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地獄

作者: ヒラキリュウタ

こんなことを想像してみた短編集

 人は死ぬと天国か地獄に行く。天国に行った者には悠々自適の生活が約束され、何不自由なく暮らせるようになっている。地獄に落ちた者は前世の業に縛られ、等価の罰が与えられる。

 足立朧は地獄に落ちた。生前、空き巣の常習犯だったためだ。

「もう5年。こんな生活がいつまで続くんだ」

 朧は労働の休憩時間に呟く。

「そんなんおめえ、いつまででもだよ。おめえが改心したことが神ってやつに伝わって、そんで運が良ければ、ここを出られるかもしんねえよ?」

 朧の声を聞いていた赤鬼が答える。朧のことを慰めるように肩に手を置く。

「鬼さんは罰を与えるのが仕事じゃねえの?」

「罰は与えるけど、情けをかけちゃいけねえとはルールにねえよ?」

「そうかい」

「さあ、休憩時間終了だ。ほれ、仕事に戻れ」

「うっす」

 朧は立ち上がり、今日の残りの労働に向かう。今日はとにかくレンガを運んで、閻魔の肘掛を作る。ただし道具や機械は使えない。その上閻魔王は人間の15倍ほどの大きさがある。その肘掛ともなると、作るのはなかなか容易ではない。


 地獄は非効率的だ。全ては地獄に堕ちた者の罰のための労働であるため、何もかもが手作業で肉体労働だ。その昔あった、血の池や針の山、舌抜きなどは生産性がないという理由で廃止になったが、現在もその本質は大きく変わっていない。閻魔の肘掛など腐る程作らせたし、実際に使ったのはそのうちのいくつかだけだ。結局罰を与えなければいけないという名目が、意味のある労働に結びつかないのだ。閻魔はそのことに悩んでいたが、しかし地獄の本分は罰を与えること。生産性などは求めてはいけないのかもしれないと葛藤する。

「おい」

 閻魔は側近の鬼に呼びかける。

「へい」

「この罰は一応生産性なんてものを求めているが、実際のところどうなんだ?」

「へい、生産性はないこともありやせん」

「ないこともない?」

「へい、確かに肘掛や枕なんかは、作ること自体に大きな意味はありやせん。しかし作った彼らはヘトヘトに疲れきり、生前に犯した罪を悔いりやす。そしてその罰の疲れをいやすために、彼らは居酒屋なんてものを作り出しやした。ここが大きな生産性だと思いやす」

「というと?」

 閻魔にはあまりしっくり来ていなかった。居酒屋ができたことが生産性だと?

「へい、居酒屋は地獄にこれまでなかった娯楽を生み出していやす。鬼たちも人間の作った居酒屋によく遊びに行っていやす。鬼にとっても安息の地のようなものができたことで、おにたちの労働意欲はかなり向上していやす」

「なるほど」

「見やすか?」

「見れるのか?」

「へい」

 側近の鬼は閻魔の前に馬鹿でかいテレビを持ってくる。スイッチを入れると肘掛作るためにレンガを運ぶ朧が映った。

「彼は足立朧。享年54歳。生前は空き巣を繰り返していたフリーターで、最期はバイクの転倒でおっ死んでいやすね」

 朧はバスケットボールほどの大きさのあるレンガを両手で持ち、ひいひい言いながら積み上げる。今日のノルマは150段積み上げること。一筋縄ではいかないが、頑張ればどうにかなりそうだ。何度も転び、もう嫌だと言いながらも、150段をどうにか達成する。

「お、終わった」

「お疲れ」

 赤鬼が茶を持ってくる。

「お、サンキュ・・・あっつ!」

「煮え湯を飲ませてみた」

「地獄ジョークやめろ。体張るしかないんだから」

「まあまあ。しばらくすれば冷めて飲めるようになるさ」

 ふう、ふうと茶を冷まし飲む。

「ほっ」

「飲み行く?」

 赤鬼が朧に聞く。当然行くでしょと答える朧たちのやりとりは、日常茶飯事なのであろうことが、雰囲気から伝わる。そして二人は居酒屋に足を運ぶ。

 居酒屋には赤鬼、青鬼、人間と、入り混じって酒を酌み交わしていた。

「やっぱ毎日クッソ辛いけどさ、これがあるからどうにかやっていけるよな」

 と一人が言うと、みんなが同調し口々に、あれが辛かったどれが大変だと騒ぎ出す。

「おめーら地獄来てんだから当然だろ」

「犯して来た罪の分の償いだ」

 赤鬼や青鬼が怒鳴る。

「それにしても罪よりもだいぶ重い罰だと思うぞ!」

 と人間も言い返す。

 店主はまあまあとなだめる。いざこざ起こすんなら外で頼むよと言って入り口のドアを開ける。すると途端に二人は和解する。

「いやすまねえマスター。俺たちは別に喧嘩したいんじゃねえんだ」

「そう、酒を飲みてえんだ」

 二種間に友情が生まれる。そしてみんなで今日の労働を労いながら歌を歌う。


「なんだこれは」

 閻魔は目を見張った。どうして居酒屋なんてものが地獄にできているんだろう。そして何百年も交流がなかった人間と鬼が仲良く一緒のテーブルについているではないか。

「へい、現状の労働後の風景でございやす」

「なんだかこれでは、あまり生きている頃と変わらないのではないか?」

「そうではありやすが、しかし、労働というものに対して生前よりも真摯に向き合っていると言えやす。彼らの悪の心的なものは確実に減退していっているでしょう」

「ふーむ。まあそれも地獄のあり方として無しではないか」

「へい」

なんとなく。そういうところがあるんだと思うんです。

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