宇宙をさまようドラム缶は自分の白濁汁を飲んでほしい
「僕の白濁汁飲む?」
「帰れ! ドラム缶の変態化け物!」
宇宙ステーションに張り付いた巨大なドラム缶が船長の命令で引きはがされる。このドラム缶、高さだけでも十五メートルもあり機械を総動員してもなかなか剥がれなかったが、ドラム缶は抵抗しなかったため宇宙ステーションに傷一つつかず宇宙に追いやることに成功した。
「あーあ、また追い出された。早く僕の白濁汁出してもらわないと中身が零れちゃう」
ぐらんぐらんと星の回転運動と同じように、斜めに回転しながらドラム缶は独りごちる。このドラム缶は元々とある星に生まれた鉱物型生物で、内部には可食性の微生物と菌が混じった白濁した甘い液体が発生する特徴があり、水が少ない星の住人たちに重宝された。鉱物生物も内部に発生する液体を抜かないと体表面が濡れて寿命が縮む恐れがあるため、飲んでくれるのはありがたく、自然と共生環境ができてしまった。
やがて文明の発展と他惑星の交流が盛んになり、住人たちはこの鉱物をより飲みやすく輸送しやすくを念頭に置き改造と加工を施した。そして最適化した姿がドラム缶であった。
だがドラム缶の故郷の星は他惑星との戦争で滅ぼされてしまい。残ったドラム缶たちは、他惑星の人間からしたらただのドラム缶だと勘違いしそのまま見捨てられて宇宙空間をさまよい続けていた。
だがどこを行ってもしゃべるドラム缶を受け入れる星も人もなく、翻訳のせいで白濁汁と売り込みをかけても顔を真っ赤にして先ほどのように追いやられるのであった。
「白濁汁いりませんか~ど~こ~か~に~い~ま~せ~ん~か~」
グルグルと宇宙空間をさまよって数百年。同胞もいなく、独りしゃべるのも飽きてしまい、言葉を伸ばしてちょっと変えてみようとするが状況は変化しない。おまけに回転することでしか移動できないから気持ち悪くてたまらない。ゲロを吐いても、中の液体の量は変わらないだけで宇宙にゲロリーウェイという汚い川ができるだけだ。
ちょっと休憩と動きを止めるとゴーーン!!と固いものに衝突してしまった。
宇宙船のようだが幸いぶつかったところには穴は開いていなかった。しかし悪いことにドラム缶はがっちりとはまってしまい逃げることができなくなった。
わーどうしよう。わーどうしようと動こうにも所詮ドラム缶型なのでどうしようもない。
「あーあ、踏んだり蹴ったりだな俺も。ついには変なドラム缶に衝突とわな」
船外に出てきた男がドラム缶を見てため息をつく。
「おじさんごめんなさい」
「もーいいよ。どうせそれ中身が水と炭酸水なだけだから」
「なんでそんなもの運んでいるの? 給水艦?」
「うんにゃ商船だよ。水を商品にしようとして価値ゼロになったただの水。というかぶつかった詫びに俺の愚痴を聞け。もう何十年も売れなくて体が爆発しそうだ」
商人の話を聞くと、商人はまだ駆け出しで何を売ろうにもすでに市場は先人に開拓されつくしてしまい儲けようにも少額の金しか受け取れないことにやきもきしていた。
しかしふと「とある惑星では水が不足していて、白く濁った液体しか飲めない可哀想な住人たちがいる」との話を聞き、これは大儲けできると大量の水と炭酸水を安く買ってその惑星に向けて出発した。
ところがその惑星に着いたときには、戦争で滅ぼされてしまい売り込み先が文字通りなくなってしまったのだ。一攫千金を夢見て専用の宇宙船にしてしまい下取りしようにも下取りできない状態で、何とか売り込もうとさまよったがただの水と炭酸水では売れる場所などどこにもなく、不貞腐れる日々を送っていた。
ドラム缶は商人の話にあった惑星は自分の星だと勘付いた。自分の星がまだあれば商人も自分もこんな苦労しなくて済むのに……となんだか悲しくなった。
「似た者同士だね」
「ドラム缶に慰められちゃ俺もお終いだ」
「そう言わないで、僕の星の特産品『白濁汁』でも飲んでよ」
「お前そのネーミングセンス何とかしろよ。変なものだと絶対誤解されるから」
毒を吐きながらも商人は蛇口から出されたドラム缶の液体を拒まず口に含むと、すぐに噴き出した。
「甘めぇ!? 甘すぎるだろこれ」
「そうなの? みんなおいしそうに飲んでいたけど」
「飲んだことないのかよ!」
「自分の体液を自分の口に入れるなんてしないでしょ」
「そりゃそうだな!」
口に合わないからそのまま捨てるのかと思いきや、液体を船内のタンクに溜まっていた水で薄めてから改めて飲み始めた。
「おお、いい具合になったぞ。十分甘いし、商品としても……待てよいいこと思いついた。ドラム缶、お前の故郷を壊した星は知っているか」
「うん。住民たちがいっぱい名前を口にしていたから」
「なら復讐しよう」
「この宇宙船ごとぶつけるの?」
「さらっとテロ行為を思いつけるなこのドラム缶。経済的な復讐だ。お前の液体を薄めたものを、売れ残った俺の水で薄めて高く売る。その星の住民たちは俺の商品を欲しがって高い金を出してでも求めてくる。金を搾れるだけ搾り取る算段よ」
「そんな上手くいくのかな?」
「いくとも、なぜならあの星の住民はお前の所の甘い液体を求めて戦争を吹っ掛けたのだからな。逆に支配してやるのよ」
ぐっふっふと薄気味悪い笑みを浮かべる商人であるが、ドラム缶は中身の液体を吐き出せるのであればよかった。それにようやく独りで過ごすのも終えることもできるのだから。
そして商人の目論見は的中した。ドラム缶の故郷を破壊した星の住民は甘味に飢えていて、百分の一や五百分の一に薄めた飲み物でも高値で買っていったのだ。炭酸水ならもっと高く売れた。まさか自分たちが破壊した星の生き残り汁を、ありがたく高値で買うなんて住民たちは夢にも思わないだろう。
そんなわけで商人は儲けに儲けてドラム缶がぶつかった宇宙船を自宅兼会社に改造して『ドラム缶御殿』として優雅に暮らしていた。なにせ材料が自宅に括りつけられていたドラム缶から出る体液と水なので、ほぼ材料費がただでつくれるのだから儲かるのは当然である。
だがドラム缶は独り浮かばない表情をしていた。
「どうしたよドラム缶、復讐できてうれしくないのか?」
「実は、もう僕の白濁汁がだいぶ減ってきたんだよね」
「あ? そりゃ困るぞ。まだまだ儲けいや復讐も半ばなのに。こうなったら溜まるまでもっと薄めて売るしか……」
「それやったら破滅するよ。僕その話聞いたことある」
ドラム缶の忠告にうーんと頭を抱える商人。もう中身が空っぽで満杯になるまで数十年かかる。ドラム缶としては中身が零れることがなくなったのだから商人がどうなってもいいはずだが、自分を助けてくれた恩人を破滅に行くのは忍びなかった。
何か手助けできることはないかと考えたが、所詮ドラム缶。考えも浮かばないし、体はずっと宇宙船にはまったままであるから動けないのだ。
すると商人の宇宙船にインターホンがなった。
「すみません。お宅のドラム缶が転がっていたので届けに参りました」
「ドラム缶? うちにドラム缶なんて一個しかないぞ」
「こんなでかいドラム缶あんたのところしかないでしょ。じゃまだし、動くし、気持ち悪いから引き取ってくれよ」
しばらくすると、インターホンを鳴らした人が乗っている宇宙船の後ろに同じドラム缶を引っ張ってやってきた。
「仲間だ!」
ドラム缶があちこちさまよい歩いている間、ネットと口コミにより『さまようドラム缶』として一躍有名になっていた。そんな中、同じくさまよっていたドラム缶をまさか同型があると思わなかった人々は、こいつを引き取ってくれる商人の下へ返却しに続々とやってきたのだった。
もちろん仲間のドラム缶たちの中には、あの甘い白濁汁が満杯である。
こうして商人は再び儲けることができて、住民たちの金を搾り取ってしまい復讐を完了させてしまった。
そしてドラム缶たちも、もう一人で転がることも、拒まれることもない第二のドラム缶生をまっとうすることができた。のちにドラム缶の中身は他の銀河を渡り歩き、全宇宙中に知れ渡るようになる。
ちなみに地球という星のとある島国では、白に青い水玉のパッケージで売って人気商品になったのはまた別の話。