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青空旅行記  作者: 秋月
一章 埋骨の森
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七話 一時帰還

 教会に戻った彼は、丁度起き出して来た子供達と鉢合わせした。どこかぼんやりとした目をした彼らは、ディロックに気付くと、すぐにぺこりと頭を下げた。


「おはようございます……」


 まだ眠気の残った声で、それでもしっかりとした挨拶だ。とはいっても、眠気からか、タイミングはバラバラだ。そんな挨拶に、ディロックもおはようと返しながら、モーリスには言っておくべきだろうなと考えた。


 何せ短い間とはいえ同居人である上、彼女はそこの管理人だ。ならば、外出の際はあらかじめ言っておくべきだろう。何時戻ってこれるかも分からないのだから。


 何人かが広間へと歩く中、一人だけディロックを見上げて止まっている子供が居た。ニコラだった。


 黒くふんわりとした髪は、どうも寝癖がつきやすいのかたまたまか、かなり自由な事になっている。そんな状態で見上げる物であるから、ディロックは耐えられず少し笑ってしまった。


 それを見たニコラも、小首をかしげながら笑う。くすくす、とかわいらしい笑いだった。


「それで、ニコラ。どうかしたか?」

「んー……」


 ひとしきり笑い終えてから話しかけた彼の周りを、ニコラはぼんやりとした様子のまま歩く。それから丁度二週ほどしたあたりで、言葉をこぼした。


「甘そうな、いい匂いがする……」


 ああ、そういえば。ディロックは自分が握った麻袋を見た。先ほど買ってきたクッキーだが、匂いが漏れていたらしい。


「ああ。ちょっとした、土産だ。後でモーリスにわたしておくさ」


 彼がそう言うと、ニコラは小さく頷いて、先に行った子供達を追い駆けて行った。


 ディロックはそのまま、一旦寝室に戻った。荷物には触られた形跡はなかったが、一先ず背負い袋に入れていた危険な品を背嚢に戻しておいた。


 そして無言のうちに鎖帷子(チェインメイル)胴鎧(チェストプレート)を手早く装着すると、皮帯にいくらかの道具を挟んでおく。普段の姿になったところで、一瞬、頭に朝飯はどうするかという考えがよぎった。

 この国ではたしか、朝食は一般的だったはずだと、ようやく思い出したのである。


 以前滞在していた国では、一日二食|(昼食と夕食のみ)が普通だったためその考えが一切抜け落ちていたディロックは、しまった、という顔をした。モーリスには聞いていないが、既に作ってしまっていたらどうしようか。

 そうなった時、好意を無駄にするのも気が引ける。


 そうして彼はしばらく逡巡していたが、結局鎧を脱いでしまう事にした。どうせ森の中で何かしら食べる事になったのだろうから、遅いか早いかの違いに過ぎない、と開き直ったのだ。


 ならさっさと食べに行こう。一度は着た鎧をまた全て脱ぎ、自分が借りたベッドの上に並べてディロックはドアを開けた。手には、クッキーが一袋握られている。


 腰帯には別の麻袋がつるされている。届け物だ。子供達が誤って触れてしまわないよう、モーリスに預けるつもりだった。




 ちら、と広間を覗きこむと、子供達は全員椅子に座り、モーリスが朝食を机に並べているところだった。彼女はディロックに気付くと、ニコリと微笑んだ。


「ディロックさん、ちょうどよかった。呼びに行こうかと思っていたところです」


 ああ、と彼は曖昧に返事してから、モーリスにクッキーの袋を手渡した。彼女が少し首をかしげて中身を見ると、少し驚いたような顔をして呟いた。


「これは……たしか、西の方の……」


 それから納得したように頷いて、綺麗な笑顔を浮かべた。それはディロックに対する感謝の笑みだ。小さな声で彼に感謝を述べると、皿を持ってきますと言って調理場へ戻っていった。


 彼はモーリスの笑顔に、少しばかりてれた様に頭を掻いてから、空いている椅子を借りてそこに座った。端っこの席だったが、小さな子供の隣で、その子供はディロックの事を興味深げに見ていた。


 そういえば、火蜥蜴の話をしたとき、特に興味を持って聞いていた子供の一人だった。ウルと言う名前で、薄い赤毛の少年だ。


 少しそわそわとした様子の後、ウルはディロックに話しかけた。


「おじさん、おじさんは剣で戦ったりできるの?」


 ん、と小さく声を漏らした彼は、まぁな、と呟いた。


「大したものじゃあないが。半分は我流だ」

「へぇー!」


 ウルはいかにも楽しそうな顔をして、何度も何度も頷いた。そうしていると、モーリスが戻ってきて、クッキーの乗った大皿を机の上に置いた。


 子供達は、突然出てきたお菓子に驚いたのか、一様にモーリスの方を見た。


「ふふ、ディロックさんからいただきました。お礼を言ってから、みんなで食べましょうね」

「ディロックさん、ありがとー!」

「ありがとう!」


 いっせいに飛んできた感謝の言葉に、ディロックは打ちのめされているような気分になりながらも、なんとか軽く頷く事で返答した。


 そんな彼の様子に、モーリスはくすくすとひとしきり笑ってから厳かな様子で手を組んだ。指と指を交差させたそれは、簡易祈祷の姿勢だ。


 食前の祈祷である。


「みんな、手を合わせて。お祈りをしましょう」


 ――天に召します我らが神よ。


 そんな一句から紡がれるのは、天上に住まう神に対しての祈りだ。今日を生き、明日を生きる為の糧を与えられた事への感謝。そして、明日も同じように糧が得られる事を願う。


 国や教えは違っても、形は違えど同じような事をするものだ。風来神式の祈祷を知らないので、ディロックは黙ってそれを聞いていた。


 モーリスはそんな彼に文句の一つも言わず、祈祷を続けた。まるで静かに歌っているような様子でもあった。


「はい、ちゃんとお祈りできましたね。それでは、いただきましょう」


 言うが早いか、子供達は素早く食器に手を伸ばし、食べ始めた。パン、スープ、牛乳。それらを好きな様に食べている彼らを少し眺めてから、ディロックもゆっくりと食べ始めた。


 朝食として出されたのは黒麦パンに野菜のスープだ。特筆するべき事は無い。無いが、本来なら、出してもらえる事だけでもありがたい事なのだ。


 もてなされる、歓迎されるという空気になれていないディロックは、どこかぼんやりとしたまま朝食を食べた。


 そうしていると、気付かぬ間に、彼が買ってきた焼き菓子は子供達が全て食べつくしてしまったようだった。




 食事も終わり、子供達が外出して言った頃に、彼はモーリスの居る司祭室へと歩いた。彼女はなにやら書類の整理をしていたが、ディロックの姿を見て手を止めた。


「どうなさいました?」

「これを少し預かっていて欲しい」


 ディロックは背嚢から小さな麻袋を取り出しモーリスに差し出した。それは渡し守から受け取った届け物だ。


 彼女が受け取ったのを見てから、ディロックは少し外出する旨を伝えた。彼女は小さく頷きながら、話を聞いていた。


「本当は、何かしら手伝いたいところだったんだが……その、すまないな」

「いえいえ、構いませんよ。我らが神もおっしゃっていますから。"何事も焦るべからず。通り雨をも受け入れる心を持つべし"と」


 モーリスはそう言ってニコリと笑みを浮かべると、机の引き出しに麻袋をそっとしまった。彼はそれを見て、再びすまない、と言って頭を下げた。


「そんなにお気になさるようでしたら、帰っていらした時に、何か手伝って頂けますか? 人手は何時も足りていないんです、実は」

「……分かった。帰ってきたら、必ず何か手伝わせてもらおう」


 ディロックはそう言って、結局もう一度頭を下げてから、司祭室を出ていった。


 それを見届けてから仕事に戻ったモーリスは、ふと思いついたように、ぼそりと言葉を漏らす。


「悪い方では、なさそうですね」


 その声は、静かで手狭な司祭室の中で、誰にも聞こえる事無く消えた。

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