設として準備を全くしていないというのはおかしなことでもある。
「何かやなことに思い至ったわ」
「……私もですよヴィ」
帝国にとって『帝国スラヴァ総督』である『ニコロ・シュビッチ』は重要な戦力であるが、これは美麗帝がウィンを狙い続ける場合においてである。
例えば美麗帝が死に、その後、帝国に遠征が行われない期間が相当あると仮定する。その場合、今は帝国とサラセンで分割された地域が、盟主を仰いで独立しようと反乱を起こす可能性がある。
その場合、『ニコロ・シュビッチ』はとても良い存在となる。
伯爵令嬢と結婚し、かなりの子だくさんでもある。シュビッチ家は大沼国南部において有力な貴族の一族でもある。彼の周りに人が集まることは何ら不思議ではない。
「餌にして殺そうという事ですね」
「ええ。それをわかっていて、敢えて策に乗る気なのねニコの奴」
四十年前の帝国都市ウィンを包囲した美麗王の包囲網に大きな打撃を与え、退却のきっかけを与える。実際はサラセン軍の冬季の野営及び、兵站の枯渇を嫌い退却したものだが、帝国は『救国の英雄』を必要としており、それに利用された形でもある。
年齢はオリヴィより少し下であり、ウィン包囲戦ではかなりオリヴィの世話になった。軍功のかなりの部分はオリヴィ達の手柄を押し付けられた形であり、その結果の美麗帝の仇敵認定に、オリヴィも責任を感じている。
「只では死なない、死んでやらないということね」
「ええ。彼には沢山の息子娘がおりますから。その子達が彼の遺志を継ぎ、帝国ともサラセンとも対決するきっかけになれば、老いた英雄と言えども死ぬ意味がうまれます」
戦友の死を看取るための依頼……オリヴィもビルも依頼の真の意味を理解した。
川を下り、ウィンに近づく。そして、そこには城壁の手前に幾重にも重なる土塁と壕が巡らされていることにオリヴィは驚く。
「随分と大きなものを拵えたのね」
仮に、十万の戦力と数百の大砲を連ねたとしても、その大砲が届く距離まで堡塁を踏破することは並大抵のことではなさそうだ。さらに、帝国各地から銃を装備した傭兵達が集まっている。サラセンの騎兵や銃を大量に装備した親衛軍団に対抗する為に、帝国東方の拠点は様々な工夫を施している様に思われた。
「捨石……必要ないわよね」
「これではっきりした気がしますね」
疑惑が確信に変わった。この城塞で受止めれば、ニコロは死なずに済むだろうが、それを帝国は許容しない。古びた城塞に立て籠もり、あくまでも抵抗して見せろ……と命じるだろう。
「これを、あの変わった商会頭夫人に見せてあげたいわね」
「ええ、凄く興奮しそうですね」
オリヴィが火薬を買い付けたのは、なにも帝国諸侯だけではない。偶然に知り合ったニースの商会の会頭夫人が「ニース辺境伯から」といって、かなりの量の火薬を無償で提供してくれたのだ。
前年、サラセン軍の侵攻を受けた『マレス島』の攻囲戦に、ニースから聖エゼル騎士団の軍船が参加し、商会頭自らも指揮官として参加したという。そのつながりで、今回支援してくれるのだという。
『王国で困ったことがあったら助けてくれればいいよ! これは施しじゃなくって「貸し」だからね☆』
と茶目っ気のある笑顔でオリヴィに言ったのだ。名前は「アイネ」、王都に来るときは、ニース商会に顔を出してねと言われた。
「王国にも足を運んでみたいですねヴィ」
「ふふん、私は元々王国民だからね。ド=レミ村は王国領だから」
「そうでしたね。なら、里帰りも兼ねて、久しぶりに足を向けるのも良いかもしれませんね」
「良いわね。この依頼が終わったら……私、王国に行くわ!!」
どこかで何かしらのフラグが立ったのかもしれない。
巨大なウィンの城塞と、その城塞を取り囲むさらに一層巨大な堡塁。四十年前の戦訓を踏まえた、実に壮大なモニュメントであると言えるだろうか。
「随分と見違えちゃうわね」
「ええ。あの頃の面影は外から見れば皆無です」
法国で考えられた攻城砲対策の堡塁は、垂直に立てられた石積みの城壁が横からの打撃で崩れやすくなることに対応するため、その正面に三角の堡塁を設け、直線で飛んでくる攻城砲の弾丸が城壁に到達する前に、堡塁で受止めるように設計され配置されている。
いくつかの堡塁には糧道が設けられ、歩兵が前進防御できるように工夫をされている。堡塁周辺は濠となっており、接近することが更に容易ではなくなっている。
四十年前の包囲は一月ほどであり、冬の到来とともに美麗帝は軍を引いたのだが、ウィン城外壁内の住宅を取り壊した瓦礫で急造堡塁を作ったりウィン市街の茅葺屋根の建物を撤去するなど急ごしらえの籠城戦であった事を考えると、同じ戦力では全く攻略できそうにもないと思われる。
「前回同様の戦力では全く危なげないようね」
「諸侯の軍が八万は集まるようです。前回の攻略戦では、王国の謀略の影響もあり、帝国内の諸侯の中でも原神子派は全く協力的ではありませんでしたから。その危険はあまりなさそうです」
四十年前の皇帝は神国国王を兼ねていたこともある。今の皇帝は、当時の皇帝の弟の息子であり、皇帝になる際に御神子派であることが条件であったのだが、心情的には原神子派に対して融和的である。
ウィンの城内もその当時とは異なり、あまり戦時という雰囲気ではない。物価も普通であるし、逃げ出す庶民は見かけない。ただし、城外に駐屯する傭兵やその関係者が出入りしている関係だろう、活気のあるように思える。
「人が集まれば金も物も動くから、景気が良さそうね」
「ええ。諸侯もそれなりに自腹を切って国土防衛に協力する……といったところでしょうね」
ネデルでの兵の募集が始まったとはいえ、今すぐ稼げるのはこのウィンであろう。ここで一稼ぎしたならば、次はネデルの総督府に雇われるというのが多くの傭兵達の腹積もりではないだろうか。生き残ればではあるが。
「帝国騎士団……まだいるのね」
「はは、そのようですね。原国との戦いで多くの領土を失ったとは言うものの、騎士団自体はそれ以前から、この地域に所領をもっていますし、世俗化したとはいえ、異教徒との戦いには積極的ですから」
内海では力をもつ『聖母騎士団』が主となり、サラセンと抗争を続けている。ドロス島陥落後は、本部をマレス島に移し、サラセンとその影響下にある海賊との戦いを神国と並んで行っている。
帝国騎士団は独立した諸侯としての存在は失ったが、帝国皇帝の軍に指揮官として参加しているのだという。
「でも、ニコの元へは行かないのよね」
「そうですね。皇帝の意思の元……でしょうか」
本来、少数の騎士で多数の異教徒を受け止める役割は、聖王国においては宗教騎士団の専売であった。僅か百年足らずの間に、数十人の騎士団総長が戦場で死んでいるのは、殉教の為の戦いと認識されているからであろう。それから三百年以上たった今、すっかり世俗の騎士と変わらぬ存在となり果てているようだ。
既に、火砲を用いた戦いに戦場の主役は推移しているとはいえ、その戦技・戦い慣れた経験・多くは貴族の子弟であり幼少の頃から戦う術を学んで育ってきた生粋の戦士である事を考えると、下馬した騎士という存在は、強力な重装歩兵となりうる。
また、戦列を崩した後の追撃や偵察、指揮する場合も馬上である方が効果的であることから、騎乗しているメリットも未だ少なくない。決戦打撃戦力から、戦争を遂行するための基幹要員としての存在に変わりつつあるのが、帝国騎士団の存在であるかもしれない。
故に、ウィン城内でもデカい顔をして歩いているので目に付く。
「どうせ、サラセンの軍は無駄な戦いをしたくないと考えているから、降伏勧告をガンガン出してくるでしょうね」
「ええ。良将であれば、確実にですね。その分、時間と費用と戦力が節約できますから。でも、改宗してサラセン教徒にならねばなりませんし、名誉は確実に失われるでしょう」
「それは、貴族にとっては死活問題ね。命惜しむな名こそ惜しめって言うじゃ
無い?」
「命は一代、名は末代とも言いますよヴィ。ニコロ達は死んで名を残す事を選んでいるでしょうから、降伏勧告は無意味です」
そもそも、火薬を大量に集めている事自体が尋常ではない。まあ、降伏して遠征軍に手土産として渡す可能性もゼロではない。大砲の弾丸はその昔、石を丸く磨いて用いていたが、近年では鋳造の鉄もしくは鉛の弾丸がほとんどである。
容易に作り出すことができ、さほど良い鉄を使う必要もないので安価でもある。必要なのは火薬と発砲に耐えることのできる砲身。青銅の鋳物であったり、鍛造した鉄の板を砲身を形作る棒状の柱に巻きつける形で砲身を作る場合もある。
以前と比べれば、使いやすい大砲をそれなりに用意できるようになった。
「火薬はろくでもない事に使うんでしょうね」
「ええ。最後に名を残すような悪巧みを考えているでしょう」
「ニコだもの」
今でこそ英雄然としているニコロ・シュビッチであるが、元は貴族の跡継ぎになれない身分であり、かなり破天荒な存在であった。それが、オリヴィとビルの知る男であった。
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