八十四話 襲撃
そういえば、とディロックの口が開いた。基本、必要以上の事を喋ろうとしないディロックとしては珍しい。マーガレットが眉を微かに揺らしながら、問い掛けた。
「どうかしたかね?」
「いや。……目的地の、シェンドラ公とは、どんな奴かとな」
彼がそう口に出せば、彼女は一瞬黙り込んで、フランソワの方を見た。
仕方ないことだが、回転の速い頭を持ってしても、他国のことについては疎くならざるを得ない。まして、まともに情報を得られる機会が少なかったとなれば尚更である。
おまけに貴族のことともなれば、冒険者であるマーガレットにはもはや専門外だ。
"貴族お抱え"という道もあれど、冒険する者とはすなわち、自由を好むものなれば。冒険者に貴い血の者たちなど知ったことではないのである。無論、それが依頼人ともなれば、話は変わってくるだろうが。
視線を向けられたフランソワは、ひいこらと歩いてはいたが、二人の疑問に気付くと、すぐに優雅な態度を持ち直してつらつらと答えた。
「カルロ=ルプツーニク=シェンドラ。現在の反乱軍を影から支えるパトロンにして、私の兄ですわ」
どこか誇らしげに答える彼女に、マーガレットは一瞬頷き、そして首をかしげた。
「……反抗した諸侯は大概、制圧されたか服従したかだと思ったが」
「シェンドラ公は代々、王家から分かれた血筋が継承するのですわ。だから、常備軍にも負けない軍備がありますの」
なるほどね、とようやく彼女は納得し、今度はしっかりと頷いた。
何らかの事故や病によって、国王が急逝するのはそう珍しいことではない。場合によっては暗殺者などを仕向けられることとてある。
いざという時、すぐに事態を鎮圧しなおかつ混乱も引き起こさないためには、王位を継承する相手を定めておくというのは極々当たり前のことであり、"予備"の王は殆どの場合において貴族としての任を与えられるのである。
そして、予備があっさりと死ぬようでは予備の意味がない。病や事故はともかく、武力によって死ぬことが無いように武力を揃えているのは基本だ。
それだけの戦力がある場所なら、護衛の目標地点として定められたのも頷ける話であった。
マーガレットが一人納得する中で、なら、とディロックはふと思う。
フランソワが誇らしげに語ったことによれば、シェンドラ公とはつまるところ、王の血筋から外れた者が継承する。
ということは、少女自身もまた王の血を引くものとなる。行動の端々から感じられる気品と、いわば"青い血"が持つ独特の雰囲気ゆえに、それ自体を不思議には思わなかったが、そうだとすれば一つ疑念が生じる。
――何故、王が彼女を狙うのか。
王が即位した以上、それ以外の傍系は王位継承権を失う。急死時の備えとしてシェンドラ公が存在してこそいるが、それは今生きている王にとっては関係の無い話である。
ましてや、公の妹など殺した所で、一体どんな意味があるのか。貴族界で大きな権力を振るう公爵の恨みを買い、親族殺しとしての汚名を浴びる以上のことにはならないはずだ。
ならば、なぜ。そう考えた瞬間に、ディロックの体を悪寒が貫いた。ふ、と彼の足が止まる。
「後方は二、前方に四。この距離の取り方……弓か魔法か、持っているな」
「おや、もう来たのかね。随分と動きが早いな」
極普通の声色で語られた声に、彼女が何気なく返す。ゴーンとフランソワは一瞬、二人が何を言っているのか理解できなかった――すぐに、否応無しに理解せざるを得なかったが。
パヒュンッ、と弦のしなる音がして、一本の矢が少女の後姿目掛けて放たれた。その無防備な背中を貫くかに思えた矢は、しかし、ディロックが竜皮の肩布をなびかせ、払いのけた。
続く第二射、第三射は、雷光の如き速度で抜き放たれた無銘の刃が叩き落す。ゴーンは素早く彼女が狙われていることを察し、ぐいとフランソワの手を引いて邪魔にならないよう二人から少し離れた。
しかしその瞬間、木の陰に隠れていた魔法使いが練った魔力を撃ち出した。放たれるは、必中を誇る『力矢』である。数は六、怪物相手であれば威力に欠け敬遠される術だが、少女を殺す分には十二分だ。
放たれた魔力の矢が、直角の軌道を描いてフランソワへと殺到する。だが、直撃する寸前、魔法の壁が矢を掻き消してそれを防いだ。
『矢避け』の術――マーガレットである。彼が声を掛けたその瞬間から、既に詠唱していたのだ。そして、攻撃用の術もまた、既に編み終えている。
「魔法使いを無視とは、感心しないな。『力矢』」
返されるのは同じ呪文。しかし、その数は十八本。およそ尋常ならざる魔力量と、それを自在に操れるだけの技量が無ければなしえない荒業である。
放たれた術は、まず襲撃者である魔法使いの杖を弾き飛ばし、後を追う七本の矢がその体を貫いて殺した。
残った十本の矢は、それぞれ前方と後方に分かれて飛んでいく。二人分の悲鳴が上がり、何処からとも無く撃たれていた矢が途絶える。遠距離では勝ち目がないと察したのか、前方から四人の騎士が姿を現した。
「真なる青い血の一人、フランソワ=ルプツーニク=シェンドラ殿。恨みは無いが、死んでいただく」




