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家出日記

作者: ヒガシリツ

花火の上がる音が聞こえた気がしました。五分ほど前のことです。

多分一番後ろの方の窓に大きな氷の粒が当たったんだと思います。今斜め後ろの窓にも何かが当たった鈍い音がして、また学校の映像資料で見た花火の開く前のような音がしました。さっきより大きいです。たぶんわたしが乗っているこれは故障します。帰りは遅くなるか、計画の初めの通り帰ってこないでしょう。毎日の習慣だった日記を書いて、この家出をひとまず終わらせたいと思います。

今更になって家のことを考えてしまいます。わたしの家は成り上がりの金持ちで、ママは社長だけど会社はわたしの住んでる県で最大くらいの規模です。そして今乗っているこれは三人乗りくらいの大きさです。

なぜこれの大きさのことを書いたかと言うと、わたしはずっとこれがプライベート機で最大級だと思っていたからです。知ったのはこの家出でした。初めて別のプライベート機を見た時は口が開きました。何となく分かっていたのに、ママの言うことだから信じていた自分の愚かさが恥ずかしかったのです。

恥ずかしい人生を、なんだったかな。パパがお気に入りの、百年も前の小説の書き出しです。わたしの人生は恥ずかしいものです。裏口入学で入学したり、私服登校だった頃は全身ブランド物の服を着て登校していました。裏口入学は今通っている高校の話なのですが、偏差値が二倍も上で授業にはすぐについて行けなくなりました。

楽しいのは映像資料を見る社会の時間だけでした。パパがよく話してくれた宇宙大開発以前の出来事を映像で見ました。中でもわたしは祭りの様子が好きでした。規則的な形をとったモチーフを祭り上げ、集団で踊りを踊り、非科学的な「神」なんかを信じて真剣に儀式を行う。何故かとても心が惹き付けられました。祭りの中でも気に入ったのは花火でした。HANABIという響きや大きな音と変則的な光の粒。いつか本物を見たいと思いました。

そして、円が大きな粒を作り出すという理由だけで、わたしの家出は土星行きにしようと決めたのです。

酸素が薄くなってきたのか、息が苦しいです。相変わらず花火のようにひゅるるうと音が聞こえます。

わたしは会社を継げという両親の圧力が嫌でした。言葉が嫌でした。それが嫌な癖に逃げ出そうとする努力もできない自分に不甲斐なさを感じました。本当は宇宙大開発を再興させるため校内推薦で大学に行って、でもわたしの学力では行けないからまた裏口で・・・ああ、また親に頼ろうとしてしまいました。結局わたしの人生は自分の力で決められない、恥ずかしくて汚い人生なんです。わたしの人生で綺麗な瞬間は、フェーベ環がはっきりと見え、段々に土星に近づいた時だけでした。わたしもあの輪の中に入れたら人生が美しくなるかもしれないと思いました。思った時には宇宙船を環の中に進めていました。C環に入るかという時、例の花火が上がったのです。

どんどん眠いような、貧血で倒れる時のような頭の痛みを感じます。でもこれでいいんです。わたしは初めて人生の選択をできたのです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公の好きな花火が比喩として全編に散りばめられていて、本来なら危機迫る場面なのに、とても美しく感じました。 それに加えて、主人公の自己肯定感の低さからくるのか、まだ年若いのに最後はどこか…
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