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青空旅行記  作者: 秋月
二章 本の国ルィノカンド
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六十三話 亡霊

「さて、推理を始めようか」


 時間が経ったことで多少の余裕が出てきたのか、ゆったりと背もたれに背を預けながら、彼女はそう切り出した。


 この場合の謎とは無論、本の国ルィノカンドを襲う暴徒事件のことである。


 今まで探し回った証拠やら何やらの数はかなりのものだ。その多くは依然として謎に包まれているが、輪郭すらつかめていない現状、事態を正しく整理することは重要といえた。


「まず第一。これは現象ではない、誰かの手によって引き起こされた事態である」

「だろうな。人を暴れさせる事件が、偶然、連続しておきるとは考えずらい」

「しかし、最初は魔法で、次はそうじゃなかったんだろ? そこはどうなんだ?」


 ふむ、と少し黙り込むマーガレット。だが、答えはすぐに出たらしく、数秒の後にまた口を開いた。


「確かな事は分からんがね、おそらく知力が低下していっているのではないかと思う。魔法を使えなくなり、しかし力が残っているとするなら、それしかない」


 まだまだ謎は残っているな、と少し悔しげにはき捨てる彼女。だが、男二人には到底思いつけもしない、魔法使い特有の観点を持っている彼女の意見は重要であった。


 魔法とは即ち、智の結晶とでも言うべき物であり、智を持たない動物には使えないのが普通である。例外として精霊(スピリット)妖精(フェアリー)などが存在するが、あれらが使うのは妖精魔法と呼ばれる、また別の分類の術である。


 となると、年老いて魔力が衰えることはあっても、一度覚えた魔法が使えなくなるという事は普通ありえない。すなわち、魔法が使えなくなる事は、魔法が使えなくなるほどに知性を失ったこととほぼ同義であった。


 しかし、これら二つが同一犯でない可能性もまだある。だがひとまず、どちらも人の手によるものであろうという推測はたっている。ひとまずはそれで充分と、マーガレットはまた次の話題に触れた。


「第二に、最初の事件の時落ちていた魔本についてだが……知らん」

「いや、おい」


 あまりにざっくばらん過ぎる説明に、彼は思わず止めに入ったが、ガイロブスはさもありなんとばかりにうなずくばかりだ。


 ディロックが困惑すると、マーガレットは頭を左右に振って言った。


「仕方ないだろう。魔本については未だ分からない事が多すぎる。自分で動いたとしても不思議ではないのだ」


 便宜上魔本と呼ばれ、魔法の媒体となる程度の役目までは分かっていても、それが本当は何の用途で使われたものなのか、そもそも何時作られたのか、どうやって作ったのかなどの情報がほとんど無いのだ。


 不確定である以上、どういった形にも取れる。誰かが意図的に運んだのか、はたまた自らの意思で動き回ったのか、それさえも分からないのだ。


「とはいえ、無関係とは思えん。白紙化した魔本など、今まで前例が……まてよ、白紙の魔本?」


 言葉を途中で切り、マーガレットはふと呟いた。ディロックとガイロブスが首をかしげると、彼女は顎に手を添えて俯いた。


 沈黙が訪れてしばらくし、ようやく彼女が顔を上げると、その顔には深い驚きが浮かんでいた。自分の辿った糸の先、想定よりも大きな物が見えたと思われたからである。


「……まさか、作ったのか? 白紙の魔本を?」

「いや、そんなはずは……」


 ガイロブスが否定しようと声を上げたが、しかし彼もまた、すぐに沈黙した。異様な沈黙の中、魔本についても魔法についても詳しくないディロックは、二人の様子を(いぶか)しんで問いを投げかけた。


「そんなでたらめな魔法、存在するのか?」


 彼の質問に、二人は一瞬顔を見合わせ、なんとも言えない表情で目線をかわした後、マーガレットの方からディロックの問いかけに答えた。


「あるとも、効率は最悪だがね」


 魔法とは、一言で言えば、魔力を以って世界の(ことわり)に逆らう為の術である。そして人の手の上に無ければ消えてしまう魔力を使う以上、放ってから後、そう長く効果を維持できないのは当然のことだ。


 しかし、中には例外も存在する。それが、マーガレットの述べた魔法だ。


 代表的なもので言えば、『杖生成(クリエイトワンド)』などが該当する。一般的とは言えないが、しばらくの間魔法の補助になる杖を作り出す魔法である。


 この魔法もまた、そう長く持続するものではないが、しかし熟達の腕によって発動されたものであれば三日ほどは持つ。これは魔法における定説から考えれば特異なことである。


 理に逆らう魔法を、人の手から離れても尚形をとどめるようにする。その為には、常に術者が触れているか、あるいは流れ出ようが簡単には崩れないほどの膨大な魔力を注ぎ込む必要がある。


 紙を綴じた本ともなれば、複雑な構造を維持する関係上、尋常ならざる量の魔力が必要になる。私では到底無理だ、と彼女は吐き捨てる用に言った。


 しかし彼女は、その後にだが、と付け加えた。


「今回の騒動を起こした張本人――ただの力任せであれほど強力な精神波を放てるようなものであるならば、あるいは」

「……その効率の悪い魔法でも行使できたかも知れない、と。」


 そして、魔本の数少ない共通性質の一つに、魔法の媒介となることが上げられている。そしてその性質は、魔本の内容がどうであれ発動する。


 なら、白紙の魔本でも、魔法の呼び水となる可能性はある。


「魔本の作り方がわからんのもこの仮説の可能性を強めてるな。今見つかっているのは人の手によるものだけだが、魔法で作れないとは限らん」


 二人からの説明を、ディロックは頭の中でよく噛み砕いて考えた。つまるところただの仮説なのだが、現状もっとも筋の通る仮説と言える。


 あまり多くの情報がないため、仮説以上の事は考えられないだろうといって、マーガレットは第二の推理を終え、そして更に続けた。


「第三の謎は……犯人の動機、そして犯人そのものだ」


 犯人の推察――それすなわち、推理の最終段階にある最難関である。ディロックが無意識に顔をしかめると、彼女もまた眉間に皺を寄せた。青紫の目が睨むような形へと変わる。


 集めた答えと仮説を元に犯人を導き出す、それのなんと難しいことか。しかし、彼女は今まで集めた謎と仮定を頼りに深く深く考えた。


「まず、魔法が使えなくなったな。時間経過で知性を失うやつで……」

「……人の身では持ち得ない魔力を持つ、つまり、人では無い何か、か」

「そして、古代魔法、あるいはそれに類する知識」


 推理から湧き出た各々の呟きをくみ上げるように、彼女は顎に手をやって沈黙した。つばの広いとんがり帽子が彼女の目を隠し、そしてそれが居様な威圧感をかもし出していた。


 一つ、二つ、言葉が漏れる。口元は絶えず動き、その内容を理解することはできないが、しかし深い思考は答えの到来を予想させるものであった。


 しばらくして、彼女は不意に顔を上げ、そして呟いた。亡霊(レイス)と。


 亡霊は、怨念や未練によって生まれる。肉体を持たないが長く生き、それゆえに古代から存在している個体まで居る。


 その中には無論、古代魔法の知識を持っている者とて居るだろう。一般的に、"古代(エンシェント)"と称される亡霊たちだ。


 古代の亡霊たち、その殆どは長いときの中で憎悪や未練の意味を失い消滅するものが大半だが、かつて何百年経っても怨念を内に秘め、その力を増し続ける例もあった。


 しかしその亡霊は、膨れ上がる力のあまり知性を欠損し、最終的には己の恨みすら見失い、何を憎んでいたのかさえ分からないままに暴れ周り国を滅ぼしたという。


 たしかに亡霊――それも古代の――であれば、条件には綺麗に合致する。だが、その正体の推察は、より状況の困難さを伝えていた。

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