八十五話 剣士の呪い
マーガレットが杖を構えるより一瞬早く、騎士が動き出す。一糸乱れぬ動きで接近する四人が剣を振りかぶると、その眼前へディロックが割り込んだ。
まずい、と後ろで誰かが呟いたのをかまわずに、ディロックは――より正しく言うのであれば、剣士ディロックは電光石火に行動を開始した。
僅かに一歩だけ先行していた騎士の顔面目掛けて、強く剣を握りこんだ拳をしかと叩き込む。鎧を着込んでいるとはいえ、鉄の塊で殴られればダメージは相当のものだ。動きは自然と止まる。
後手に回らせて尚先手を取られたという事実に、一番踏み込みの遅い騎士が怯む。そこへすかさず、渾身の蹴りを放った。
槍と見まがうほどに鋭い蹴撃が騎士の鳩尾を確実に捉える。鉄板越しに伝わった衝撃で、肺から空気を一気に押し出され、振り上げた剣がぶれた。
そうして二人になった騎士を目の前にして、蹴った足を引き戻し、それを思い切り地面に降ろし、踏み込んだ。受け止めるつもりである。
振り下ろされた二本の刃を、自らの剣を盾のように掲げて受け止める。衝撃音、はじけ飛ぶ火花。ぐいと押さえ込まれたディロックだが、しかし、その剣もまたそれ以上振り下ろすことは出来ない。
腕自慢たる騎士二人の攻撃を受け止めて、なおびくともしない怪力。その困惑からくる一瞬の隙を見逃さず、ディロックはすぐさま身を低くして剣をかわすと、地面を蹴って素早く後ろに跳んだ。
そして、詠唱を終えたマーガレットが、彼の居なくなった空間目掛けて容赦なく魔法を浴びせかけた。高らかに掲げられた杖から迸るのは、神の怒りと畏れられし雷、その模倣。『連鎖する電撃』の術である。
轟音を立てながら放たれたそれが、一番初めに怯んだ騎士へと襲いかかる。渦のようにうねりながら飛ぶ電撃に射抜かれ、バチ、というあっけない音とともに最初の一人が事切れた。
だが、『連鎖する電撃』の恐ろしさは殺傷力ではない。むしろ、威力では通常の『電撃』より劣っている。
マーガレットがその魔法を選んだ理由は二つ。一つは、金属鎧には雷と相場が決まっているからだ。いかに魔法で防いだとしても、素が鉄や鋼である事に代わりは無い。
そしてもう一つは――集団戦にめっぽう強い、その特性である。
一人の騎士を葬った雷は、しかしそこで霧散することなく、意思を持っているかのように跳ね上がり、不可思議な軌道を描いて近場にいたもう一人の騎士へと襲いかかったのだ。
その性質とはすなわち、もっとも近しい相手に対して電撃が移る、というものだ。距離や連鎖数による減衰はあれど、対多数戦闘における強力さは言うまでも無い。
ただし、連鎖する目標を指定することは術者ですら不可能なため、誤射の可能性を常に秘めている。そうそう乱用できるものではない。
黒焦げになって煙を吐く二人の同僚の姿を見てどう思ったのか、一人は竦み、一人は背を向けて逃げ出した。
しかし、情報を持って帰らせる訳には行かない。獣のような鋭い眼光をその黄金の目に宿らせながら、ディロックが怯え竦んだ騎士に飛びかかった。
咄嗟に盾のように掲げられた剣を払いのけ、そのバイザーに向かってに容赦なく剣をつきたてる。頭を貫かれた騎士は一瞬びくんと大きく震えて、すぐに息絶えた。
そうして彼は、すぐにもう一人の方へ目を向けたが、そちらは既にマーガレットが始末していた。彼女が小さく頷いたので、ディロックも血脂を適当に払うと、剣を鞘に収めて三人の下へと戻った。
「無事か、三人とも」
「……あー、体は無事だとも、全員な。君のおかげだ」
――だが、できれば次はもう少し配慮してくれたまえ。
曖昧な苦い笑みを浮かべる彼女を訝しんで、隣の二人の方を見る。すると二人が、どこかぎこちない様子でこちらを見ていることを知った。
怯えているのか。そう思ってすぐに、ディロックはああ、と気がついた。
きっと二人とも、人が殺し殺されの場を見るような、物騒な人生を送ってこなかったのだろう。焦げた人肉の臭いと、濃厚な血の臭い。そして、戦いの雰囲気。どうやって自らの精神を守ればいいのか、検討もつかないのだろう。
彼が何かを言おうとして、黙りこんだ。今しがた人を殺したばかりの人間から受けた言葉を、素直に受け入れられるだろうかと。
少しの沈黙を経てから、マーガレットが鼻を塞ぎたまえ、と言った。彼女も実際の所、ディロックよりも多く人を撃ち殺してこそいたが、その代わりディロックほど返り血を浴びたわけでもない。
一見した時の威圧感で言えば、彼女の方が幾分かましであった。
「目も瞑るといい。臭いがしなくなるまで、私が手を引いていこう」
「……ああ。すまんが、頼む」
一通り騎士の懐を調べ、使えそうな品を幾つか見繕ってから、四人は再度足を動かし始めた。マーガレットが二人の手を引いて歩く。その先頭で、彼はじっと外した自分の兜を見つめていた。
この兜を被る時だけ、旅人を捨て、剣士としてのディロックであろうと彼は誓った。それは彼を守る呪いであり、同時に、一切の情を捨てさせる呪いでもある。
それはおよそ、人の道を外れた怪物のようなものだ。旅人としての自分も、いずれそうなってしまうのだろうか。
不気味な疑念から目をそらすようにして前に向き直ると、丁度そろそろ、中継地点の村が見えてきたところだった。




