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青空旅行記  作者: 秋月
三章 騎士の国ロザリア
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七十八話 秘密のアジト

 少年に引き連れられ、ディロックは薄暗い通りを突き進んでいた。


 右に曲がったかと思えばすぐに左折し、時には誰も居ない粗末な家の中を通り抜ける。ゴーンの様子を見るに、どうもいつも通っている道らしかった。


 狭い路地を抜けた辺りで、ゴーンがふと立ち止まった。少年以外の三人が彼の肩越しに前を見ると、道の端に、なにやら蓋のようなものがかけられていた。


 日陰という事もあいまって、巧妙に隠されていたそれを見つけるのは相当至難の業であっただろう。一見すれば、何の変哲もない路地でしかないのだ。


 事実少年が立ち止まり、そこに何かがあるのだと確信をもって見るまで、感覚に優れたディロックでさえ違和感を覚えなかったのだから、その隠密性の高さは言わずもがなである。


 ゴーンは石畳に偽装された蓋の前にしゃがみこむと、まず三回ノックする。次に二回、更に四回。そして少し間を開けて、再び三回。すると、蓋の下からぼそぼそと声が響いた。


「竜の鱗を見たことは?」

「夢の中でなら」


 謎めいた言葉に、手馴れた様子でゴーンがそう唱える。少しの沈黙の後、蓋の下側からがちゃりと鍵の外れる音がした。


 蓋が開く。キィとかすかに音を立てて開いた戸の先には、しかし誰も居なかった。マーガレットがほう、感心したような声をあげ、ディロックが首をかしげると、少年が不敵に笑う。


「ここの扉は魔法が掛かってるんだ。符丁と暗号が合ってれば、勝手に開くようになってるらしい」


 ゴーンは何のためらいもなく、戸の奥、梯子へと身を躍らせる。それなりに長い梯子は、重い鎧を着込む騎士への対策でもあるという。


 マーガレット、少女がゴーンに続いてはしごに手を掛け、ディロックは最後に降りる。


 後方警戒は斥候(スカウト)の仕事だが、それが居ない以上、最も感覚の優れたディロックが先陣、あるいは後詰を担うのは仕方のない事であった。


 金属の鎧は基本、その重さ故に上下の運動に著しい負荷を与えるものだが、彼はその重さを感じさせない動きで身軽にはしごを降りる。一人旅を続ける関係上、梯子やらロープやら、上下の運動は手馴れたものだった。


 そうしてディロックが梯子を降り切ると、振り返るより先に、止まれ、と言って彼へ武器を突きつけるものが居た。


 どうやら槍か何かを向けられているらしい、とディロックは直感で察する。いきなり来た人間を信用はできないだろう、と彼は特に反応することもなく、その場に止まったままであった。


 腰に佩いていた曲刀を外され、背嚢もまた取り上げられる。想像の何倍も重かった背嚢に驚く声があったが、言われたとおり動かないよう、ディロックは務めて無視した。


 すると、後ろ手にきつく縛られ、ようやくそこで振り向くことが許される。シンと静まりかえり、魔法の明かりだけが薄ぼんやりと点いた地下空間には手に手に武器を持った者たちが多数集まっていた。


 見れば、マーガレットも梯子の脇で拘束されている。見てくれからして魔法使いということもあり、声を出せないよう縄を噛まされてこそいたが、努めて平然としており、気にするなと言わんばかりに首を振った。


 正面へ向き直れば、丁度人の波が割れ、奥から一人の人間が歩いて来ていた。


 すらりとして均整の取れた肢体。薄暗闇の中でも尚見て取れる、エメラルドグリーンの瞳。そして、特徴的な長い耳――長命と叡智で知られる、"細指人(エルフ)"の男であった。


 ディロックは一瞬、目を丸くして驚いた。ここは地下だ。自然を愛する彼らにとって日の光が届かぬ世界は地獄にも等しく、故に暗い地下でも嫌な顔一つせず歩いていることは信じ難いことであった


 その驚愕も束の間、ディロックの目の前に彼は歩いて来る。良く鍛えられた姿を見れば、すぐに戦士だという事が分かった。


「……ゴーン、無事でなによりだが、まずは説明してもらおう。この二人は何者だ?」


 静寂が横たわる張り詰めた空気の中、少年は一瞬怯んで黙り込むが、すぐに一歩踏み出して答える。


「た、旅人たちさ! 俺たちを助けてくれたんだ」

「それで、身元も知れぬ者たちを連れて来たのか?」


 ギロリ、と鮮やかな緑の目が少年の方を見た。鋭い視線にゴーンは体を強張(こわば)らせる。


 如何に事情があったとはいえ拠点に部外者を、それも国外からの旅行者を招き入れたというのは許し難いのだろう。細指の男は槍を握り締めて、もう一度問い掛けた。何故、秘密にするべき拠点に部外者を入れたのかと。


 ゴーンが黙り込む。すると、今度は少女が、ゴーンの前まで歩み出て声を張り上げた。


「私が護衛を頼んだの。それでゴーンを責めるのは筋違いもいい所だわ」


 ざわざわとにわかに場が騒がしくなる。堂々とした態度の少女からは、言い知れぬ威圧感、圧迫感のようなものが放たれる。只者ではないらしい。


 しかし、集団の中でも上の立場に要るらしい細指の男が手を上げると、すぐに場に静寂が戻る。


 彼はそのまま、少女に向かって簡易は拝礼を行うと、拝礼の姿勢のまま顔をに向け、口を開いた


「……フランソワ嬢におきましては、ご機嫌麗しゅう。しかし、何故斯様なことを」

「あら、分からないかしら? 貴方たちだけでは頼りないからよ。ともかく、奥まで案内なさい」


 はっ、と男が了承の返事を返す。そのまま引っ立てられ奥まで歩かされながら、二人は目配せしあう。なにやら長引きそうだ、と。

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