八十話 反乱軍会議
「嘘は無い、か……疑って失礼した。だが、緊迫した状態にある事は分かって欲しい」
「気にしなくていい。怪しがるのは当然だ」
取調が終わり、細指の男が小さく頭を下げて言う。ディロックは鷹揚に頷きながらも、それにと小さく続けた。怪しまれるのは慣れてる方だ、とぼそりと呟く。
何せ、旅人には身元を証明するものがない。加えて、ディロックは冒険者ではない。実績も名もなく、どの国の戸籍にも存在しない。そのため、不審がられ腫れ物のように扱われるのは、常日頃からのことであった。
その言葉に、なんとも言えない表情を浮かべ、立ち上がる――と同時に、扉からノックの音が響いた。
「ハイマンさん、こっちは終わりました」
「ああ。こちらも今、終わった所だ。すぐに行く、会議室で待っていろ」
短いやりとりの後、足音がゆったりと遠ざかっていく。どうやら、マーガレットの方の取調も終わったらしい。
ディロックもまたすぐに縄を解かれると、すぐに会議室まで連れて行かれることになった。
とはいえ、先ほどまでと比べれば、監視の目もなく、両手も自由な状態にある。それだけで、随分解放されたような気持ちになれた。
そうしてまた、入り組んだ通路を右へ左へしばらく歩いて数十分した頃、ようやくそれらしい部屋までたどり着いた。
「随分入り組んでいるんだな……」
彼が溜息まじりにそう呟く。細指の男ハイマンは、小さく頷いて同意しながら、ぐいと会議室の扉を開いた。
会議室には、既にマーガレットやゴーン、フランソワを含め十名ほどの人間が集まっていた。ハイマンが後ろ手に鍵を閉めた所を見るに、どうもディロック達で最後だったようである。
促されるままに、ディロックはマーガレットの隣へ座ることになった。横目に彼女の方を見たが、縄の痕がある程度で、怪我らしい怪我はない。
「君の方は……まぁ、大丈夫なようだな、ディロック?」
「ああ。魔法の助けがあってこその無実証明だがな。そちらも無事でなによりだ」
そうして二人が話していると、その横で会議が始まった。少女フランソワを巡る話らしかった。
「それで、シェンドラ公閣下までの護衛だが……」
一人の幹部が切り出したその一言の後、誰も続くものが居ない。
それは、誰もが頭を悩ませている問題であった。フランソワを護衛するに辺り、騎士の国ロザリアの実力主義が仇となったのである。
いくら家柄で高位に至っているとはいえ、騎士は騎士である。それなり以上の実力を備えているのは確かであり、そこに高等な魔法の武具もあるのだ。並の戦士では太刀打ちできない。
かといって、大人数で移動するのもまた愚策である。
人数が増えれば増えるほど、その動きを隠すことは難しくなる。食糧の補充や足跡、野営痕などは、数人ならまだしも大人数ともなると到底隠しきれるものではない。
だが、少人数で動こうとなると、いざ見つかった時のリスクが大きすぎる。ここに居る反乱軍の面々で、騎士に真っ向から立ち向かえるほどの武威を持つものは数名しか居ない。
加えてその数名は、皆揃って反乱軍の幹部である。騎士の襲撃や、指揮のことを考えれば、彼らを動員することも出来ない。
フランソワが現王軍の手から逃れられたのは、彼らにとって不幸中の幸いであったが、それでも状況が悪いことに変わりはなかったのである。
解決策が出ないまま時間が過ぎていこうとしたとき、あら、と声がした。
ディロックとマーガレット、そして幹部全員が声の主の方を見た。声を発したのは、退屈そうに話を聞いていたフランソワであった。
「何を悩むことがあるの? 簡単なことじゃない」
ざわり、と場が揺らめく。言葉の意図を汲みかねて互いに顔を見合わせる中、ハイマンだけはその言葉の意味を漠然と理解し、厳しい顔のまま問い掛けた。
「……と、おっしゃいますと」
「人手が足りないなら、そこの二人に頼めば良いのよ」
再び、その場に居る者たちが首を回す。彼らの視界の先に居るのは、ディロックとマーガレットである。つまり、フランソワは、旅人達を自分の護衛にしろと言っていたのだ。
それは、と否定的な雰囲気が広がる。ディロックも、おいおいと思わず呟いた。
周囲の態度や反応を見るからに、フランソワは相当に高貴な出であり、重要人物であるという推測はできる。そして、騎士に襲撃されたばかりだ。
そんな人物を、味方と言う保証もない者たちに護衛を任せろというのは、あまりにも無茶な話である。
『看破』の魔法は万能ではない。嘘かどうかが分かるだけで、言葉巧みに嘘をつかず騙そうとしていても、『看破』の魔法では見破れない。
取調を経て、嘘をついていないと分かっていても、そういったリスクを考えれば幹部たちが消極的な対応になるのは、もっともなことである。しかしフランソワは尚も続けた。
「そこの二人は、一人とはいえ騎士を相手にして、傷一つ負わず、負わせずに戦闘不能にしたのよ? 十分頼りになるじゃない、何をためらっているの」
「しかし、御身の安全が」
「ここに居続けるよりはマシ。違うかしら?」
とうとう、ハイマンも黙り込む。
リスクがあるのは確か。だが、反乱軍全体のことを考えれば、それ以外に打つ手がないのもまた確かなことである。幹部全員が黙り込んだのをいいことに、フランソワは二人の方に向かって言い放った。
「報酬は言い値を出すわ。ディロック、マーガレット、私を護衛なさい」




