海底の双子星
1000字少しのすぐ読める短編です。
小説の投稿は初であり、読みにくい点があるかもしれませんが、宜しく御願い致します。
「海の向こうには双子の星の女神様が居て、運命によって分かたれた二人の縁を永遠にしてくれる」
この島で暮らす人なら、誰でも一度は聞いた事のあるおとぎ話。今どきの子は、全然信じちゃいないけれど。
「でもね、アコ。あれは本当だと思うの。」
あの夏の日、彼女はそう言って空を指さした。
「あそこにも、あそこにも。たくさんの恋人たちが、たくさんの友人たちが、こうして私たちを照らしてくれている。だからね、きっと女神様は居るんだ。」
柔らかな星の光に照らされた横顔は、笑っている様にも、泣いているようにも見えた。
ここから、逃げよう。
八月八日。私たちにとっては特別な日。
その日、島の神社の巫女として育てられた彼女は、島民と船の平穏と無事を祈るため、海の神様に捧げられる事になっている。
昔の、そのまた昔。彼女のお婆さんが産まれるよりも、もっと昔から続いた伝統だった。でも、今はそんな時代じゃない。
海に神様は居ないし、海の向こうは星の女神様の国じゃなくて、たぶん中国かフィリピンだ。そんな事のために君が死ぬなんて、絶対におかしいよ。
私がどんなに必死になって説得しても、君は島の爺様たちと同じくらい、頑固だった。
「私はね、神様のために死ぬんじゃないの。島に住んでいる大切な人達が、大好きな貴方が、これからもここで安心して暮らせるようにする為に死ぬの。」
だから笑って、と彼女は柔らかな笑みを浮かべた。でも、私は知っていたんだ。
彼女は嘘をつくとき、手を後ろで握る。今もそうやって。
儀式の日。
彼女は今まで見たなかで一番綺麗な服を着ていた。
舟守の家の末娘である私の漕ぐ舟に乗せられて、沖の小島のさらに向こう。
沖にぽつんと浮かぶ鳥居の下で、彼女は海に身を投げる。
だが、そうはさせない。
海神様に嫁ぐのだからと、舟には女性の私だけが乗ることになっている。だから、沖へ出てしまえばこちらのものだ。そのまま逃げてしまおう。
遠くに行けば色んなものがあるんだよ。食べたことの無い美味しいものもきっと沢山あるよ。大変だろうけれど、2人なら私、頑張れるからさ。
舟に揺られる彼女は何も言わなかった。
鳥居を通り過ぎた時、私は心底安心した。
彼女は鳥居に近付いたら飛び降りてしまうのではないかと思っていたからだ。
彼女は静かに海を見ているようだった。
鳥居が小さくなる。この先は大きな海流だ。
きっと私たちを、新しい世界へと届けてくれる。
「来た」
彼女は言い、不意に立ち上がる。
不慣れな私は舟のバランスを保てず、海へと落ちてしまう。
彼女は。
探す視界の端に、海へと沈んでいく着物の袖が見えた。
待って。あと少しなのに。
ゆっくりと沈んでいく彼女を連れ戻そうと、私は息を止めて海へと潜る。
息が苦しい。でも、あと少しで袖に手が触れる。
ふと、ゆらゆらと揺れる彼女の影の向こうに、ふたつの大きな星が見えた。
神様は、居たんだ。
ばくん。
全長は数メートル、或いは数十メートルもありそうな『神様』は少女たちを飲み込むと、月の光で黄色く輝く眼を少し細めた。
そしてゆっくりと、深海へとその姿は消えていくのだった。
読んでいただきありがとうございました。
物語に付き合って下さった貴方が、素敵な一日を過ごせますように。
1月15日 かくり