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誰が悪役転生が一度だと言ったのか  作者: 綾織 茅
久しぶりと貴方だけが笑う

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11/15

6

 




 都の料理人達が次々と王宮へ連れていかれ、とうとう凛莉の父親までもがその対象になってから一週間が過ぎた。約束の三日とは何だったのか。それは誰からも答えをもらえないでいた。



「今日はどこを案内してくれるの?」



 お腹を空かせて道端に倒れたところを救ってから今日までほぼ毎日足繁く通っている男――月新(げっしん)が小首を傾げてその黒曜の双眸を目の前に立つ凛莉に向けた。


 本当は外出する気分にはなれないのだが、世間知らずを前面に押し出してくる月新を一人で放り出せるほど薄情にもなれない凛莉は毎日外へと連れ出されていた。



「奇術師の一団が都に来ているみたいだから、それを観に行く?」

「奇術師か。いいね」

「じゃあ、決まりね。行きましょ」

「うん」



 奇術師の一団は都の中心街である市場の近くで幕を張り、昼前と夕方に芸を見せているという噂だ。今から行けば昼前の芸には間に合うだろう。


 月新が歩き出した凛莉の横に立ち、スッと手を差し出してきた。凛莉も無言でそれを取る。


 最初はもちろん手を繋いで辺りを歩いたりしなかったが、少しでも目を離すと途端に姿を消されるのがもう二桁になる。慌てて探すと、物珍しいモノを売る露店を覗いていたり、怪しい輩に声をかけられても笑顔で答えていたりと、まだ年端もいかぬ子どものように好奇心をあらわにする。痩身(そうしん)とはいえ男である月新をその場から引っ張り動かすのは至難の業なのだから、手を繋いで歩いた方が幾分マシという結果になるのもまぁ頷けた。

 ちなみに離れる時は声をかけるという約束は三度目に破られた時点で凛莉も言い聞かせるのを諦めた。



 舞台が設置されている広場へ辿り着くと、まさにこれから始まるところだった。


 次々と奇術師達が観客達に見せる奇術に、凛莉も父親が戻らぬ不安をほんの少しの間忘れ、束の間彼らの芸に見惚れた。



「最後は脱出劇になります」

「観客の皆様の中からお一人……貴女、お手伝いいただけますか?」

「……私?」



 案内役を務めていた眼帯の青年に声をかけられ、凛莉は大きく目を見張った。


 青年がコクリと頷くと、舞台の上で棺のように横たえられた大きな箱を指され、誘導される。月新のことが気にかかるが、ここで断って水を差すのも悪いだろうと言われるままに箱の傍まで歩いて行った。



「さぁ、この中に入って」

「はぁ」



 現代日本人として生きていた時に見たマジシャンがやっていたマジックではこのような脱出劇は大抵縦向きの箱だった。トリックも何も分からぬ一般人がこういうのに参加していいのだろうかと、舞台に上がってから今さらながらに心配になってきた。



「それでは、合図と共にこの中に入ったあの女性が見事消え去ります!」



 青年の声が広場中に響き渡ると、観客達から大きなどよめきの声が上がった。



「すみません」

「えっ?」



 奇術師の男が小さく謝罪の言葉を口にしてきたが、凛莉にはそれを受ける理由が思い当たらなかった。首を傾げるものの、それについて答えが戻ってくることはなく、演出はどんどん進められた。


 凛莉が箱の中に入り、上から蓋が置かれた後、もくもくと周囲に霧のようなものが立ち込め始めた。それは箱を覆い、奇術師の一座を覆い、すぐ傍で見ていた観客たちのすぐ手前まで押し寄せた。



「煙幕だ!」

「へぇ。すごく凝ってるなぁ」

「でも、量が多くないか?」



 煙幕が晴れた時、観客の目の前にはこれから人が消えるという箱はおろか、奇術師達の姿すら消えていた。


 一瞬辺りが騒然となったが、奇術師達が張っていた幕はそのまま残っている。これも奇術師達の演出の一部なのだろうかと、どこか腑に落ちないものがあるものの、皆が自分を納得させた。それから彼らはまたすぐに日々の喧騒へと戻っていった。




 ◆◆◆◆




 気が付くと、凛莉は見覚えのない部屋の一室で両方の手足を縛られる形で長椅子に横たえられていた。いつも座る木椅子とは全く違うふかふかとした座り心地の椅子の材質に、ごくりと唾をのんだ。



(……嫌な予感がする)



 辺りを見渡すと、紅華だった頃には見慣れていたものの今の自分にはおおよそ場違いに思える調度品ばかりが置かれている。


 足を床に下ろして身体を起こすと、丁度部屋の扉が開かれた。そちらに目をやると、あの眼帯の青年が両手で銀の水盆を抱えて入ってきた。青年は凛莉が起き上がっていることに僅かに目を見張った後、すぐに表情を元の無表情に戻した。



「これって誘拐ですよね?」

「すみません。もう少し大人しくしていてください」

「なんの目的があってのことですか? 私の家、一般的な商人の家なんですけど」

「すみません」



 青年は水盆を長椅子の前に置いてある低めの机に置き、(ひざまず)いて一緒に持ってきていた布を浸し始めた。


 それ以上なにも言うつもりはないのか、黙々と手元の作業に没頭し始めた青年だったが、凛莉は追及の手を緩めるつもりは微塵もない。



「……ここに来るまでに一緒にいた人はどうなったんですか?」

「僕ならここにいるよ。心配してくれてありがとう」



 長椅子の後ろに隠れていたのか、月新がひょっこりと顔を出した。それと同時に、青年が頭を低く下げるのが視界の隅に映った。

 月新の顔に浮かぶ表情はまかり間違っても見ず知らずの輩達に誘拐された人間が浮かべていい表情ではない。穏やかな、ともすれば喜色にも見える笑み。



「……心配しなくても良かったみたいね」

「どうして?」

「……だって、貴方、誘拐犯(そっち)側でしょう?」

「そう? なんでそう思うの?」

「女の勘、よ」

「……それは侮れないなぁ。君、勘は良い方だったもんね」



 がらりと雰囲気が変わる瞬間。


 それはこんな時のことを言うのだろう。今まで好奇心旺盛なものの呑気そうな男だと思っていたけれど、今はそんなこと、微塵も感じさせない。今の彼は――上に立つべくして生まれた者が持つ特有の雰囲気を惜しげもなく(さら)している。



「まったく。君ってば、相変わらず僕のことなんて眼中にないんだよね。こっちは人手を()いてまで捜し尽くしたっていうのに」

「……貴方に会ったこと、昔にもあった?」

「昔っていえばそうなるのかな? 酷いなぁ」


 ――何ひとつ覚えてないんだね、紅華って。



 ドクン、と。


 心臓が大きく鳴動した。



「……そ、そんな、なんで」

「あれ? 覚えてるの? なぁんだ、なら問題ないか」



 月新が凛莉の肩をトンと押し、縛られて行動を制限されているにも関わらず逃げ出そうとする彼女の身体を長椅子に繋ぎとめた。


 これでもかというほど顔を蒼褪めさせる凛莉の耳元に口を近づけ



「今度こそ、ちゃんと約束、思い出して、忘れないでね」



 怯えた瞳で己を見上げる可愛い獲物に、新月は今まで見せたことのない種の笑みを見せた。


 それは、その言葉は、その笑みと同様の。ある種の呪いと同義であった。




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