七十話 魔力爆発の猛威
しかし、亡霊もそう易々と勝たせてくれはしない。
古代より生き、怨念のままに膨れ上がったその力は常人のそれを遥かに超えている。
攻撃の為に再接近を試みるディロックを、亡霊に浮かんだ老人の顔が睨みつける。すると、亡霊の中の魔力がうねり、形を変え、一点に向けて集中し始める。
それは魔法と呼べるほど高尚なものではなく、ただの魔力の塊にすぎない。だが膨大な量の魔力は、それだけで破壊を生み出せるものだ。
魔法ではないが故に明確な名前さえなく、俗に"魔力爆発"と呼ばれるその技術の魔力効率は極めて悪い。しかし詠唱なしで使える火力というのは脅威的である。
臨界に達した魔力は渦となり、そして鬱陶しく跳び回るディロックへとたたきつけられた。
なんの前触れもなく放たれるそれは、いくら直感に優れたディロックであっても、避けきることはできない。竜皮による保護を持たない右肩に攻撃が着弾する――『防護』が砕け散る音が響き渡った。
衝撃に吹き飛ばされたディロックだったが、即座に起き上がると再び剣を構える。鎧は多少歪んだようだったが、左肩に鈍痛が走る以外は問題なく動けそうだ。
その程度で済んだ代わりに、大枚をはたいて買った『防護』はたったの一撃で砕け散ってしまった。もう同じものを一撃食らえば、命の保障はないだろう。
「ディロック!」
「詠唱を続けろ! 俺は無事だ!」
彼が叫ぶ。マーガレットは一瞬だけそちらに視線を向けたが、すぐに詠唱を再開した。
無論、無事な訳はない。痛みはひどいもので、明らかに外れたか折れたかしている。無理やりに動かそうとすれば激痛が走った。だが、それを伝える事に意味は無い。集中力が削れるだけだ。
ディロックが軽傷でないことなど、彼女もまた分かっている。だが、彼の気遣いを無駄には出来ず、魔法の詠唱を続ける。
――さて。痛みを顔に出さないよう歯を食いしばりながら、気が緩み震える足を無理やりに正す。
亡霊の方を見れば、次なる魔法を彼女に放とうとしている所で、すぐさま彼はそれに切って掛かった。
いかに魔法といえども、発射口が無ければ放てない。幸いにして霧状の体をした亡霊をかき乱すのは容易く、加えて聖水による加護は邪なる存在には覿面の効果を発揮する。砲口をかき乱すのは容易いことだった。
しかし、また別の課題が彼に降りかかる。
"魔力爆発"である。無詠唱にして無動作、そして高速。それらの発動を感知できる人間はほんの一握りであり、その中にディロックは含まれない。
加えて、相手は霧の体を持った魔力の塊である。それ故に、どこからどう放たれるのか検討もつかないのだ。
それを無尽蔵に撃って来るとなれば、尚更近接戦闘を挑むのは自殺行為である。剣しかまともに扱えない彼にとっては危険極まる相手だった。
しかし彼は躊躇うことなく踏み込んだ。これ幸いとばかりにディロック目掛けて、魔力爆発が放たれると、ディロックはより一層強く地面を蹴って、一瞬加速、爆発の回避に成功する。
背後から響く床が抉れる爆音を聞きながら、ディロックは亡霊をすり抜けざまに切りつけ、そのまま反対側へと走る。
見えない、回避できない、だが照準をずらす事は出来る。亡霊に浮かんだ目が彼を追う瞬間さえ確認できれば、発射タイミングはある程度予測できる。
まして相手は知性の薄れた亡霊相手、偏差射撃といった高等な技は扱えない。
無論、わずかでもタイミングがずれれば致命的なダメージを受けることになり、そうなれば盾を失ったマーガレットとてただではすまない。
最低目標は、詠唱終了まで持ちこたえること。
反転して剣を構えなおすと、彼は再び、愚直に亡霊に向かって駆けて行く。その時の彼は、亡霊からみてさぞ狙いやすい的であった事だろうが、それがむしろ彼の狙いである。
なにせ、彼の剣は聖水による加護はあれども、古代の亡霊を滅するほどの力を持っている訳ではない。元が魔剣などであれば話は別だが、彼の剣はただ質が良いだけの凡剣である。
ディロック単身での討伐は不可能に等しく、故にこそ一撃で再生も出来ないほどに消し飛ばすには、マーガレットによる最大火力が必要不可欠だ。
その為にはまず、彼女の身を守る必要がある。彼は守りを主体とする戦士とは違い、また別段魔を払う力に優れているわけでもなかったが、素早く動き回って"目障りだ"と思わせる分には優秀であった。
二度、三度、魔力爆発が彼の背後や横に着弾し、あたりに爆風を撒き散らす。その度に崩れ折れそうになる膝を叱咤し、部屋中を所構わず走り回っては、隙を縫うようにして亡霊を切りつける。
かすかなうめき声と同時に、亡霊の視線は彼の方へ固定されていく。残された僅かな知力では、彼が囮になろうと跳びはね回っていることには気付けなかったらしい。
再び飛来した魔力爆発は彼のすぐ隣に着弾し、爆発。爆風をもろに受けることになった彼はしかし、ごろごろと部屋を転がり回ったが、目だった傷は受けていない――それはひとえに、竜皮の防護によるものが大きかった。
再び立ち上がり、構えを直す。やってやれ無い事はない、そう自分に言い聞かせて。
――さあ、正念場だ。




