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青空旅行記  作者: 秋月
一章 埋骨の森
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八話 埋骨の森

 モーリスとの話が終わるとすぐ、ディロックは寝室に戻って準備する。


 先ほど脱いだ鎧と鎖帷子を着なおし、曲剣を腰に下げる。背嚢を軽く持ち上げ、止め具などの破損が無いかを確認すると、それもひょいと背負った。


 何処かしらに異常が無いかだけを最後に確認すると、教会を出て、今度こそ森に向かって歩き出した。教会は森のすぐ近くにある為、到着はすぐった。




 そこは、既に人の領域ではない。ディロックはそれを肌で感じながら油断無く、しかし何処か楽しげに森を歩いていた。


 森の中は朝方であるというのに薄暗い。それは大きく伸びた枝や、鬱蒼と茂った葉によって日光が遮られているからだ。どこか神聖さを感じさせる空気の中に彼は居た。


 ちちち、と鳥の声が聞こえる。ざざぁ、と木の葉のざわめきも。途切れる事なく続くそれは、紛れも無く森の唄だ。大自然が奏でるそれは、ディロックという異物など意にも介さないように続いている。


 ざくり、ざくりと音を立てて、金属製の具足が地面に足跡が付いて行く。それを見て彼は、自分が既に自然の中に混じっているのを何となく理解した。


 不意な風が、もう一度彼を誘う。ディロックは、頬をかすめて流れて行くそれに任せて、ゆっくりと進んで行く事にした。心持ちは、危険な領域に居るにもかかわらず、比較的気楽なものであった。




 ――その森は、"埋骨(まいこつ)の森"と言う名前を持っている。


 文面だけ見れば、なにやら恐ろしげにも見えるが、それとは真逆の神聖な森で、古い古い伝説の跡地でもある。ディロックが聞いた話によると、未発見の遺跡もあるらしいとの事だった。


 それは、神話の話になる。


 かつて動物が人の言葉を知っていた時代、すなわち古グディラ王期において、森と言う生活の場では人と獣は互いに支えあい、高め合う生き方をしていたらしい。

 実際どうだったのかはさておき、人と動物はかなりに近しい関係にあった。


 時代を生きた人族達は、獣の中でも強い力と知恵を持ったものを霊獣と呼び、尊んでいたという。その尊び方は、今で言うならば信仰の領域にすらあったとも。

 この森も、かつては霊獣と人の交流があった数少ない森の一つである。


 古グディラ王期は、人と獣が互いを知り、足りない部分を補い合い、強く結びついていた時代だった。


 しかし、それも長くは続かなかった。


 ある時、邪悪な竜により異界より呼び出された混沌の軍勢によって、古グディラ王の時代が終わりを迎え始めたからである。不可侵のはずの森すらも攻め込まれた時、霊獣は人を守る為に戦い、そして消えていったのだ。


 埋骨の森もそういった戦場となった森の一つだ。


 圧倒的なまでの力を持った混沌の軍勢に対し、埋骨の森に住む人と霊獣は、共に手を取り合って戦うことで対抗した。その時、両種族の旗印となった霊獣と人の骨が埋まっているとされるのが、この森なのだ。




 ぼうっと歩いていたディロックは、木に顔面から突っ込み、強引に意識を現実へと戻された。ひりひりと痛む鼻をさすりながら、少し無用心すぎたと反省する。


 しかしながら、好奇心というものはいかんともしがたい。自分が立っている森が伝説に語られる場所だと分かっていて、心躍らない旅人はそう居ない。ざくり、ざくりと前に進んで行く足も、自然と歩調は遅くなっている。


 あるいは、自分がその伝説の墓を見つけられるのかもしれない。そんな事を思えば、自然と注意深くもなる。そんな事はまずありえないと分かっていながらも、期待せずにはいられなかった。


 ふと、柔らかな木漏れ日がディロックの顔に掛かる。軽く空を見上げてみれば、日はそれなりに高く上がり始めていた。朝を過ぎて、昼前に差し掛かる頃だろうか?


 ディロックは少しだけ周囲を見回すと、鎧の懐から銀色の懐中時計を取り出した。それ一つだけで芸術品のように細かい技巧の施された円形のそれは、どの国でも支給されない、歯車式の懐中時計だ。


 それはかなり珍しいものであり、無論、価値も尋常ではない。ただで受け取れない、正規の値段で買いたいとディロックが言った時、下手な貴族なら破産しかねないほどの金額を提示されたのは記憶に新しい。


 それもそのはず、広く知られている時計は魔法式のもので、術式を刻みこまなければならないため大型化する。それこそ、時計台ぐらいにしか使えないものであった。一般的に、持ち運びは不可とされているのだ。


 それが懐にも問題なく入れられる様な小ささまで押し込めてあり、かつ魔法の力を使っていない。凄まじいまでの、純粋な技術の塊である。その値段も仕方ないといえた。


 あまりにも高価で貴重な品である為、見るものが見れば、殺してでも奪い取られかねない。ディロックもそれを用心して、人の居ないところでしか取り出さない様にしていた。


 時計の中では三つの針がカチリカチリと動き続けており、記された時間は正確なように見える。それによると今は、大体朝の十時ぐらいの時間帯だ。


 夜行性でない動物はもう動き出している時間だ。危険は早朝よりもずっと多い。


 ただ、ディロックは目的地の場所を知らないため、もうしばらく歩き続けることにした。幸いなことに、モーリスから聞いた話では、この埋骨の森は人を襲うような獣が多くないらしい。


 とはいえ、居ることには違いない。ディロックは再び懐に時計をしまうと、再び歩き出した。先ほどのゆっくりとした歩調とは違い、大雑把な早足で歩き始めた。


 進むにつれ、森は一層深くなり、奏でられていた森の唄もゆっくりと目立たなくなって行く。


 注意深く、しかし雑な足取りで進むディロックは、しかし一度たりとも枝を踏んで音を立ててはいない。金属製のブーツを履いているにもかかわらず、その足音も小さい。野伏せ(レンジャー)の心得も持っているのだろう。


 時折、近くの茂みから枝を適当に手折りつつ、風に誘われながら、彼は森の奥を目指してゆく。

 小さな野生動物に語りかけたり、そこらに生えている花を何となく眺めたりと、所々で何度か足は止めるていたが、進行速度はそれなりに速かった。


 人の気配を感じないというだけで、森は異質な場所のように感じる。圧迫的なまでの植物の量がそう感じさせるのかもしれない。


 木を代表として、足元に生える雑草や花、ある程度の高さを持つ茂み、木の根に生えるコケの類。何処を見ても植物の類しか目に入らないのだから、この森がすごした年月は計り知れない。


 彼は森に入るとき、何時も思わないではいられない。この木は何年生きたのだろう。何年生きれば、自分の何倍もの大きさを得られるのだろう、と。


 無論、木は応えない。植物は何時いかなる時であろうと、沈黙を保ったままだ。時折、年経た木の中には、言葉を理解し話し始める物も居るらしいが。


 草やらコケやらがびっしりと生えた倒木をひょいと飛び越した拍子、ぴちゃりと水の音がして、ディロックは急に止まった。


 彼が足元を見ると、岩や木の根をすり抜けて、水がゆっくりと流れていた。

 何処かの川から漏れ出したのか、それともこれから川になる流れか。彼には検討が付かなかったが、ふと思い立って、その流れをさかのぼって行くことにした。


 流れは時に木の根に沿い、時に岩の亀裂を通り、時にそれらの隙間から流れてくる。追いかけるのは簡単ではなかったが、その甲斐あってか、ディロックは異物を発見する事が出来た。


 それは、石で出来た段差のように見える。四角く切り分けられ、綺麗につなぎ合わされたそれは、まごう事無き人工の石レンガだ。たとえ自然の不思議な成形力でもこうはならない。


 恐らくは、元々水路だったのだろう。ただ、水の通り道を作っていたと思われる溝は長い年月のせいか一部が破損しており、そこから水が外へと流れ出している。あの流れはこの破損からきたものらしい。


 とすると、これを更にさかのぼれば、何かあるはずだ。或いはそれが、ディロックが誘われていた場所かもしれない。


 ディロックは背嚢を担ぎ直し、ブーツに付いた土を軽く落とすと、石レンガで出来た水路に沿って再び歩き出した。

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