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青空旅行記  作者: 秋月
三章 騎士の国ロザリア
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八十一話 値段交渉

 一瞬、ディロックとマーガレットは、無言で顔を見合わせた。


 もとより口が上手いたちでもない。それに加えて、貨幣の扱いはどちらかと言えば苦手な方である。そのため、ディロックが小さく頷くと、彼女は心得たとばかりに不敵な笑みを浮かべて、フランソワの方へと向き直った。


 その顔には幾ら引き出せるかという問いかけがありありと浮かんでおり、依頼人と対面する冒険者のそれと言えた。


 すると、ざわざわとしていた空気がしんと静まり返る。窓の無い閉鎖空間特有のものとは、また違った圧迫感のようなものが、部屋中に広がっていく。誰かがつばを飲む音が、酷くうるさく聞こえていた。


「言い値と来たかね。では、前金で金貨十枚。それとは別に、金貨六十枚を報酬として要求しようか」

「あら、少々お高いのではなくて? 足元を見られては困りますわ」

「残念だが適正価格だよ。我々を雇うのであれば、むしろ安い部類だと思うがね」


 静かに論戦がスタートする。場を支配するのは依頼人であるフランソワ、そして交渉者たるマーガレットである。


 両者の視線が交わり、バチバチと火花が散っているかのような錯覚をディロックは覚えた。


 旅人は、社会的地位というものが皆無に等しい。下手に値切り、値上げを試みれば、すぐさま話を打ち切られることもしばしばだ。それゆえに、ろくすっぽ交渉をしてこなかった彼にとっては、ある種、とても新鮮な光景であった。


 しかし、金貨七十枚とは。彼の頭の中で、漠然と金貨の山が詰まれた。いくらマーガレットなみの実力者を二人雇う計算だとしても、高すぎるのではないだろうか。


 それだけあれば、かなり高等な魔法の道具でも購入できるだろう。魔法の指輪や防護のアミュレットなどの、使いきりでないものでさえも。


 しかし、そうした魔法の品々の購入を考えた時、彼の中にあった金貨の山は一瞬にして消え去ってしまった。魔法の品は、目が飛び出るほどに高価なものが殆どであり、金貨の山とて長く持つものではない。


 ぞっとしない事実に直面したディロックが、ぶんと頭を振って考えを振り払っていると、丁度マーガレットが別の案を提示するところであった。


「現状では支払いが難しいことは承知の上だとも。そこで、だ。今ある魔法の道具をいくつかお借りできるのであれば、減額にも応じたいと考えている」


 ちら、と彼女がディロックの方を見る。


 マーガレットは魔法使いである。魔法の道具の必要性はそう大きくない。となればこの提案は、無論ディロックの事を(おもんぱか)ってのことだろう。


 先日、本の国で起きた事件を鎮めた際に、彼の持つほとんどの道具は使い切ってしまっていた。無論、ディロックの本業は剣士であり、戦うことそのものができなくなるわけではないが、それでも戦闘能力の低下は免れない。


 これから戦闘を行うことを考えれば、魔法の道具がある事に越したことはない。ディロックは彼女の目線に、小さく頷いて返した。


 すると今度は、フランソワの方が視線の向きを変えた。その先に居るのは、幹部を総括する立場にある細指の男、ハイマンの方である。


「ハイマン、貸し出せるものはあるのかしら?」

「……倉庫にニ、三点は。しかし、魔法の武具の類はありません」

「ということだけれど、そちらの要求は?」


 少女の視線が、再び旅人二人の方に向き直る。再び会議が膠着状態に入りかねない話題である為か、その顔には妙に険しいものが宿っていた。


 マーガレットが答えに迷って口を閉じる。助け舟が必要そうだと感じ、ディロックはそっと指で机を突いて音を立て、自分の方へとフランソワ含む幹部たちの注意を向けさせた。


 多くの目が彼のほうを見る。彼は勤めて悠然とした態度をもち、黄金の目でそれらへと見つめかした。


「武具の類はひとまず良い。使える魔道具があるなら十分だ。普通の道具もあればいい。ただ、それにしても品目は見せてもらえるか」

「あら、それは勿論のことよ。そこの……いえ、ゴーン。倉庫目録をもって来なさいな」


 俺かよ、とぶつくさ言いながら少年が駆け出す。音も無く走り出す様子は、どこか手練の賊にも見えた。


 ゴーンは、金属鎧を着込み、完全装備していたとはいえ、訓練した騎士にも負けず劣らず足の速い少年だ。何の障害もなく、歩きなれたアジトの中となればその速さは言うに及ばず、ほどなくして羊皮紙一枚を手に戻ってきた。


「ほら、お望みの目録を持ってきたよ。ったく、少しは休ませてくれよ」

「ええ、ありがとう。……それで、必要そうなものはあるかしら?」


 手渡された目録――といっても、そう多くが記されている訳ではないようだが――をジッと見る。雑貨類や調度品などが大半だったが、それでもいくらかは有用なものを見つけ出すことが出来た。


 まず一つは『透明化(インビジブル)』の巻物(スクロール)。いざという時、自分達二人だけならどうにかなるとしても、フランソワを護衛するのであればフランソワ自身も逃走の手段を持っておくべきだと考えたからだ。


 次にロープや楔、天幕などの定番の冒険道具類をいくつか。あればあるだけ、困る事は無い。まして、人数が増えるなら尚更だ。


 そして、(まじな)いに使える媒体をニ、三見繕う。雑多な術とはいえ、いざという時役に立つのもまた、そういったちょっとした工夫だ。


 それらの要求を伝えると、その程度ならとどこか拍子抜けしたような雰囲気で契約は成立した。法外な値段や、道具類を根こそぎ取られる可能性を考えれば、少なすぎる程に感じられたのだろう、とディロックは思った。


 こうしてディロックとマーガレットは、翌日から、一路"シェンドラ公"領地に向かって、一路西へと進んで行くこととなった。

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