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青空旅行記  作者: 秋月
三章 騎士の国ロザリア
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七十五話 炎の気配と旅人たち

 草原に整えられた道の上を、二人の人影が悠然と進んでいく。


 両者の歩みはおよそ素人のそれとは違い、一歩一歩踏みしめるような安定感のある物だ。旅慣れているのか、疲れた様子さえ見られなかった。


 一人は、金属の鎧を着込んだ旅の剣士ディロック。もう一人は、ゆったりしたローブととんがり帽子に身を包む、魔法使いマーガレットだ。


 二人はしばし、黙り込んだまま歩いていたが、不意にマーガレットの方から口を開いた。とはいえ、もとより寡黙な性格ゆえ、沈黙に耐えられなかったのではなく、必要に駆られてのものであった。


「そろそろ、国境付近の村が見えてくる頃ではないかね?」

「……ああ、そのはずだ」


 喋り方を思い出している最中のようなぎこちない声で、ディロックが答える。長らく一人旅を続けていた彼にとって、話し相手というのはなんとも奇妙なものに感じられて、慣れるのには幾ばくかの時間が必要そうであった。


 マーガレットがその様子をくつくつと笑いながら、道の先の方を見た。それに釣られて、彼も前の方へ向き直る。目を凝らせば、果てなく続くかの様に見えた道の先、いくらかの民家が見えた。


「丁度見えたな。そう大きくはないが、旅宿もあるはずだ。補給には事欠かんだろう」

「"見えた"といわれても、私には見えないんだがね」


 彼女がそう言って溜息を吐くと、そうだったなと彼は首を振った。自分と人の感覚が違うことは重々承知していたが、それでもやはり、二人旅という感覚がディロックには分からなかった。


 そうしてこれからの予定を幾つか話しながら歩いていくと、ディロックは不意に、風に乗って流れてくる違和感に気付いた。


 ふ、と彼が足を止めると、彼女はそれから数歩進んだ後、いぶかしんで止まった。


「どうしたのかね?」

「……妙な臭いがする。嫌な臭いだ」


 臭いが? そう言って首をかしげるマーガレット。先ほど同様、感覚のずれから来た感覚かとも思ったが、どうもそうでは無いらしいと考え直す。


 少し思案して、彼女はディロックから渡されていた双眼鏡を手に取った。遠くを見るための道具というのは、いかにも火人(ドワーフ)らしい道具だ。


 火人の目は、夜目は利いても遠くを見ることは出来ない。でき無い事、足りない物を積極的に技術で補おうとするのは、太く短い指先を巧みに操る火人の特有考え方である。


 そして、只の人間であるマーガレットやディロックたちにも、その道具は有用に扱えるものである。無論、視界が狭まるというのは大きなデメリットでもあったが。


 拡大された視界の中で、マーガレットは彼の感じていた違和感の正体を知り、納得した。


 村は、その殆どが焼け落ちていたのである。




「……略奪か」


 焦げた木片を踏み砕きながら、彼はぼそりと呟く。


 ほとんど燃えた家屋の一部には、明らかに扉の壊された形跡が残っており、また血痕も多く散見された。そばに倒れている死体は、焼け焦げと傷によってほぼ原型をとどめておらず、男女の識別すら困難な有様。


 急ぐ旅ではなかったが、単純に人手が足りない。二人だけで全員を埋めていては日がくれてしまう。それでも死者を弔うべく、簡易に祈りの礼を捧げていると、彼女がぼそりと言った。


「あるいは襲撃か。どちらにせよ、ろくな所業ではあるまい」


 無数に転がる死体の山と、燃え尽きた家屋の数々。それを見て、ディロックも納得したように頷いた。


 実際のところ、村が略奪の憂き目にあうというのは、時折起こることである。しかし、完全に壊滅するほどの被害に合う事は滅多にない。


 なにせ、略奪の目的は"物資の収集"にある。殲滅は元から計算外であり、何より、積極的な討伐が望まれるようになって命を落としては本末転倒だ。だからこそ妙なのだ。


 マーガレットはそっと近くの焼け(あと)に手を触れる。


「……ふむ、そうだな。崩れ具合を見るとここ一週間と言ったところか」

「国境の端とはいえ、ここはロザリア――"騎士の国"だぞ。ありえるのか、そんな事が」


 訝しんで声を上げるディロックに、彼女はさてね、と首を横に振った。


 "騎士の国"ロザリア。たとえ貧民の出であったとしても、腕っぷしと騎士に足る人格さえ持ち合わせていれば騎士になれる、実力主義を重んずる国家である。


 この国において弱者たる農民や商人は、決して軽いとは言えない税を負う代わりに、腕っ節を誇るロザリア騎士団によって庇護される。それは、この廃村と化した村でも同じはずだ。


 だが、この村の騎士はすでに、今ディロックの目の前に転がっている。全身を覆う焼け焦げた鎧と腰に佩いた剣を見ればすぐにわかった。だが、これは早々ありえない事だった。


 なにせ、この国において騎士となるには、血ではなくたゆまぬ努力と確かな実力が必要になる。いかに辺境なれど、騎士に抜擢されたからには盗賊の一つや二つどうにか出来て当然である。


 それが任された村を守るどころか、剣も抜けずに倒れている。そして、一人の騎士から連絡が途絶えても、国からの調査が送られてきて居ない。


 何かがあった。確実に。


 二人は顔を見合わせた。どうやらまた、面倒事のようだぞ、と。

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