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青空旅行記  作者: 秋月
三章 騎士の国ロザリア
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七十七話 動乱

「それで、ここは騎士の国だったはずだが。一体何が起こってる?」


 路地裏のずっと奥、薄暗いゴミ溜めのような場所で、ディロックは無造作に話を切り出した。


 悪臭が漂うそこは、到底落ち着いて話せる環境ではないが、だからこそ人が居ない。いくら訓練された騎士とて、一切の手がかりなしに路地裏深くのゴミ溜めまで入り込むことはないだろうと少年が踏んだためである。


 むっと顔をしかめた少年であったが、ぜえぜえと荒い息を吐く少女のほうを見ると押し黙って、地面に座り込んだ。


「……王都のことは良く分かんないけど、王様が変わったんだ」


 そこから全部おかしくなった、と少年は語り出す。様変わりしてしまった、騎士の国ロザリアの話を。




 二ヶ月ほど前。ロザリア国王コリド三世が逝去され、新たな王としてコリド三世の息子、長兄たるジェイムズが即位した。


 即位してすぐのころはジェイムズもパレードなどで顔を見せ、民にも寛容に振舞った。前国王の逝去を悼むとともに、新たな王の即位を歓迎するべく、国中あちこちで祭りが開かれた。


 国は転換を迎えるという雰囲気で居たが、半月もしないうちに、新国王ジェイムズの様子が変わり始めたという。有史以来実力のみで選ばれてきた騎士を、次々と入れ替えて行ったのだ。


 王の身を最前で守る近衛騎士から始まり、その範囲は徐々に広がり、今では国の騎士のうち半分以上が新国王の息がかかったものになっていった。


 無論、騎士としての身分を失う事に異議を申し立てた騎士も居たが、決闘を挑んだ者たちは、ことごとく新国王の剣の前に敗れ去り、降伏も許されず死んだという。


 それからと言うもの、治安は悪くなり続けるばかりだった。盗賊は跋扈し、新王に選ばれた騎士は略奪を繰り返す。外への情報は遮断され、僅かに残った正統派の騎士は、隠れ潜んで機会をうかがっているのだという。




「……王は乱心か? それとも、そういう統治のやり方なのか?」

「知らない。でも、どうせろくな事じゃないぜ」


 話を聞き終え、ディロックがポツリと呟くと、少年はぶっきらぼうにそう吐き捨てて靴の紐を結びなおし始めた。


 ディロックは少し思案する。街に来て早々に厄介ごとに首を突っ込んだはいいが、どうしたものか、と。


 無論、何事もなく通過しようというのであれば、問題など放置して旅を続けてしまえば良い。もとより流浪の身である旅人に、政治問題など縁遠いものである。


 幸い、騎士を一人凍りつかせた程度で、誰も手に掛けていない。さっさと逃げ出せば見咎められるという事は無い、と彼は半ば確信していた。しかし一度手を出した手前、そうするのも何となく気が引けるのも事実であった。


 そうして彼が悩んでいるうちに、マーガレットは少年少女の手当てを終えたらしい。幸い、転んで出来た擦り傷や、軽い切り傷程度で済んだらしかった。


「それで、ディロック。どうするかね?」


 声を掛けられ、彼は目だけで彼女の方を見た。青紫の綺麗な目が、彼の金の瞳を鏡映しに見せていた。


 すでに答えを知っているような声色に、彼は短く溜息を吐くと、頭を掻きながら少年の方に向かって問い掛けた。


「ひとまず、安全な所までは送ってやる」


 結局は、そんな中途半端な結論に落ち着いた。しかし、それも仕方ないといえる。


 長居したくないという点から言えば、問題など見捨ててしまえば良い。だが、手を出してしまった以上、信条がそれを許してくれはしない。彼に出来る精一杯の妥協であったのだ。


 しかし、少年にはそのような心のうちが読めるはずもなく、見返りも求めない怪しげな男を、真っ向から睨みつけた。


「助けてくれたのは感謝してる。けど、あいつらとグルじゃないって言えないだろ。つれて、行くのは……」


 お前は信用に値するのか、暗にそう告げて警戒心の濃いその姿を、自分のかつてと僅かに照らし合わせて、ディロックは目を細めた。昔の俺も、ああして臆病で、その代わりに実直だったのだろうかと。


 ――いや、今でもそう変わっていないのかもな。臆病はそのままに、実直さだけは失われてしまったのかもしれない。


 そうして顎をさする。旅の間に伸びた無精髭が、指にちくちくとした感触を与えてきていた。


 少年の判断は妥当といえた。突然現れた男が、アジトまで連れて行くというのだ。アジトには仲間もいるだろう、そう易々と部外者を入れられるはずもない。


 ゆえに、ディロックも固執はしなかった。拒否されるまでならそれまで、その程度に考えていた。


「不要ならそう言え。俺も善意だけで言ってるわけじゃない」

「……ねぇ」


 少年が黙り込んで考えていると、少年が護衛していたらしい少女が口を開いた。


 ディロックが、眉を上げてそちらを見ると、少女は一瞬、怯むように震えた。しかし、すぐに地面を踏みしめて背筋を正すと、気丈な目つきでディロックとマーガレットの方を見つめる。


「護衛、していただけるかしら」


 ほう、とマーガレットが小さく呟いた。振り返りはしなかったが、ディロックの脳裏には、彼女の青紫の目がギラリと光る光景がすぐに思い浮かんだ。


「お、おい!」

「ゴーン、貴方のアジトとやらには騎士に対抗できる方は居ないのでしょう? なら、この人が騎士達とグルであろうとなかろうと、大して差は無いじゃない。違うかしら?」


 勝気な少女は、少年ゴーンをそうして説き伏せる。


 リスクで捨てるか、リターンで拾うか。取捨選択を迫られた少年は、しばらくして、渋々頷くことになった。

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