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青空旅行記  作者: 秋月
三章 騎士の国ロザリア
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九十四話 目覚め

 ぼんやりとした意識の中で、彼は夢を見ていた。


 幼いころの夢だ。まだ、自分が村を出ていなかったころ、一人の少年として、遊びまわっていたころの夢であった。


 隣には、一人の少女が居た。長い黒髪を布で細く縛った、肌の浅黒い、活発な少女だ。彼女は村長の娘で、同時に彼の婚約者でもあった。


 彼は村一番と言っても過言ではないほどのやんちゃ坊主であったが、彼女も負けず劣らずのお転婆で、よく二人で森の奥を探索しては、それぞれの両親に叱られる生活を送っていた。


 二人の仲はすこぶる良く、親同士の話し合いで決められた婚約ではあったが、互いに憎からず思っていた間柄であったため反発も無かった。互いに、結婚したら何をしようかという話を、時折交わしていた。


 ディロックは夢の中で、少年少女――自分と、その婚約者の仲睦まじい様子を、離れて眺めていた。


 自然に囲まれた環境の中で、両親の教えを受け。


 幼馴染の婚約者と、毎日顔を合わせては、何気ない事で笑い。


 そして、精霊の語り掛ける言葉を聞く生活。


 なんと充実して、幸せな日常であったことだろう。長く見つめれば見つめるほど、その景色への憧憬は次第に強くなっていく。


 だが、ディロックはその景色に手を伸ばそうとはしなかった。彼の思い出は、すでに失われたものだからだ。もうどこにも、そんな幸福な日々は残っていないのだ。


 意識が浮上していく。思い出の底へと沈んでいく故郷の景色には、ちらりと巨大な、白い影が映っていた。




 目が覚めると、ディロックは寝台に寝かされているようであった。


 ゆっくりと起き上がる。しかし、異様なまでに体が重い。心臓の脈動が痛いように感じられた。


 見れば、鎧や剣は外されており、上半身はほとんど包帯で覆われていた。血はあまりしみていないが、何度か交換したらしい痕跡が見えた。


 そこまで確認して、ああ、と彼は思い出した。正騎士ローガンに斬られたのだ。それから、なりふり構わずに包囲網を脱し、必死で走ってきたのだ。


 しかし、走り出してしばらくした後の記憶がない。自分が今、どこに寝かされているのかさえ、とんと検討が付かない。頭に手を当てて考えていると、そこで扉が開く音がした。


 振り向くと、入ってきたのはとんがり帽子の女――マーガレットであった。手には水差しがあり、彼が起きている事に気づいてかすかに眉を上げた。


「おや、起きたのか。体に異常はあるかね?」

「……少し体が重いが、大丈夫だ」


 それより、と前置きして、ディロックはここがどこなのか(たず)ねる。すると彼女は、近くに置いてあった椅子にどっかりと腰かけて、口を開いた。


「ここはシェンドラ公爵家の屋敷さ。……私たちが目指していた場所だ」


 その花を聞いて、ふいと外の景色に目をやった。窓の向こう側には、見事に整えられた庭園が広がっている。先ほどからちらちらと視界の端に映っていたその光景も、公爵家の庭と考えれば納得できた。


 しかし彼は次に、そんな事があり得るのかという考えに行きついた。


 転移した地点の正確な位置は分からないが、シェンドラ公爵領の端まで歩いて一日か、それ以上かかる距離があったはずだ。


 途中から彼が意識を失っていた事を考えれば、そう遠くまではいけないはずである。マーガレットが魔法を行使できるだけの時間を稼げたとは思えず、追い付かれる可能性は著しく高かった。


 しかし、今こうして生きている。今際の夢だと言われた方がまだ納得できた。


「何が……何があったんだ?」

「ああ。少し長くなるが、いいかね?」


 そういって彼女が水を差しだしたので、一口含んで、ゆっくり飲む。冷たい水が、静かに喉を潤して行き、ようやくそこで生きているのだという実感を得た。


「さて、君がどこまで覚えているか……包囲網を抜けた事は?」


 ディロックが小さく頷くと、マーガレットはその後の事を一つ一つ詳しく語り始めた。


 まず、彼が三人を抱えて走り始めて数分後。『透明化』の効果が切れ、ちょうど森を抜けた時、少し離れたところに街道が見えたという。


 月明りを頼りに見れば、人通りはないが、確かにシェンドラ公爵領への道だろうと察せられた。ディロックにそのことを言うと、返事のないまま、ディロックは進路を変えたと彼女は語る。


 ただ、そこの記憶はすでにディロックにはない。あるいは、必死で走るうちに聞き逃したのかとも思えたが、そうだとすれば進路を変えた事は不可解だった。


 彼女の話は続く。道を走り続ける事数時間、しがみつく体力さえ失われ始めたころ、ようやく町が見えて来た。小さな町だったが、公爵への連絡係が居る程度の規模はあった。


 その時、ディロックの足がいきなり遅くなり始めた。町が見えたからかと彼女は思っていたが、だんだんと速度を失っていくうちに、それは違うと思い直したという。


 なぜなら、減速を終え、町が目前に迫ったあたりで、彼は唐突に倒れたのである。切られた傷も重い装備もそのままに、うち二人は子供といえど三人もの人間を抱え、一晩中走り続けた事を考えれば当然の結果であった。


 ゴーンが気絶した彼を引きずって処置できる場所まで運ばなかったら、彼はすでに死んでいただろう、と彼女は告げた。

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