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01 指名依頼

お読みいただきありがとうございます!

 『サラセン皇帝の帝国親征』という情報が、帝国を中心に活動する冒険者の口に登り始めたのは少し前のこと。


 前年、『マレス島』の聖母騎士団がサラセンの大軍から拠点を守り抜いたことで帝国の空気は明るいものとなったのにもかかわらず、その期間は随分と短いものとなった。


「でも、今回はウィンを攻めるってわけじゃねぇんだろ?」

「さあな。ウィンを攻めたのはもう四十年も前の話だ。あの時から比べりゃ、大砲対策の堡塁や城塞も改修されているからな。季節と天候に恵まれなくても、追い払うのは難しくないって話だ」


 冒険者の中にかなりの人数は「傭兵」が含まれている。帝国の冒険者は平時の『傭兵』の雇用対策の一環として『商人同盟ギルド』が差配しているということもある。


 『傭兵』に仕事を与え、自分たちの安全を図りたい都市の商人や領主の思惑で成立した組織と言えるだろう。


 戦争が始まれば、それなりの数の傭兵が本業に復帰し、帝国内の治安は残念ながら改善する。仕事があるという事は、とても良い事だ。





 指名依頼を受けたオリヴィとビルは、本拠地……というには微妙だが、滞在することの多いメインツの冒険者ギルドの応接室にいた。帝国では星四の冒険者は、滞在中はその滞在する街の冒険者ギルドにその旨を伝える義務がある。


 指名依頼など、急を有する要件がある通達が適時『伯爵位相当』の高位冒険者に伝わるようにだ。


「お話を伺いましょう」


 帝国の冒険者においても著名な魔術師である『オリヴィ=ラウス』。幾つかの選帝侯家や有力諸侯と誼を結び、高難易度の討伐を幾度もこなしているという存在。既に、冒険者として長きにわたり活躍している伝説的な人物であるが、その見た目は二十代前半の黒目黒髪の美女。


 外見を魔術で誤魔化しているであるとか、不老不死の薬を自らの体を実験台に試しているなど様々な憶測が囁かれるが、その実は吸血鬼と人間のハーフである『ヴァンピール』である。故に、加齢はあまり見られず、吸血鬼ほどではないものの、相当の長さの期間……千年とも言われるが外見を変えることはない。


 魔力量、身体能力共に人間の比ではなく、回復能力も尋常ではない。帝国には『ノインテーター』という吸血鬼擬きが存在するが、比べるまでもない。


「あなたに指名依頼をしたのは、『帝国スラヴァ総督』である『ニコロ・シュビッチ』様です」


 目の前で辞を低くして言葉を告げるのは、その昔は帝国でも有名であった元戦士のギルドマスター。とは言え、彼のかけだし時代においてすら、オリヴィとその横に座る赤みがかった金髪碧眼の美丈夫「ビル」は伝説に届くほどのパーティーであったのだから、しかたあるまい。


「懐かしいわね。ニコの奴。今頃何の用かしら」


 指名依頼の内容をしたためた書面を確認する。


「火薬……1,500㎏を帝国内で仕入れ、居城であるシゲット城塞まで送り届けて欲しい。期日は……二ケ月以内ねぇ」


 火薬の量はマスケットに必要な火薬の発射量の15万発分ほどであろうか。これほどの火薬を扱う軍を、オリヴィは知らない。火薬は硝石と木炭などを組合せた素材だが、扱いが難しく専門の工房に依頼し量を作るにもそれなりの時間がかかる。


「報酬は……少なっ!」

「……お断りなさいますか?」


 急に二ケ月以内に用意しろと言われ、はいそうですかで扱える量でも内容でもない。だが、オリヴィは旧友であるニコロの依頼を断るつもりはなかった。


「昔馴染みですもの、久しぶりに会いに行くついでになんとかするわよ」

「よろしくお願いします。既に聞き及びかと思いますが、美麗帝が親征を開始します」

「あなたよりずっと年上なのにね。随分と頑張るじゃない?」

「はは、昨年のマレス攻略の失敗の穴埋めみたいですよヴィ」


 『大帝』と呼ばれる美麗帝は、既に七十を超え、体力的にもそう長くはないと言われている。これが最後の親征と考えているだろう。そして、目標は帝国東方の拠点であり、四十年前に攻め落とすことができなかったウィンの攻略を目指している。


 その前に、南方にある『シゲット』を攻略しておこうということなのだろう。シゲットは大きな城塞ではないが、サラセンの支配地から帝国に向かう境界線に近い拠点であり、守るのは四十年前のウィン攻略戦で帝国の英雄となり、その後もサラセンと幾度となく戦ってきた『ニコロ・シュビッチ』である。


 行きがけの駄賃に堕としておこう……その程度のつもりだろう。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「ニコロも随分と出世したものですねヴィ」

「面倒を押し付けられただけじゃない? ようはサラセンに抵抗する沼国人を集めて、国境で最初に殲滅される役割をするためでしょう」


 サラセン領から最初に向かう要衝に、既に大半を支配されている大沼国の残党を集めておくということは、要は釣りの餌もしくは、捨て駒として時間を稼がせる為に存在すると言えるだろう。


「ですが、『シゲット』は難攻不落の城塞と聞きます」


 シゲットは『島』を意味する古語。川の氾濫原に生まれた沼地に浮かぶ

島に要塞を建設し、その前に「旧市街」「新市街」と建設された。要塞部分は石塁により守られているが、市街は共に土塁と木柵で防御されているに過ぎない。


 最大の防御は沼に囲まれ、攻め口が一箇所しかない事だが、大軍により

攻囲された場合、保持することは困難だと考えられていた。


「最大規模の親征で十万を超えるらしいわね」

「……守り切れないと」

「ええ。十万の軍を敵地に張り付ける事で、兵站や疫病発生、士気が低下するまで時間稼ぎをさせるのが帝国の目的でしょうね。ウィンまで美麗帝は辿り着く前に寿命が来るわよ」


 オリヴィが言うまでもなく、高齢の美麗帝の健康不安は周知のことであり、今回の遠征がとん挫すれば、後継者争いが起こりサラセンは暫く西に軍を向けるどころではなくなる。仮に、スムーズに代交代が行われたとしても、皇帝を支える宰相や総督の人事異動もあり、数年は時間が稼げる……と思われているのだ。


「ニコは死に場所と定めたんでしょうね。だから、多少無理だとしても、無理を承知で依頼を私によこしたと思うわ」

「……なるほど。それは……なんとかしないとでしょうな」


 火薬を扱う商人は、帝国であればコロニアあたりかネデルの幾つかの

交易所のある大都市に存在するはずだ。とはいえ、薬草や鉱物であれば

ともかく、火薬のような物をオリヴィは扱ったことはない。故に、これまでの商人の知り合いにも有力な者はいない。


「考えがあるの」


 オリヴィはそう告げると、まずは最寄りの選帝侯である『トリエル』大司教の元へと向かう事にした。メインツ大司教も選帝侯なのだが、面識がないのでスルーする事にした。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 幾人かの選帝侯、そして諸侯の中の幾人かの元を訪れたオリヴィは、

最後にブレンダンを訪れた。


「お久しぶりです、オリヴィ様」

「ふふ、『おねえちゃま』と呼んでくれてもいいのよ?」

「もういい歳のおじさんですから。それより、今回のご訪問の理由を教えて頂けますでしょうか?」


 ブレンダン公も彼女が初めて会った『バルド』の父である公爵閣下から代を重ね、今ではその孫の代となっている。生まれた時から知っているオリヴィであるし、天使のように可愛かった少年時代には「おねえちゃま」と言い、彼女の後をちょこまかとついてまわるような可愛らしい時代もあった。


 今は、すっかり髪に見放された姿になりつつあるおっさんなのだが。時の流れとは残酷なものである。


「美麗帝の親征の話は聞いているわね」

「ええ。十万の大軍で再びウィンに攻め寄せるとか」


 あれから一月ほど経ち、親征が現実のものとなった事が伝えられる。

期限よりは相当後になるだろうが、それでもサラセンが帝国に侵攻する

事は間違いない。


 しかしながら、帝国は今それどころではない。御神子教の教会と、その教会の在り方に異議を唱える『原神子派』信徒に別れ……具体的には諸侯が二派に別れ外敵に対抗するという雰囲気ではないのである。


 実際、前回のウィン攻囲戦にはまともな援軍などなかったし、それ以前に、帝国も大沼国王たちがサラセンに立ち向かう際に、教会勢力は援軍を送ったが、諸侯は傍観したということもある。当時は、農民反乱や小領主が諸侯の都市を襲撃したりでそれどころではなかった……という理由は付く。


「それで、『ニコロ・シュビッチ』に頼まれて火薬を集めて送り届ける

依頼を受けたのよ」


 公爵はなるほどと頷き、納得する。子供の頃に聞いた『ウィンを守り抜いた英雄』の名前。そして、その時ともに戦ったオリヴィの話を、今は亡き叔父バルドに聞かされたことを思い出していたからである。


「どれほどでしょうか」

「総量は1500kg。いまのところ1000kgは集められたから、残りは500kgね」


 オリヴィは帝国内の主だった知り合いの諸侯の元を訪れ、備蓄している

火薬を譲るように頼んできたのである。御神子派の教会勢力は『トリエル』大司教の話を元に「トリエルではこれだけ譲ってくれた。聖征となるかもしれないのだから、当然ですね」と焚き付けた。


 選帝侯として最も力が弱いものの、帝国最古の大司教座であるトリエルは帝国の御神子教会にとって権力はないが権威はある。おかげで、『コロニア』『メインツ』からはそれなりの量、火薬を「寄付」してもらうことができた。


 そして、その話を元に『御神子派』の諸侯の元を周り、仕入れ値程度で

安く譲ってもらったのである。それでも、決して少ない金額ではないが。


「……随分と集められましたね」

「500kgなんとかならない?」


 東を原国と接するブレンダン公領は、その騎馬戦力と対抗する為に、少なくない銃兵を整えている。これは、騎兵の突撃を得意とし、歩兵の長槍に匹敵する騎兵槍を装備する原国騎兵に対抗する上で必要であるからだ。


 法国戦争の際、野戦にも大砲が多数投入され、戦果を挙げた経緯から、

ブレンダン公国の騎士団や直卒の兵士の中にも、銃兵・砲兵を強化し戦力の中核とする動きを見せている。


 他の領よりも多くの火薬を宛がう事が可能だとオリヴィは考えていた。


 しばらく考えたのち、公爵は「揃えて差し上げます」と答えた。


「ご、御当主様!!」

「狼狽えるな。ブレンダンはベーメンとも領を接する。ウィンが堕ちれば、ベーメンもサラセン領となるであろう。そうなれば、この程度の火薬では領土を守る事は難しいではないか」


 オリヴィの申し出、本来ならもっとも説得しやすいはずのブレンダンを後回しにしたのは何故か。それはブレンダンは近年「原神子派」の諸侯と見なされ始めていたからである。


 実際、帝国騎士団領を併合し自ら領土を守るために武装する乙女であるブレンダンからすれば、掛け声だけで何もしてくれない教皇や皇帝の下にいつまでもつくつもりはないという事なのだろう。


 だが、それとこれとは話が違う。宗派の問題ではなく、国土防衛の問題でもある。


 周囲の声に耳を貸すことなく、またこの機会に、サラセンとの戦いをどう考えていくのか、今まで他人事として考えていたサラセン軍の侵攻を

帝国諸侯は考えざるを得なくなってきた。


 それは、『灰色乙女』であるオリヴィ=ラウスが動かざるを得ないほどの状況であると周知された事にもよるのであった。


 つまり、話をデカくしたのはオリヴィのせいなのである。



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よろしくお願いいたします!


【本作の元になるお話】


『妖精騎士の物語 』 少女は世界を変える : https://ncode.syosetu.com/n6905fx/

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本作のスピンオフ元
『灰色乙女の流離譚』 私は自分探しの旅に出る
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本作とリンクしているお話。リリアルを中心とする長編です。
『妖精騎士の物語 』 少女は世界を変える

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